ねむりカイゼは眠たいときの私をさわるのが大好き。
「……君は、眠いとふにゃふにゃするんだな」
「う〜ん………………」
「起きてる?」
「おきてる……」
「本にしおりをはさんでおくぞ。140頁でいいか?」
「うんうん………………」
「ふふ、かわいいな。キスしても?」
「うんうん………………」
「全然聞いてないな」
おかしそうな笑い声。わかってる、ちゃんと聞こえてる。どんなときでもカイゼの声だけはちゃんと聞いてるの、私は。もしもあなたのわるい手が寝巻きのすそから侵入してきたら、まずはちょっとだけだめでしょって怒ってみせるけど、私はそもそも頭のてっぺんから足のつまさきまでぜんぶカイゼのなんだからどこをどうさわるかなんてカイゼの自由で、だから怒るなんてありえない。ただの茶番です。これだけの思考がぎゅっとつまった私の「むにゃむにゃ」みたいな呟きを聞いて、カイゼはまたわらった。さっきのおかしそうな響きとはまたちょっと違う、どうしようもなくなってぽろんとこぼれた、みたいな、やさしいのに心臓がぎゅっと縮むような笑い方。ささいなことなのに、特別でもなんでもないふとした瞬間のことなのに、目の前にいる相手のことが不意にどうしようもなく大事に思えて、ずっとここにいてほしくて、ため息を吐くようにわらってしまう、そんな笑い方。古今東西ありとあらゆる人たちはそういう摩訶不思議な感情を「いとおしい」とかって形容したんだろうな。それってただしいんだろうけどさ、でも納得いかない。だってそんな五文字で完璧に言い表せるなら、私こんなにくるしくなってないよ。
「もう寝たのか?」
「まだ、ねてない……………………」
「はは」
もうまぶたが完全にくっついた。やわらかい間のなかに声だけが響いて、心地よい。
「カイゼの声、すき………………」
「声?俺の声が好きなのか?」
「ちがう。ぜんぶすき…………」
むにゃむにゃ不明瞭な台詞に、私の髪や頬を撫でていた指が止まって、一呼吸のちに、ぐ、と、やや低い声が聞こえた。
「……今すぐ抱きしめたくなってきたんだが…………」
「いや…………もう、むり…………このまま寝る……カイゼの声、ききながら、ねるから………………なんか……ずっと、しゃべってて」
あと、なでるの、やめないで。そうお願いすると、沈黙を挟んでまたやさしいてのひらが戻ってきたので、その手をぎゅっと両手でつつんで、頬ずりした。心地よい冷たさ。よし。これで、完璧な眠りにつける。
「……君はわるい子だな」
「うんうん………………」
「こんな、人を弄んで焦らすようなことして」
「んん………………」
「明日公務が休みで本当によかった」
「んー……」
「約束してくれるか? 明日はこのベッドから出ないと」
「うん………………」
「こら、聞いてるのか?」
「う〜ん……………」
「もう寝た? 聞こえない?」
「きこえてるよ」
最後の力をふりしぼって瞼を押し上げると、びっくりしたようなカイゼの顔が見えて、おかしくなってしまった。
きれい。かわいい。かっこいい。やさしい。大事にしたい。大事にされたい。甘やかしたくて、甘えたい。ずっとここにいてほしい。
やっぱり「いとおしい」とかいう簡潔な言葉では内包しきれない思いが元気にからだの中を暴れまわって、胸がぐっとつまった。きっと今の私は、さっきのカイゼと同じ笑い方をしているんだろう。
「あしたは、一歩も、ここから、でないよ。……ださないでね。約束」
ちょっとだけ威厳をもってそう命じたつもりだけど、私の声は厳かでもなんでもなく、相変わらずむにゃむにゃくぐもった響きだった。カイゼの返事が聞こえることはなかったけれど、私はふふと笑って今度こそ眠る。朝になるまで待たなくても、もしかしたらカイゼは夢まで迎えに来ちゃうかも。