暇つぶし私はノイルと暇な時間を過ごすのがけっこう好き。なぜかと言うと、途中でノイルがむにむにと適当に私を構ってくれるので。
療養期間中にやれる暇つぶしと言えば家の中で出来るおとなしい趣味に限る。例えば読書、昼寝、剣の手入れ、家の中の掃除、日曜大工、ガーデニングなど。でも早々にあくびを放ったノイルは私を手招いて、ノイルの膝に頭を乗っけて寝っ転がらせると私の耳や髪をいじくりながら兵法本やらレシピ本を読み始める。
しめしめ。
こうやって適当にさわられるのが、私は大好き。適当といってもあくまで『片手間に』という意味あいだし、特に用事がなくてもノイルは私をさわるのが好きという事実を確認できて、たいへん、たいへん気分がよくなる。
「ね〜ノイル」
「おー」
「私の故郷でね、朝起きたらベッドの中で猫になってた話があってね」
「おー」
「そのまま猫として暮らしていくんだけど、案外猫生活も悪くないなってなって、人間だった頃の暮らしを忘れちゃうんだって」
「あ〜……」
てきとうな返事とは裏腹に、ノイルの指は注意深く私の顔のパーツや首筋をなぞる。きもちいい。
「ね、朝起きたら私がすごく毛並みがつやつやでかわいいけどワガママで癇癪もちの猫になってるのと見た目がグロテスクだけど手がかからない虫になってるの、どっちがやだ?」
それはほんとになんでもない、ただの雑談のつもりだった。例えるなら休日最終日の夕方にア〜お休み終わっちゃうねえ明日学校行きたくないねえこのあと晩御飯どうしようねえ〜ってだらだらするとき専用のあほみたいなしょうもない話題みたいなのがこの世にはたくさんあって、私がくちにしたのもそのひとつに過ぎなかった。ね、朝起きたら私が癇癪もちの猫になってるのとグロテスクな虫になってるの、どっちがやだ?
「どっち「も」好き」
ノイルは相変わらず目線は本に向けたまま、指先で私をいじくりながら、しれっと言った。
よく考えなくてもノイルは私が大好きで、私はノイルに散々甘やかされて愛されたり親愛を向けられることにけっこう自覚的であり、ゆえに照れたり慌てたりということもあんまりなく、わあ〜ありがと私もノイルのことだ〜いすきって感じなことが多い。多いんだけど、 そのときの私はノイルの膝枕で自堕落に寝転がってノイルを下アングルからぼうっと眺めることで無防備を極めきっていて、つまり何が起こったかというとーーふつうに、照れてしまった。
無言でクッションを掴んで顔を隠そうとしたけどノイルの方が早かった。
「あ」
ノイルの膝を枕にして寝ているので当然私はノイルを見上げるしかなく、ノイルはもう本なんて読んでいなくて、くちびるの片端をつりあげて、私を見下ろしていた。
ノイルのスイッチがいつ入るのかいまだに分かんないんだよなとは常々思っていたけど自分の恥ずかしスイッチの方も全く分かってなかった。まさかこんなところでスイッチ入っちゃうなんて。
「なんだ、照れてんのか」
「ち……ちがうもん……」
もだもだしていたらノイルは身をかがめてどんどん近づいてきて、私が逃げないようにむぎゅとほっぺを挟んで、喉の奥でわらった。
「あー、かぁわい……」
何回聞いてもノイルのこのレアな声には慣れない。耳から全身のすみずみまで染み渡る、普通の声と声のあいだみたいな、 ちょっとかすれたひくい声。これを聞いちゃうと、腰のあたりがどろん、と沼につかるような心地がして、未来永劫自分の足で立てないような気持ちになる。でももしそうなってもノイルがずっと抱っこしてどこへでも連れて行ってくれるから安心だね。
スイッチの入ったノイルは鼻の頭とかほっぺとか眉とか、そんなとこにばかり短いキスをしてくるくせに、ぜんぜん口にはしてくれない。
あまえるみたいにノイル、と言って腕を伸ばしたら、ノイルが黙って本をサイドテーブルに置いた。これだから暇な時間が好きなのだ。飽きたノイルは絶対に、ただいじくるだけじゃ足りなくて、私に集中してくれるから。