賭け むかしむかし……と言いたいところだが、実はつい最近の話でね。
これは私がとても楽しかった出来事だ。
私は金に困っている人間に出会った。この出会いは必然の中に潜む偶然。その時点で私の心は踊っていたよ。
人間は私に会うなりこう言ったのさ。
「金をくれ」
とね。
人間は借金返済の金を欲しがっていた。いわゆる保証人ってやつでね。お人好しも大変だ。
当然私は頷いた。金をあげることなんて造作も無い。だけどただあげるだけじゃつまらない。だから私はこう言ったのさ。
「こうしよう。私がダイスを振る。お前さんはそれに従って動け」
もちろん人間は怪訝な顔をした。そんなんで金が手に入るものか、と。まあそう思うのも無理はない。なんせそもそも私たちの存在が半信半疑なのだ。その時点ではまだ私の存在すら認めていなかったに違いない。
「安心したまえ。私たちにも私たちなりの矜恃がある。願いは叶えてやるさ」
そう言うと人間は警戒しつつも首を縦に振った。
あんなにもからかい甲斐のある人間に出会ったのは久しぶりだよ。大抵は目の前の欲に目がくらんで、何も考えずに願いに飛びつくやつらばかり。そういうのは、私たちに出会った時点で自分は勝ったものと思っているんだ。それじゃつまらない。こうして直ぐに警戒心を解かない人間の方が、その殻の剥ぎ甲斐ってもんがあるのさ。
ともかく、私は約束通り人間をダイスの運命に従って動かした。実際のところは私が見たい景色になるように魔力で操作していただけにすぎないがね。だけど人間はそんなことには一切気がつかない。人間には魔力なんてもん見えやしないから、操ってても「否」と私が言えばそれを信じる他ないのだ。イカサマなダイスは人間に賭博を覚えさせた。そう、人間に賭博でぼろ儲けさせる算段だ。元々賭け事に興味のなかった人間は、自力で挑んで初めは負けまくった。賭けなんて大方、運。まあこいつには運がなかったんだ。私と出会った時点でそれは確定している。
人間はこのままでは身を滅ぼしかねないと分かって、私から離れようともした。だけど私を使って願いを叶えないと死んだ後がもったいない。願いを叶えずに地獄に落ちるってのは嫌だろう?そう説明すると人間は直ぐに私の元に戻ってくる。私は頃合を見て人間に勝利の味を覚えさせた。
するとどうだ。
彼奴の目の色がみるみるうちに変わっていく。これよこれよ。私の大好きな目の色。一度味わった勝利をもう一度味わいたくて、人間は賭博にのめり込む。私は人間の願いを叶えるため勝たせ続け、時には負けを、そしてまた勝利を。
借金を返済したあともあいつは賭博に溺れていった。
だけどその先はもう私の助けはないよ。
あくまで約束は借金返済のための金をやること。もうその役目が終わった私は人間とは無縁だ。
するとどうだ。
人間は負ける負ける。
だけどもう抜け出せない。
一度勝利の味を知ってしまった人間は、畜生のように死ぬまで甘い味を求めて身を滅ぼし続けるんだ。
「さあ、どうだい?今回も私の勝ちだ」
「賭けに溺れてるのはどっちだか」
「良いんだよ。滅ぼす身もないんだからさ」
そう言って二人の悪魔は笑った。