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    Uron_fes

    @Uron_fes

    くそったれでくだらねぇ人生がサビです。

    カキスグ狂いんちゅ
    シリアスとエロの反復横跳び

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    Uron_fes

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    死ぬ前に本編をなぞるカキスグを書かなければと思い。めちゃくちゃ途中すぎるケツ叩きです

    現状kktbtメンタルぐちゃぐちゃ注意。

    #カキスグ
    ##カキスグ

    匣中の空蝉 前(の未完)「あー……負けた負けた!」

     ポケモンバトル学特化を謳うブルーベリー学園。その頂点に君臨する五年間無敗の最強トレーナーを下した偉業を噛み締めることもなく立ち去った“新たなチャンピオン”の背を見送り、カキツバタは心身に染み付いた日頃の自分をなぞるように曇天の下伸びを一つして、周囲のざわめきを横目に悠々とした足取りで学舎へと戻った。
     それを追う影が一つ。緩く畝る黒と緋色の髪を靡かせ、躊躇いなく大きな足音を響かせながら金の刺繍を追った少女は、目前に迫った視線一つ分低い肩を掴むと勢い良く引き寄せた。綺麗に整えられた爪先に籠っていたのは、怒りだった。
     おっと、と間抜けな声が鼓膜を打ち、それがまた彼女の柔いところに針を立てる。
     あのバトルがただのチャンピオンの座を賭けた闘いではなかったことは、渦中の人間であれば多かれ少なかれ察しのついていることだった。
     ゼイユの弟であるスグリの邁進と快挙。ほんの数ヶ月前までは気弱でまともに他人と話すことすらままならず、バトルの腕も記憶に残らないほどだったはずの少年が、林間学校から帰還した途端瞬く間に、アカマツ、ネリネ、タロと四天王のうち三人を下した。その裏側では、幽鬼のような面持ちで勝利に固執し、目に見えない何かまでもを削り続ける姿があった。一度でも相対しその異常性を感じ取る瞬間があれば、何とは知れずとも只事ではないと感じるに違いない。まるでゴーストポケモンのおんねんに囚われしまったかのような。それほどの変貌だった。
     そんなスグリが、ついに四天王最後の砦、もとい事実上のチャンピオンでもあるカキツバタをも下したのである。それが意味するところは、最強たる肩書きの継承だけではない。彼が今まで率いてきたリーグ部の実権が、スグリに渡るということでもあった。
     たとえこの昼行灯のような男が、言葉通り『楽しけりゃあ、それでいい』と笑い、心の底から勝利や栄光をガラクタ同然に思っているのだとしても。彼にとってリーグ部という場所がただの都合の良い止まり木ではなくなっていることくらい、ゼイユは分かっているつもりだった。
     はっきり言って、この男が──カキツバタが嫌いだ。好きなところを挙げろだなんて言われたら、舌を噛み切って死んだ方がマシだと声を張り上げてしまうかもしれない。何を考えてるのか分からない薄っぺらい笑みも、何遍も繰り返された不義理に加えどうしようもなくだらしのない素行も、間延びした口調やしゃんと伸びていない背筋、歩き方に至るまで、一挙一投足、何もかもが気に食わない。
     それでも、それでもだ。もし自分の愛すべき弟が、かの地方からやって来た太陽のような子の影を追うため修羅の道を進もうとするのなら。そこに立ち塞がれるのはやはり“学園最強”たるこの男しかいないだろうと、悔しながらに理解していた。
     そして、怠惰が服を着て歩いているような寝ぼけ眼の竜であっても、後生大事に抱え込んだ宝に手を伸ばされれば牙を剥くに違いないと。ある種信頼のようなものをしていたのだ。
     だからこそあの時、あたしはあんたに声を掛けたのに。
     なのにこいつ、腑抜けた態度でへらへらと──!

    「カキツバタ……あんた……ッ!」
    「わりぃ、ゼイユ」
    「──ッ!」

     胸ぐらでも掴んでやろう。そしてふざけるのも大概にしろと喝を入れてやるのだ。──こんな男を信じてしまった自分の愚かさへの怒りも込めて。
     そう意気込んでいたはずが、振り返り視界にゼイユの姿を捉えた途端色を変えた笑顔は、彼女の内で噴き上がる感情から角と熱を削ぎ落としてしまった。
     一見すればそれはいつもと何ら変わりない、腹の立つ笑みでしかない。声色だって、風の向くまま飛ばされていくハネッコのような、言葉の重みなんていう言葉とは対極に位置する場違いなほど明るく軽い調子だった。
     だのに、何だというのだろう。降り頻る雨に打たれ水気を吸って型崩れを起こした前髪のせいだろうか。
     いつにも増して、目の前の男が小さく見えた。
     思えば、なぜこいつはこんなところにいるのだろう。どこに向かっているかなんて気にも留めずに背中だけ追いかけていたから、今の今まで気が付かなかった。人気の少ない廊下の一角。この先には寮の部屋もリーグ部の部室もない。どん詰まりだ。だからこそ、こんなところまで足を運ぶ生徒はおらず人気がないのだ。濡れた服を着替えるならどちらかに向かうべきで……だとしたら何のために?
     言葉を詰まらせ唇を噛んだゼイユを認めて、カキツバタは笑顔を湛えたまま、垂れた前髪を撫で付けながら後ろ頭を掻いた。

    「大っっっ嫌いなオイラに、頭下げてまで頼み込んでくれたってのによぉ」
    「……やめなさいよ」
    「やっぱオイラなんかの貯金程度じゃあ、アイツの努力には遠く及ばねえってことかねぃ。へへっ……期待外れも良いとこだよなあ」
    「やめなさいって言ってんのが聞こえないの!?」

     だん、と鈍い音が響く。掴んだままでいたカキツバタの肩を、ゼイユが壁に押し付けた音だった。無意識の行動に二人揃って瞠目したが、ゼイユは視線を落とし、カキツバタの胸元に描かれたリーグ部のトレードマークを悔し気に見つめた。



    「カキツバタ、ちょっと顔貸しなさい」

     遡ること数週間前。
     日頃からブライアに連れ回されあまり部室に顔を出さないゼイユが、わざわざ足を運び、好き好んで話しかけることなど滅多にないカキツバタをいつに無く真剣な顔付きで呼び出す。その姿は、ちょっとした邪推や噂話を呼び起こす火種になる程度には異様な光景だった。
     金の蛇目が湛える儚くも強い何かを肌で感じ取ったカキツバタは、一つ瞬く間に動揺を飲み込み、「あの難攻不落と名高いゼイユさまから直々にデートのお誘いたぁ、さすがのツバっさんもびっくり仰天よぉ。へっへっへ、照れちまうねぃ」などと戯けて見せたが、彼の思い描いたような小気味良い返しはついぞ引き出せなかった。そのこともまた、不本意ではあるが予想通りだった。それでも、ほんの少しでも“普段通りの姿”を装うことが、何か一つ、己の大切に思うものを守ることに一役買ってくれるのではないかと振るった、わるあがきだった。
     緩慢な動きで定位置から立ち上がると、後ろ頭で手を組みながら、だらだらとした足取りで廊下に出る。立った拍子に摘んでいたチョコレート菓子のゴミが床に落ちたが、拾おうともしないカキツバタを咎める声は無かった。
     おそらく非難の声を飲み込み、静かにそれに手を伸ばしたであろうしっかり者の少女の姿を脳裏に浮かべながら、胸の内で軽く礼を言う。
     ゴミを拾ったことではなく、呼び止めも小言じみた忠告もせずに、無言で背中を押してくれたことについてだ。

    「あんたの部屋、どこだっけ」
    「おいおい、何の説明も無しにオイラの部屋上がる気満々ってか? 相変わらずの傍若無人っぷりだねぃ……。つーか、ホイホイ男の部屋に上がり込もうとすんの、よくないと思いまーす」
    「………」
    「んな睨まなくてもいいだろぃ……こっちだ」

     人生の先輩としての心からの心配も、当人に知られればぜったいれいどの視線を浴びること請け合いの渾身のタロの真似も、無情な沈黙で一蹴される。塩対応だなんだと手を叩きながら笑う気にもなれず、無言の圧力に従うことにした。
     異邦の片田舎からやって来たらしいこの女は、がさつな部分と繊細な部分が歪に組み合わさった独特の感性の持ち主だ。ちょっとした馴れ合いを『デート』と呼ぶだけで過剰に反応したかと思えば、今のように平気で異性と個室で二人きりになろうとする。
     自称するのも悲しいものだが、断じて己が男として信頼されているが故にこのような距離感になっているわけではない。ゼイユは時折、妙に危ういのだ。
     それは、今現在学園の台風の目となりかけている彼女の弟にも言えることだった。彼もまた、妙な危うさを持っている。
     ゼイユの要件が彼にまつわることであろうことは、何となく察しが付いていた。そうでもなければ、わざわざ場所を変えてまで顔を突き合わせる道理がないし、この打てば響く面白い女が日差しを浴び損ねたキマワリのように萎れた姿を見せる理由なんて、それくらいしか思い当たらなかった。

    「突然押しかけて来たんだ。部屋が汚ねえってクレームは無しで頼むぜぃ」
    「……仕方ないから我慢してあげる」
    「うーん、上から目線!」

     たとえ訪問の予定があったとて、片付けなんて面倒なことをしていたとは思えないが。言い訳はできる分積み立てておくに越したことはない。
     カキツバタは埃が立つのも気にせずどかりとベッドに腰を下ろす。一方本日の特別ゲストはというと、無造作に散らばったあれやこれやを避けて歩み入ることを嫌ったか、はたまた別の理由か、L字型デスクに備え付けられた揃いの椅子に座ることはなく、定位置に置かれた観葉植物の植木鉢の横に立ち俯いていた。

    「で、オイラに用って?」

     中々話を切り出さないゼイユに、助け舟を出すつもりで声を掛けた。肩から前に垂らした髪に手をやり不安気に視線を彷徨かせる姿に、もう少し待ってやるべきかとも思ったが、ほんの短い時間で解決するものでもないだろうと割り切った。
     ゼイユはカキツバタの声にはっと目を見開くと、緊張からか乾いた唇を舐め、ぽつりと溢した。

    「話、聞いてるわよね。スグのこと」
    「まあなー。新規精鋭の大躍進ってんで、リーグ部でもてんやわんやの大騒ぎよ」
    「それもそうなんだけど……あの子、明らかに無茶してるの」
    「……そりゃあ、穏やかじゃないねぃ」

     この姉弟がキタカミの里の林間学校から帰還して数日。弟のスグリの変貌は、のんべんだらりと過ごしているカキツバタですら気付くほどに大きなものだった。姉とよく似た重たい前髪は結い上げられ、鮮やかな紫と華奢な首周りが惜しげもなく晒されていた。緊張しきり怯えたように揺れる瞳も、気の抜けた朗らかな笑みも鳴りを顰め、ひたすらストイックにバトルと勉強に明け暮れている姿は、緩く楽しくをモットーに築き上げて来たカキツバタの城の中では良くも悪くも異質で目立っていた。
     それがただの大胆なイメージチェンジであれば問題なかったのだろうが、生まれてこの方過保護を貫き通してきたであろう姉は、そう単純なものではないと確信を持っているようだ。
     無茶と言われて、思い当たる節が無いわけでもない。
     ブルベリーグのランクを駆け上がる最中、すれ違いざま見かけたスグリのバトルは、すっかり様変わりしてしまっていた。ポケモンへの声の掛け方。相手トレーナーに向ける視線。勝敗が決した後の温度。どれもがかつて見た景色とは遠くかけ離れていて──そう、そこで初めて気付いたのだ。大して目立ちもせず、当人の気質に加えゼイユの妨害もあり交流すら碌になかったかの少年のバトルが、己の脳裏につぶさに刻み込まれていたことを。ともかく、その変化は少なくともカキツバタにとっては喜ばしいとは言い難いものだった。
     加えて、近頃は目の下の隈が目立つようになった。爪を噛む姿も何度か見かけている。タンクトップとジャージの間から覗く腕は、見ていて不安になるほどか細い。
     彼がリーグ内ランクを駆け上がれば駆け上がるほど、綻びにも似た何かが目につくような気がした。どうやらそれは、杞憂ではなかったらしい。

    「スグリの奴、明日にもアカマツに挑むって聞いたぜ」
    「もうそんなところまで来てるのね。……やっぱり尻込みなんてしてられないわ」
    「尻込みぃ?」

     ゼイユはカキツバタの間の抜けた問いには触れず一呼吸置き、今度こそ真っ直ぐ、現学園最強トレーナーたるドラゴン使いの姿を見据えた。その仕草は、彼女がバトルの幕が上がる直前に見せる気合いの入れ方にも似ていて、それほどまでに真剣な話し合いなのだと、カキツバタは気取られぬようひっそりと心中で佇まいを直した。

    「あんたに、スグを止めてほしいの」

     話の流れから覚悟はしていたつもりだった。それでも、その言葉はカキツバタの胸に影を落とす。

    「きっとあの子、明日のバトルにも勝つわ。アカマツが弱いって話じゃない。今のスグに勝てるのは……悔しいけど、ほんっっとに悔しいけど! 多分、あんたくらいだと思う」
    「随分と高く評価してんだな。姉弟愛ってやつ?」
    「怖いの。このままじゃ……スグが、壊れちゃう気がして」

     ぎりぎり会話になりきらない、奇妙なすれ違いを起こしたやり取り。
     壊れそうなのはオマエの方だろ。その言葉を喉の奥に押し込めるので精一杯だった。

    「知ってるか分かんないけど、スグ、あんたに憧れてたの。ウチで一番強くて、扱いの難しいドラゴンタイプの使い手で、タイプで不利なタロにも勝ち越してて。あんたのバトルの動画見たいからって、スマホロトム貸せって鬱陶しいくらいせがまれたわ」

     息を呑む。寝耳に水だった。言葉を交わすことすらほとんどなかった中で、お互いに視線を向け合っていたらしい。
     カキツバタは、己が他人に憧れを抱かれるに値する人間だとは思っていない。入学当初から遺憾無くトレーナーとしての才覚を発揮し、瞬く間にリーグ内トップに駆け上がった偉才の少年。ソウリュウジムジムリーダー、シャガの孫。あれほどの実力があれば卒業後はジムを継ぐに違いない。そんな噂が囁かれていた時期もあったが、合っているのはシャガの孫であることだけだ。この孤島のような井戸の中で、偶々一回り立派なガマガルだっただけのこと。自分なんて、所詮凡夫に毛が生えた程度の存在でしかないのだ。
     オイラは本当の“才能”って奴がなんなのか、身をもって知ってる。だから自分にそれが無いことも分かってる。勘違いで思い上がれる眩しい愚かさは、とうの昔に失ってしまった。
     負け犬根性と怠惰と堕落が板に付き、努力の仕方を忘れ、それでいてこの身に流れる竜使いの血は忌々しくも傷付いた矜持の痛みを叫ぶ。その全てを都合良く慰めてくれたのがこの学園であり、リーグ部であり、“学園最強”の肩書きだった。
     こんな情け無い男のどこに憧れられる要素があると言うのか。日頃ゼイユやタロからぶつけられる誹りの方がよっぽど的を射ている。
     それでも、輝かしい肩書きが目を曇らせることが理解できないわけではない。ポーラエリア管轄で直接面倒を見ている後輩たちからの尊敬の眼差しはそういったところから来ているのだろうし、スグリが見ている幻想もその類のものなのだろう。
     喜び半分、後ろめたさ半分。そこにひと匙、申し訳なさがあった。悪いな、オイラこんなどうしようもない奴で。知ったらきっと、ガッカリさせちまうだろうな。
     そんなカキツバタの憂鬱を他所に、ゼイユの昏い瞳には縋るような希望が一筋煌めいていた。

    「強くなることしか見えてない今のスグに、あたしの声は、きっともう届かない。でもあんたなら……スグが憧れたあんたの声なら、もしかしたら届くかもしれない」

    「あの子の目を覚まさせてやってほしいの……壊れちゃう前に。あんたにしか頼めないのよ。……お願い」

     そう言って、ゼイユは頭を下げた。カントーやシンオウ辺りで使われている丁寧な挨拶の仕草だと聞いたことがある。頼み事をする時であれば、遜った振る舞いだとも。あのゼイユが、だ。
     なんて重たく損な役回りだろう。そんなもの、オイラには背負いきれない。身に余る。期待に応えるだとか、誰かを救うだとか、そんな大それたことができるような真っ当な人間じゃあないんだ。どうか、どうか、降りさせてくれ。
     そう言い切れればきっと楽だったろうに。いつもなら躊躇いなく楽な道を選んだはずなのに。どうしてか、それができなかった。そうしてしまったら、何か取り返しのつかないものを失って、この先一生それを悔やみ続けてしまうような……何の根拠もない、それでいて背筋を凍らせる不気味な予感がしたのだ。

    「あんま期待しないでくれよ? オイラ、いっつもタロに『カキツバタはデリカシーに欠けてます!』って怒られてばっかりだからよぉ」
    「そんなの身に染みて分かってるわよッ!」
    「へっへっへ、すげー迫力!」

     引き受ける、と言葉にこそしなかったが、断らなかったということはそういうことだ。ゼイユにもそれは伝わっていたようで、張り詰めていた緊張の糸が弛んだのが見て取れた。
     少しでも彼女らしい姿が取り戻せたことに、カキツバタも気が緩んだ。これでいい。こうした方が、居心地の良い空気が吸えそうだ。
     スグリのことも、なるようになる。確かに目覚ましい勢いで強くなっているが、それでもまだ自分を下すには至っていない。言葉での説得が上手く行かなければ、力で示せば良いのだ。それからゆっくりと思い出してもらおう。ついこの間まで手にしていたものなのだから、きっとまだ間に合うはず。
     それがあまりにも楽観的な考えだったと気付くのは、もう少し先のことである。
     スグリの執念と狂気は、彼の予想を遥かに上回る勢いで燃え上がり、加速していった。



    「あんたは何も悪くない……そんなのあたしだって分かってる! こんなの八つ当たりだわ。だって本当は、あたしがやんなきゃいけないことだったんだから……」
    「お前さん、それは違──」
    「違くないわよ! あたしはスグのねーちゃんなのよ!」

     悲痛な叫びは鼓膜を劈く残響を纏い、カキツバタを貫いた。掴まれた肩が鈍く痛む。だが、こんな痛みが何だと言うのだ。
     たかだか数ヶ月根を詰めて努力しただけの一年坊主に、今まで積み重ねてきた全てを突き崩されて、何も痛まなかったと言えば、子供じみた強がりにしかならない。いくら知らぬ存ぜぬを装ったところで、どんなにひび割れていようとも、一度芽生えた自尊心が消えて無くなることはないのだ。ああそうだ、確かに歯軋りしたくなるほど痛んださ。心底悔しかった。また慢心から見誤ってしまったのだと古傷の痛みに蹲りたくなった。
     だけどそれよりもずっと、今、深々と突き刺さったゼイユのやるせなさが、痛い。

    「調子乗った時にゲンコツ喰らわせるのだって、泣いてる時『ほんとしょうがないんだから』って抱っこしてあげるのだって、あたしの役目だった。あの子しょっちゅう生意気言うから、昔から喧嘩ばっかしてきたけど、いつも最後は『ねーちゃんごめん』って泣きついてきて……涙引っ込む頃には笑ってたの。あたしたち、ずっとずっと、そうやって過ごしてきたの!」

     ねーちゃん、ねーちゃん。鳴き声かと揶揄いたくなるほど何かにつけて彼女を呼び、己が顔を出せば臆病な小型ポケモンよろしくすぐその背に隠れていた姿が蘇る。
     思い出をなぞるように、美しい傾斜を描く頬を涙が伝う。ひとつ、またひとつ、溢れていく滴を拭う指を、この手は持たない。
     当たり前の日常が、ある日突然崩れ去る。その絶望を知っている。それは全てを焼き尽くす灼熱の光のようで、触れた側から奪われていく凍てつく流星のようで。そんなものを、遠く目映く、そして愛おしい姉弟に知って欲しくはなかった。
     涙を拭うことができないのなら、何ならできるのだろう。バトルの腕しか取り柄のない、それすらも誇れなくなってしまった落ちぶれた男に。
     ひとたび過ったアイデアが脳裏に張り付いて剥がれない。しかし古傷の痛みが胃の底を掻き回す。誰よりも己を理解している影が嗤う。“どうせオマエには無理だ”と。
     動かし方を忘れた足を引き摺って、オイラはどこまで走れるだろうか。
     すっかり溶かし尽くした蝋の森の中で、湿気たマッチ棒一本で灯せる火はあるだろうか。

    「聞いてくれぃ、ゼイユ」
    「…………」

    「オイラ、もう一回あいつとバトルしてみっからよ。だから、泣かねえでくれや。お前さんがそんな辛気臭い面してっと、調子狂って仕方ねえ」

     再戦の誓い。
     たったそれだけのことに、残りの一生分全ての勇気を費やした気すらした。同時にこの情け無さを、顔を上げ目を見開き真っ赤に染まった頬を晒した揶揄い甲斐のある女が、生涯知らぬままでいてくれることを切に願った。

    「っ、はぁ〜〜〜!? あんた節穴!? 泣いてなんか、ないんだけど……!?」
    「……そーかい。気合いの入った『あまごい』でこの通りびしょ濡れだからねぃ、見間違えちまったのかもな!」
    「ふん、そうよ。いい加減なこと言ってんじゃないわよこの頭フワ男! ほら、さっさと着替えてきなさい! 風邪ひいて次の試合で調子が出なかったなんて言い訳したら、ただじゃ置かないんだから!」

     照れ隠しからか勢い良く捲し立てる声に自然と口角が上がる。熱を取り戻した音に身を委ねて、カキツバタはそっと瞼を下ろした。

    「こうでなくっちゃな」




    「勝者、チャンピオン・スグリ!」




    「それにしても、意外だったな」

     少し前まで、行儀悪く机に懐いて置きっぱなしの私物の菓子を摘んでは駄弁ってばかりだったはずの男の姿が、今は無い。空席となった彼の定位置を一瞥し、タロは手にした紙束を揃えつつぽつりと溢した。
     部室にはブルベリーグ四天王であるアカマツとネリネの姿だけがあった。他の部員は出払っている。──カキツバタとのリベンジマッチを終えたスグリが部室に戻ってきた時、居合わせるのを避けるためだ。

    「ん? なにが?」
    「カキツバタがスグリくんにリベンジし始めたことだよ」

     カキツバタがスグリに敗北し、リーグ部の実権が彼に渡ってから暫く経つ。
     閑散とした部室の有り様から窺える通り、スグリの率いるリーグ部は彼自身と同様にすっかり様変わりしてしまっていた。
     スグリは安易な妥協や怠慢を許さなかった。己の出せるベストを尽くすことを他人にも求めた。それは、常にそのように在れるよう過ごしている勤勉な部員にとってはさしたる影響は無かったが、以前部内の空気を作っていたカキツバタの掲げた方針『緩く楽しく』に居心地の良さを感じていた部員は針の筵。天災の如き新部長によって今までの生活は唐突に一変し、彼の提示するノルマに追われ、熟せなければ鬼の形相で糾弾される地獄の日々が始まったのである。
     しかしごく一部ではあるが、そんなスグリの強さに魅入られた生徒もいた。ポケモンリーグ関係者を身内に持つ生徒も少なくないこの学園で、短期間で成り上がった若き才能。その背は嫉妬、畏怖、憧憬、様々な感情を一身に受けて頂点に君臨した。
     多くの部員がスグリの横暴とも取れる態度を嫌い、そこまでの嫌悪感を持っていないにしても徐々に疲弊していったが、その裏で小さく彼を肯定する声もある。リーグ部に、水面下でひずみが生まれ始めていた。
     カキツバタは、まだ立っていた。今し方終えた対戦は彼にとって三回目の敗北である。

    「カキツバタのことだから、てっきり『五年もやってりゃあぼちぼち世代交代の時期ってことかねぃ……。そいじゃ、オイラはのんびりご隠居生活と洒落込むか〜!』とか言いながらヘラヘラしてると思ってた」

     何度挑んでも一歩及ばない、竜を統べる男の姿を思う。
     日頃の腑抜けた素行に反して、四天王に就任してからの己との勝負で彼が手を抜いたことはおそらく一度たりとも無い。部長業を嫌い、チャンピオンと名乗らないことで業務を分散させるなどという小賢しい真似をするくらいであれば、いっそタロにその椅子を開け渡し、名実共に責務から解放されれば良いものを。彼はそれをしなかった。
     つまるところ、カキツバタなりに、序列一位の玉座に何か思うところがあったのだろう。それは理解している。
     しかしタロから見るカキツバタはどこか、全てのものに対して一線を引いて、一歩退いたところから物事を見ている節があった。人に対しても物に対しても、拘りや執着心が希薄だ。腐れ縁とはいえそれなりの付き合いがある中で、彼の『特別』を見た記憶が無い。あの男にこんな言葉を使うのは癪だが、見ようによっては博愛主義とも言える精神性なのだ。
     面のような笑顔。可愛げに欠けた気さくさの膜越しに凪いでいる感情。加えてあの筋金入りの怠惰である。手にしたものを大切にすることはあれど、一度手放したものに追い縋る姿なんて想像だにしなかった。

    「うーん、やっぱりカキツバタ先輩も負けるのは悔しいんじゃないかな? オレ、先輩が火力全開でバトルしてるところ見れるの嬉しいよ!」

     アカマツはタロが繰り出した若干悪意のこもった誇張の乗ったカキツバタの真似をかわいいなと思いながらも、赤くなった頬を悟られないよう手にしたフライパンの裏側に隠し、話題の本筋に思考を戻す。
     アカマツとネリネはエントランスのバトルコートに赴き、先刻行われた二人のバトルを直に観ていた。
     頂点の座を争う者同士の洗練されたわざの応酬は熾烈を極めた。常に迎え撃つ側に立っていたカキツバタが爪痕を残そうと喰らい付く姿は今まで見る機会のなかったもので、それはアカマツの言葉の通り燃え上がる闘志を幻視させるような気迫を纏っていた。
     しかし、二人の会話を黙して聞いていたネリネは思う。果たしてあれは『熱い闘い』と定義して良いものなのだろうか、と。
     アカマツが見ていたのはあくまで“ポケモンバトル”だ。だがネリネはそこにもう一つ別のものを見ていた。
     ──スグリの目である。
     それは喩えるなら凍てつく炎。淡々と最適解を叩き出す指示には親近感にも似た感覚を抱きながらも、それが己のものとは明確に異なることも感じ取っていた。金の瞳の奥で揺らめく力への渇望はおにびのような不気味さを孕み、どこか遠い景色を見ている。
     あの視線に晒されてもなお彼を真っ直ぐ見据え挑み続けるカキツバタには、タロの言う通りネリネも驚いた。
     スグリを見ていると胸が痛む。隈をこさえて日に日に窶れ、かつての無邪気で柔らかな笑みを失ってしまったかんばせ。周囲から腫れ物のように扱われ、嫌悪と畏怖の対象になってしまった孤独な背中。そして、そんな弟の姿を見て唇を振るわせる友、ゼイユの労しい姿。何か自分に出来る事はないか。得体の知れない何かに追い立てられる彼を救うことはできないのか。思い悩まない日は無かった。
     しかし、ネリネは未だ足踏みしている。
     スグリのあの目と対峙する勇気が、まだ足りない。そこに踏み込むには、ネリネの心は軟く繊細で、そしてかつてのスグリを知りすぎてしまっていた。
     だからこそ、ネリネには分かる。観客席から見るカキツバタの背に乗った覚悟は、ただの矜持とは一線を画したものであると。
     細かな差異はあれど、同じものを愛し、同じものを見てきたのだ。姉の背に隠れながらも好奇心を隠しきれない様子で顔を覗かせていたスグリと、対照的な態度で周囲の空気を鮮やかに彩るゼイユ。カキツバタが彼女らに揶揄いの言葉を掛ける前、一呼吸、何か眩しいものでも見るかのように柔らかく目を細めていたのを幾度となく目にしていた。
     いかにかの男が息をするように面を繕えるのだとしても、あの氷槍に貫かれ続けて一片の痛みも感じないはずがない。目に見えぬ凍傷は、着実に彼を蝕んでいるはずだ。
     思考の海から息を継ぐ。レンズの奥で薄氷の瞳に憂いが滲んだ。
     こんな時まで、冷静に確率の計算なんてものをしてしまう脳が、恨めしかった。




    「出番だぜぃ、キングドラ!」
    「行け、ダーテング」

     スグリの手持ちは残り四体。対してこちらは残り三体。一歩リードを許してはいるが、まだまだ勝負は分からない局面。
     ──またこの流れだ。
     キングドラに合わせてダーテングを繰り出し、特性『かぜのり』を利用して雨天で必中となる高威力技『ぼうふう』に圧力を掛ける戦法。こちらには大きな打点となり得る『れいとうビーム』があるが、タイプ不一致な上、隣に並ぶガオガエンが庇いに入ってくるだろう。くさタイプを有するダーテングとほのおタイプを有するガオガエン。両者がそれぞれの弱点を庇い補い合う布陣だ。
     カキツバタの切り札かつエース、ブリジュラスに繋げるためのキーでもある『あまごい』とシナジーのあるキングドラの特性『すいすい』によるイニシアチブも、初撃でチャンスを掴みきれなければダーテングの『おいかぜ』によって優位性を発揮しにくくなる。
     スグリが公式戦でダーテングを起用していたのは、リーグ下位から上位に駆け上がっていた最中の一時期とカキツバタに対してのみ。このダーテングはカキツバタのキングドラを抑えるべく組み込まれたポケモンだった。
     とはいえ、ガオガエンと対面するジュカインは素通しでほのお技を喰らえばひとたまりもないが、雨によるほのおタイプ技の軽減効果を得れば一撃を堪え、持たせた『じゃくてんほけん』と特性『かるわざ』の恩恵を存分に受けられるだろう。双方の強化を得た彼の『アクロバット』は桁外れの火力を持っており、疾風の如き速度を誇る。確実に一矢報いてくれる筈だ。
     やはり『あまごい』を発動した後、攻撃に転じるまでのワンテンポの遅れをいかにカバーできるかが運命の分岐点。

    「キングドラ、あま──」
    「させるなガオガエン、『ねこだまし』。ダーテングは『おいかぜ』でサポートして」

     瞬く間に飛び出してきたガオガエンが手のひらを打つ音にキングドラが怯む。すかさずこちらの一瞬の遅れを補助技を差し込む隙に変えてきた。
     素早さで言えばジュカインに軍配が上がる。ダーテングを一点に狙い、四倍弱点の『シザークロス』で大ダメージを与えるべきか、『ドラゴンエール』でキングドラの『ハイドロポンプ』が急所に当たりタイプ相性を覆しつつ双方に打撃を与えることに賭けるか。前者はテンポの崩れを取り戻すことに一役買うが、ガオガエンの動き次第では……。
     いや、悩んでいる暇はない。一つの躊躇いが届いた筈の指先を遠のかせる。
     ──オイラは“ドラゴン使い”だ。

    「ジュカイン、景気付けに『ドラゴンエール』だ! キングドラは気ぃ取り直して『あまごい』頼むぜぃ」

     ジュカインの激励にオーラを纏い奮起したキングドラの咆哮が雨雲を呼ぶ。忽ちエントランスは薄暗く翳り、ぽつぽつと雨粒が頬を伝った。次第に雨足は強まっていき、ダーテングの起こした向かい風に煽られ、お互い服や髪が乱れ靡く。そんな悪天候を歯牙にも掛けず、スグリは揺らがない。
     その瞳はいつだって昏く、熱く、凍えるようだった。憎悪、嫉妬、屈辱。どろりと煮詰まったどす黒い感情を薪に燃え上がる不屈の焔は、ぞっとするほどの冷たさでカキツバタの身を灼くというのに、それは今この場でたった一人、誰よりも近くで熱を交わす彼を燃すためのものではないのだ。
     繰り返し対峙していれば嫌でも気付く。思えば最初の闘い──チャンピオンの座を賭けたあの一戦でさえ、己はただの足掛かりに過ぎなかったのだろう。
     なあ、オマエには何が見えてんだよ。その先に何があるのか、推し量る権利すら寄越してくれねえなんて、あんまりじゃねえの。

    「ガオガエン、『フレアドライブ』」
    「お天道様も味方してらあ! 気合いで堪えろジュカイン!」

     雨粒を蒸発させるほどの炎を纏い突撃する鍛え上げられたガオガエンの肉体を、ジュカインは交差した細腕と安定した下半身で後退しながら受け止め、振り払いながら再び間合いを取る。彼は生い茂る尻尾を振るい、慣れた素振りでカキツバタを促すよう喉を震わせた。
     持たせていた紙切れが燃え尽き、黄色の瞳にぎらりと研ぎ澄まされた闘志が宿る。

    「よーし、いい感じに滾ってきたなぁ……返しの『アクロバット』で討ち取ってやれぃ!」
    「今だダーテング、『イカサマ』!」
    「なっ……!」

     スグリの空を切るような一閃に倣い、追い風に乗り軽やかな足取りで躍り出たダーテングの『イカサマ』が、宙を舞い狙いを定めんとしていたジュカインを穿つ。幾重にも重なった強化の恩恵を逆手に取った一撃に、緑の影は堪らず倒れ伏した。
     スグリのダーテングの技構成に『イカサマ』は無かった筈だ。以前のバトルではもっとサポートに寄った構成で、主な役割は必中の『ぼうふう』への牽制と後発に繋げる『おいかぜ』だった。
     相手の攻撃能力を自らの力に転用できる『イカサマ』が活きる場面は、相手トレーナーのバトルスタイルによってはかなり限定的なものになる。例えば対象がキングドラであれば、総合バランスの取れた種族値かつ特殊攻撃が主軸となるよう育成された彼女のステータス配分からして、痛恨の一撃とはならなかっただろう。それはジュカインも似たようなものではあったが、彼には『じゃくてんほけん』を持たせていた。そこを逆手に取られた形である。
     加えて恐ろしいのは、『イカサマ』が真価を発揮するのは“キングドラ以外”を相手にした時だということだ。今までとは異なり、ダーテングの役割はキングドラに対する牽制に留まらなくなっていた。
     唇を噛む。絵図を描く能力が及んでいないのをまざまざと突き付けられた気がした。
     見ればバトルコートの右側。ダーテングの背後を取る形でキングドラが回り込んでいる。スグリには気付かれているだろうが、ポケモンたちが瞬時に対応するには限界がある。
     長年共に闘ってきた盟友達は、己を深く理解してくれていた。その信頼に今度こそ応えるべく、カキツバタは気を引き締め指揮棒を握り直す。

    「ぶち抜けキングドラ! 『ハイドロポンプ』!」

     雨の恩恵を一心に受けた激流がダーテングの泣き所に直撃する。ジュカインの一手が功を奏し、タイプ相性を覆して見事撃ち抜いた。水圧に吹き飛ばされコートを滑ったダーテングは力無く倒れ、ボールに戻されていく。

    「行け、カイリュー」

     入れ替わりでフィールドに躍り出たのは、己もよく知る橙色の竜。こちらの控えは残り一体。対面相性を選ぶ余地はないが、手持ちの並びは悪くない。

    「底力見せつけてやれぃ、ブリジュラス!」

     まだ雨は降り続いている。相棒が存分に暴れ回るための土俵は整っていた。
     最後の砦としての矜持か、雄叫びを上げるブリジュラスにテラスタルオーブを構える。

    「滾れ竜の血──」



     竜を模る冠が砕け、粒子となって粉雪のように舞い散る。その幻想的な美しさは涙にも似ている。勝利を掴み取れなかった者の見る景色だった。
     カキツバタは重苦しい金属音と共に倒れ伏した相棒をボールに戻した。完敗である。それも、今までとは違った形の敗北だった。
     あの後、幾度か躱わされながらもなんとかハイドロポンプを命中させてくれたキングドラのおかげでガオガエンまでは瀕死に追い込めたが、スグリはカイリューの構成にも手を加えていた。こちらの『あまごい』を軸に高火力の技を展開する戦法を利用して、『ぼうふう』や『かみなり』を技構成に加えることで同じ土俵に上がり込んできたのだ。みずから天候変化を起こさない分、テンポの遅れを気にする必要もない。雨が無ければ無いで『ワイドブレイカー』で手堅く攻め込み、『しんそく』で確実に仕留めに来るのだろう。
     不運にも一度目の『かみなり』でブリジュラスは麻痺状態に陥り、力尽きたガオガエンと入れ替わりで繰り出されたスグリのエース、カミツオロチが特殊型なのもあって押し負けてしまった。ブリジュラスは耐えれば耐えるほど強くなるポケモンだが、『あまごい』と速攻の『エレクトロビーム』のコンボの爆発的な火力が真価を発揮できる積みのラインまで耐久することができなかったのだ。
     残った手持ちの数の差のみで語るのであれば、圧倒的な敗北を期したわけではない。見ようによっては、どちらが勝つか分からない拮抗した勝負に思えただろう。しかし、カキツバタにはそれなりの場数を踏んできたトレーナーとして肌で感じるものがある。
     麻痺がなければ勝てていた? 否、そんな甘い試合ではなかった。なにせ向こうはテラスタルのカードすら切っていない。
     回を重ねるにつれ、着実に勝ち筋を潰されていくのを感じていた。単なる指示のミスや運の悪さでは言い訳しきれないほどの差が開きつつある。
     スグリは、強い。
     雨粒に穿たれるバトルコートの床面を睨み、傷付いたブリジュラスを収めたボールを握り締めたカキツバタの鼓膜を、あるはずのない音が揺らした。

    「……もうやめたら?」
    「…………は?」

     困惑を覆い隠す事もできないまま顔を上げれば、いつもこちらを一瞥もせず立ち去るスグリが目の前に立っていた。対峙する度この身を焦がした瞳の奥に揺らめく焔はすっかり消え失せ、そこには熱を失い冷めた視線だけがあった。
     向けられた言葉を脳が拒絶し、繕うことも忘れ腹の底から迫り上がった威圧的な声にも臆せず、スグリは続ける。

    「技構成が変わってるの見て、驚いてたな」

     ぐ、と喉が詰まった。冷えた身体に追い打ちをかけるように、彼から与えられた凍傷が疼き、痛む。

    「負け無しなことに胡座かいてたカキツバタには分かんないだろうけど。これくらいの微調整、“強くなろうとしてる”なら当たり前だ。驚くようなことじゃない。なのに……もう負け無しじゃないくせに、カキツバタは何も変わらないよな。同じ手持ち、同じ技、同じ戦法……」

    「……その程度のやつに、『俺』は負けない」

     痛いところを、突いてくる。
     ふざけるなよ──その言葉をなんとか押し殺した。こっちはオマエより何年も何年も長い間、悩んで考えて闘ってを繰り返して、漸くこの戦法に辿り着いたんだ。今までだって誰よりも強く、燦然と輝いていられた。圧倒的に相性の不利なタロに対してすら黒星が付いたことはなかった。上手くいってたんだ。オマエが全部、壊すまでは!

    「だからもう、やめなよ。本気で勝ちに来ないやつに時間使うほど、俺も暇じゃない。今のカキツバタとバトルしたって、はっきり言って時間の無駄だ」
    「──ッ!!」

     思わず胸ぐらを掴み上げた。そこまでするつもりはなかったのに、スグリの身体が僅かに持ち上がる。軽い。ここまで己を傷付け、掻き乱して来た身体の、なんて弱く脆いことか。恐ろしさすらある。
     ──勝てないって分かったら、そうやって暴力に頼るんだ。落ちぶれたな、“元”チャンピオン。
     脳髄に染み渡る幼い声は目の前の少年のものだっただろうか。かつての自分の影法師だったかもしれない。
     揃いのタンクトップに皺を寄せ、荒ぶる感情のままリーグ部のトレードマークを歪ませたカキツバタを見据えるスグリの瞳に乗せられた色が、呆れから憐れみに変わる瞬間を見た。見てしまった。

     腕から力が抜ける。

    「俺はもっと強くならないといけないんだ。昨日の俺より、今日の俺より、もっと、もっと……」

     足音が遠ざかる。


     目の前が、真っ暗になった。



    「っ、ぐ……、ぁ……ッ!!」

     部屋に傾れ込んだ途端、糸が切れたように膝を付いた。鍵を閉めることすら忘れて、濡れた身体もそのままに床に倒れ伏す。噛み締めた奥歯の隙間から漏れ出す鬱陶しい嗚咽が止まない。

    「クソッ、クソッ、クソッ……! 畜生……ッ!」

    強く握りすぎて爪が食い込み痛みを訴える手を、衝動のまま叩き付けた。碌に力も入らず、大した音も立たなかった。
     こんなみっともなく這い蹲って、子供のように癇癪を起こして泣き喚いて。なんて無様な姿だろう。一度は手にしたはずの学園最強の名が聞いて呆れる。
     スグリのあの目が、かつて己を見捨てた大人たちのものと重なった。“劣弱”の烙印。憐れみの視線。勝手に決めつけられた天井と、その言葉通りの存在にしかなれなかった弱さ。
     人は皆、より強い光に心惹かれるものだ。誰もが空を見上げてしまうような一等星の輝きも、太陽の前では露と消える。圧倒的な光を前に、そうやって今まで手にしていたものを奪われてきた人生だった。
     せめてなにか、悪意のひとつでもあってくれれば良かったのに。誰も悪者になってくれないから、いつだって悪いのは弱い己ただ一人なのだ。
     だから自ら怠惰な無法者を演じる。はなから善として生きることを諦めてしまえば、そういうものだと割り切れるから。いい加減なだけ。やる気がないだけ。まだ本気を出していないだけ。だから何を言われても痛まない。転んだって失うものはない。それはただの上っ面で、本当の自分ではないのだから。
     そうやって、他人にも自分にも言い訳をして、逃げ続けるのが一番楽なのだと覚えてしまった。
     うんざりするほど着込んだ重たい理論武装を捨て去って、一糸纏わず無防備なまま戦うなんて。
     今更そんなこと、どうやってやればいいんだよ。
     誰か教えてくれよ。

    「スグリ……」





    中略



    (倒れスグ 保護ツバタ)



     スグリ。そこにいるだけで退屈が吹き飛ぶ女、ゼイユの弟。ゼイユの上背も相まって、やたらと小さく見えていた。臆病。気弱。内気。視線が合わない。すぐ隠れるか逃げるかして、挨拶もままならなかった。何かあるとすぐ姉に助けを求める。ねーちゃん、ねーちゃん、どうしよう。あたしの弟に近付くんじゃないわよ! 分かってないな、そんなこと言われたら余計構いたくなるのに。
     ポケモンバトルが大好きで、その時ばかりは微風のような声と共に笑顔を見せてくれた。惹かれるように足を運んだ。その小さな背に、無垢な笑顔に、かつての己から失われた輝きを見た。そう、キラキラして見えたんだ。
     コートの端と端で向き合う赤と紫。勝って、負けて、怒って、泣いて、最後には笑う。オイラにはできなかった。あの日あの時、オイラが少しでも変われていたら、きっとあの景色に重なる記憶があっただろうに。
     東方からやって来た正反対の姉弟は、夜道にぼんやりと浮かんだバルビートとイルミーゼの明かりのように、前も後ろもないこの道に暖かさをもたらす。
     触れないように手のひらでそっと包み込んで、気紛れに覗いては息を吹きかけるのが好きだった。焦がれた何かがそこにあるような気がした。
     近くて遠い、愛しい光。

     スグリ。オマエが言う“弱さは罪だ”って話。散々否定しようとして、こんな無様晒してきたけどな。本当はオイラ、よく分かってる。多分誰より分かってんだよ。
     だけどオイラはさ。オマエには、オマエにだけは、そんなこと言ってほしくなかったんだ。
     どうしても、嫌だったんだ。


    「なあスグリ、もしもの話だけどよ。オイラがオマエのとこまで走って行けたら、その時は……オマエは来た道引き返して、オイラのとこまで堕ちないでくれるか?」




    中略





    オイラが目を覚ましてやらないといけない。

    「勝者、チャンピオン・スグリ!」


    オイラが目を覚ましてやらないと。

    「勝者、チャンピオン・スグリ!」


    オイラが、

    「勝者、チャンピオン・スグリ!」



    「誰か……」





    中略(ここからセリフしかない場所がちらほら)





    「カキツバタ」
    「……おー、ネリネじゃねえの。ツバっさんになんかご用?」

    「はい。……ネリネは案じているのです」
    「そりゃスグリのことかい? 確かに状況は芳しくねえが、もうちっと待っててくれりゃあ──」
    「否定。ネリネが案じているのはアナタのことです。カキツバタ」

    「オイラ? お前さんに心配されるようなことしたっけか? そういやなーんかタロに言われてたことあったような気も……あ、関係ねえけど出してねえレポートあったな!」
    「それは別途確認と適切な処置を推奨。話を戻します」
    「……今日はいつにも増して手厳しいねぃ」

    「ネリネにとって、ゼイユは掛け替えのない友。彼女の令弟スグリも、同様に大切に思っている」
    「……ああ、分かってる。分かってるよ。だからオイラが──」
    「履き違えてはいけない。それは“アナタの”責務ではありません」
    「──ッ!?」

    「……カキツバタ。アナタはネリネが志を共にしていることを、孤独ではないことを、理解していますか?」
    「…………」
    「それとも、ネリネでは分不相応だと断じますか」
    「そんなこたぁ、ねえよ」
    「……良かった。ネリネは安心」

    「日頃の怠慢は改めるべき。ですが、視野を狭め、アナタが真に守りたいものを見失ってはいけない。……ネリネが案じているのはそのことです」

    「ネリネは、今のカキツバタに必要なものは休息だと感じている。相応の休息は怠慢とは違います。身を削ってばかりではいつか立ち行かなくなると、今のスグリを危ぶむアナタなら理解しているのでは?」

    「……あーあ。オイラに人生観のお説教たぁ、すっかり先輩らしくなっちまって!」
    「肯定。今はネリネが先輩。不服なのであれば進級できるよう励むべき」
    「へっへっへ。耳が痛えや」


    「同様の話を、先日ゼイユにもしました」
    「……そうかい。あいつ、なんだって?」
    「それはネリネの口から告げるべきことではないと判断。ただ、アナタに言及していたということは伝えておきます」
    「匂わせてくるねぃ……。ツバっさん、気になっておちおち昼寝もできねぇよ〜」
    「……時間です。ネリネは去ります。さようなら」




     “真に守りたいもの”。ネリネは何を思ってこの言葉を向けてきたのだろう。オイラにとって、“真に守りたいもの”ってなんだ。
     やっと見つけた安息の地の平穏? かつて学園最強の肩書きを手にした者としての矜持? それとも久しく見ていないゼイユとスグリの笑顔か? どれも正解でどれも間違っている。そんな気がする。追いかけている影の形は何を模していただろうか。
     それが分からない時点で、既に見失ってしまっているということなのだろうか。
     目の前が暗いのはいつからだったか。つい最近のようにも、ずっと前からそうだったようにも思う。振り返った先には一つ、目を向けるだけで苦しくなるほど眩い恒星が輝いていて。己の足元とそれを繋ぐ道はずっと、距離も測れないほど深い闇に沈んでいた。
     呼吸を続けたいのなら、その闇に呑まれてはいけない。だからこそこの竜宮城で、煌々と輝くそれから顔を背け、惰眠を貪っていたのだ。けれど夢現な瞳を醒ますような慟哭と共に、同じ闇に沈み行く姿を目にしてしまったから。
     その手を掴むためらしくもなく衝動のまま飛び込んでしまった無謀さを、そのまま諸共呑まれようとしている無様な姿を、世界は愚かだと嗤うだろうか。

    「ネリネ。お前さんはいつも正しい。オイラも本当は分かってんだ。けどよ……」

     彼女の言葉を受け止め、立ち戻り、見直すべきなのだろう。今の己の有り様や、これから何を支えに、何を目指して走って行くのかを。
     しかし、時間が無い。怠け癖が染み付いた脳で悠長に寄り道なんてしていたら、答えが出る前にタイムリミットが来てしまう。

    「……今更退けねえんだよ」

     カキツバタの疲れ切った双眸が、雑然とした部屋の一角を占領する資料を睨め付けた。数多のポケモン──バトルコートの向こう側で相対した顔触れが並ぶ紙面に走る、お世辞にも綺麗とは言い難い文字の羅列。スグリに勝つため、積み上げてきたもの。
     何が抜け落ちたのか分からずとも、心に空いた穴は幻ではなく確かにここにある。降り頻る雨の中力無く崩れ落ちた矮躯が、助けを呼ぶこともままならない浅く小さな呼吸が、脳裏に焼き付いて離れない。
     もう、そのことしか考えられないのだ。




    中略




     今のゼイユがスグリに関してネリネ以外に触れ回るなんて異常事態だ。その時点で分かりきってはいたものの、やはり彼は“持っている”。
     四天王とチャンピオンを食堂に呼び出し彼と引き合わせた末目にした、ハルトの姿にたじろぐスグリの表情。あんな顔を見たのはいつぶりだろうか。嫌になるほどあの面と向き合ってきたというのに。
     降って湧いた『ワケありさん』の存在は、水面に投げ入れる石として不足無いどころか、お釣りが来そうなほどの逸材だった。これ以上ない最適解。言い換えれば、これは最後のチャンスだ。
     打つ手を失くした己が最後にできることは、妨げるものを取り除き、彼の起こした波紋をより強く、大きくすることだけ。
     すべては、そのための布石だ。

     大小二つの影が縦に並び一つに繋がる。ハルトのブルベリーグ参加申請のためエントランスロビーへと向かう途中、未だ立地に不慣れな彼を導くように一歩先を歩いていたカキツバタは、不意に足を止め振り返った。釣られてハルトも歩みを止める。
     通路の形にくり抜かれた本物の空を背に、逆光で影の差した男の顔。渦中の友人と同じ色をした瞳がゆるりと流れハルトを捉えた。数歩分は距離が空いているはずなのに、何故か目の前で覗き込まれているような。そんな錯覚を引き起こす、不思議な視線。

    「ハルトよぉ」
    「なあに?」
    「アンタ、なんだってこの交換留学引き受けたんで?」

     彼の一声が分散した意識を捕らえ、呼応するように通路を行き交う生徒たちの騒めきが遠く薄らいでいく。ゼイユとの応酬に比べればうんと小さな音だったというのに、カキツバタの声はよく通るのだな、とハルトは胸中で独りごちた。
     間の抜けた顔でぱちりと瞬いたハルトを取り違え、カキツバタはバツが悪そうに口元を歪め後ろ頭を掻いた。深く考えず言葉にしてしまったが、あまりにもおかしな問いかけだった。そしてその言葉の不可解さの裏側にある己の意図、願望とも言い換えられるそれを密かに恥じた。
     ──ハルトがこの箱庭を訪ねた理由がスグリを救うためだったら。ハルトこそがこの物語のヒーローなんだとしたら。そしたらオイラは何の後ろめたさも無く、なんもかんも全部こいつに任せてしまって、楽になれるのだろうか。
     そんなことを考えてしまった。
     彼と初めて相対した時のやり取りの中で、そうではないと分かっていたのに。ハルトはスグリの変貌を知らなかったのだから。

    「……いや、そんなの勉強に決まってらぁな。忘れてくれぃ! オイラとしたことが、学生の本分は勉強だってこと、すっかり忘れちまってた」

     ハルトはカキツバタが継ぎ足した言葉には触れず、彼の紡ぐ音に気を取られ一拍遅れた答えを舌に乗せた。

    「『宝探し』!」
    「ん?」
    「『宝探し』拡張版だよ」

    「僕、アカデミーにも転校してきたばっかりなんだけどさ。恒例行事なんだって。舞台はなんとパルデア全土! 自分だけの『宝物』を探して旅に出るんだ。キタカミの里の林間学校も、今回の留学も、クラベル校長のお墨付きで宝探しの範囲を広げてもらって参加したんだよ」
    「ほーん、そいつはいいなあ! おもしろそうじゃねえの」
    「うん、すっごく楽しいよ!」

    「あのさ。カキツバタって、先輩……なんだよね?」
    「おうよ! 先輩も先輩、大先輩!」
    「じゃあさ──」

    「カキツバタは『宝物』、見つけたことある?」

    「僕ね、パルデア中を旅して、たくさんの人に出会って、色んな『宝物』を見てきたんだ。僕の『宝物』も、他のみんなの『宝物』も、ピカピカでキラキラですっごくて……! もっともーっと探してみたくなっちゃった! だから、カキツバタの『宝物』も見てみたいなって」

    「実はここだけの話、ツバっさんも『宝探し』、やってる最中なのよ」

    「だからよ、ハルト。オイラの『宝探し』、ちょいと手伝ってくれねえか?」
    「もちろん! 僕に手伝えることなら!」


    「ブルベリーグのテッペン、本気で奪りに来てくれ」





    中略





    「ブライア先生案件ならすっぽかすと後が面倒だ。ハルトは先、行っといてくれい。スグリのやつは、オイラがおぶってでもつれていくからよ」
    「で、でも」
    「ゼイユ」

    「ハルトのこと、頼むわ」
    「……、分かった。行こ、ハルト」
    「ゼイユ……!」


    「……ネリネたちも行きましょう」
    「今のスグリくん、カキツバタと二人きりにして大丈夫かな……」
    「不明。ですが、ネリネたちに出来る事も無いと判断」
    「それは……そう、ですね。行きましょうか。ほら、アカマツくんも!」


    「おーい、スグリー。スグリさーん。聞こえてっかぁ」
    「……、ぅ…………」
    「歩けるか? 歩けなさそうだって思ったら担ぎ上げっからな。嫌なら足動かせよー」


    「なあ、スグリ。聞こえてねえだろうけどよ」

    「今、最悪の気分だろ。それ、全部オイラのせいにしといてくれねえか」

    「……なーんてな。無理だよなぁ。オマエにとってのオイラ、そんな大層なもんじゃねえもんな」

    「……あーあ。ほーんと、嫌になるねぃ」





    中略






    「おいおいキョーダイ、こんなとこでオイラと油売ってていいんで? 準備してすぐ出立だろぃ?」
    「見つかった? 『宝物』」
    「……はい?」
    「カキツバタが言ったんだよ。オイラの『宝探し』のために、ブルベリーグのテッペンとってくれって。僕、とったよ。テッペン」
    「あー……そういやそんなこと言ったっけか……」
    「見つかった?」

    「いんや、見つかんなかった! 悪いな、せっかく協力してくれたのによ」
    「だったら、カキツバタも来た方がいいと思う。エリアゼロ」

    「ゼイユが言ってた通りでよぉ、オイラ未開の地とか大冒険とか興味ねえし、めんどくせえんだわ。それに」

    「……賭けんのはこれっきりって決めてたしな」


    「クラベル校長が言ってたんだ。『宝探し』に期限はないって」

    「無理について来てとは言わないからさ。『宝探し』は続けてほしいな」
    「そいつはお前さんが見てえからか? オイラの『宝物』」
    「うん!」

    「へっへっへ、やっぱキョーダイはすげえなあ! んな自己中なこと満面の笑みで言えんの、お前さんくらいだって!」
    「ちょっと! それ悪口じゃない!?」
    「褒めてんのよ。ツバっさん流褒め言葉ってな!」

    「でも、うん。自己中……なのは、そうかも」

    「カキツバタが見つける『宝物』は、きっと僕にとっても『宝物』になる。そんな気がしててさ。カキツバタの周りにある小さなキラキラが何になるのか、知りたくて仕方ないんだよね」
    「……なんだそりゃ?」
    「初めて声掛けてくれた時からずっとずっと気になってて! なんだろう……ドキドキ? してるんだ!」

    「やだ、もしかしてオイラ口説かれてる!? キャッ!」
    「え? 違うけど。なんでそうなるの?」
    「ツッコミ無しの純粋な疑問が一番ダメージでかいんだよねぃ……」

    「……ま、よく分かんねえけどありがたぁいお言葉も戴いたことですし? ほどほどに考えとくわ。ほーら行った行った! あんま待たせっと、ゼイユのやつ、目ェかっ開いてどやしてくんぞ!」
    「ちょ、押さないでよ!」
    「……ハルト」

    「また任せちまって、悪いな」
    「謝られるような事じゃないよ。カキツバタのお願いはついでだし! 僕は僕のやりたいと思ったことをしてるだけだからね」
    「へへっ、新チャンピオンさまはお優しいでやんすねぃ」

    「行ってくるね!」
    「おう! 気ぃつけてな」


    「……ほんとすげえよ。オイラには真似できねえや」
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