繋ぎ止める言葉 白鸞に呼ばれる頃になると、季節の変わり目に気付かされてしまう。
刺すような日差しが萌ゆる緑にきらきらと反射して、遠くまで伸びる澄んだ空に果てしなさを感じていたと思っていたら。
夜、術も使わずに白鸞が突然現れた。
「久しいな」
「白鸞」
一つに纏めた白銀の髪をふわりと揺らして、白鸞は壁に持たれて腕を組む。
「こんな夜更けに悪いな。もう少し早く来る予定だったが」
「別に構わない」
紫鸞は焦る気持ちを抑えるようにして早口に言った。その様子を見て白鸞が訝しむ。
「都合が悪かったなら出直そう」
「いや違う」
会いたかったから来てくれて嬉しい。
すぐ帰ったら寂しいから気持ちが落ち着かないだけだ。
紫鸞は想いの丈をぶつけた。暁天の瞳が切なそうに白鸞を凝視するので、あまりの直球さに流石の白鸞も狼狽えたのだった。
「まあ待て! 今生の別れではあるまい」
「年に五回も会えていない気がする」
「……何度も私に会ってどうする」
「お互い、いつが最期の対面になるかわからない」
「……」
はあ、と大きく溜め息を吐いて白鸞が紫鸞の傍に寄る。艶のある黒い髪を優しく撫でて宥めた。
「わかった。私もお前のことが気にならないわけではないからな。顔を出す機会は増やしていくとしよう」
そう言った途端、紫鸞の瞳が大きく輝く。
「今日は泊まっていってくれ」
「……? 空き部屋がまだあるのか」
こんな遅い時間でも宿を使えるのか、と紫鸞に訊くと、
「一緒に寝ればいい」
「……、殊勝な奴」
紫鸞の提案をすんなり聞き入れる白鸞に、密かに驚いたのは秘密だった。
そう言えば何か用があったのではないか。
二人で同じ牀で横になって、紫鸞は隣で同じく横になる彼に向かってそう言った。
白鸞も少しだけ眠そうな声で紫鸞に答える。
情報が欲しくて紫鸞が何か知っていないか尋ねたようだ。二人は置かれた立場は違えども太平の要としての目的は同じなので、紫鸞も持ち得る情報は可能な限り白鸞に伝えることにした。しばらくこの地に滞在するつもりだと白鸞が告げたので、それなら情報も精査が出来る、と紫鸞は頷く。
堅苦しい話題が尽きて、次第に互いの近況を伝え合った。
話をしながら、白鸞はふと「何故紫鸞は私のことを何度も呼び止めようとするのか」と考えるようになったのだが、思えば今までは共にあるのが当たり前だったのが、拠り所を失い記憶も無いまま独りぼっちで最近まで彷徨っていたのだから、不安定な心に陥るのは無理もないと結論付ける。無論、白鸞自身も似たようなもので、こうして紫鸞のことを冷静に分析出来た自分に驚いている。正直、白鸞は全てを棄てて刃を向けてきた紫鸞のことが憎らしかったのだが……。
寝返りを打って紫鸞へ向き直る。月光を僅かに浴びた彼の肌が透き通って白く映る。あまりにも整った顔と、うっとりと溶ける眼差しでこちらを返すその眼と、さらりと流れる絹のような黒髪……。
そして、そんな彼に名付けられた、
「紫鸞」
あまりにも美しい名前。
紫鸞の唇がゆっくりと象る。
その呼び掛けに引き寄せられるように、白鸞は紫鸞の肩を押し付けた。
重なる唇は、何度も角度が変わっていった。
今までの逢瀬は、せいぜい三月に一遍だろうか。
それが一転、多いときは三日に一度ほどの頻度にまでなった。
理由は明白で、寂しさを埋めるように二人は日の目を避けて身体で想いを共有するようになったからだ。
朝まで過ごすことも増えていった。白鸞自身、以前よりも寝付きが良くなった実感がある。
今までは、紫鸞とはなるべく会わないようにしていた。理由の一つに憎しみもあったが、過去に対する罪悪感も多分にあった。
しかし、紫鸞と何度も逢うことによって――、過去を乗り越えた彼と逢うことによって、少しだけ許されたような錯覚に陥るのだ。
僅かに、ほんの少しだけ。