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    sinohara0

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    sinohara0

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    自分が映画を見てちょうど一年だったので風息公園に思いを馳せていました 公園の名前が決まった頃のお話です

     あの日の出来事は奇蹟とも、怒りとも呼ばれている。
     風息の起こした超常的な現象は多くの人間に目撃され、瞬く間に成長した木々は今も都市の中心部に残されていた。街に展開された領界や木々を事実と認めないのは、インターネットに巣食う常軌を逸した陰謀論者くらいであるらしい。
    「風息公園?」
    「そう、公募制……住民から名前を募集して決まったらしい」
     幼い弟子にも伝わるように言葉を言い換えて、彼がそれを飲み込むのを待つ。風息が最後にいた場所は周囲の土地も含めて買い上げられて、公園として残す方針が定まっている。行政の占有地となってからは広範囲に柵が作られ、公園が完成するまで人の立ち入りを禁じるようになった。だから、彼の木々に近寄ろうとすると夜に紛れて人目を避ける必要がある。
    「館が人間に風息の名前を教えたの?」
     丸一年をかけてすっかり昼型の生活に馴染んでしまった小黒は眠気で少し鈍くなってきた頭で、一つ疑問を生み出したらしい。長らく人と距離を置き、その上龍游を離れていた彼の名前を人間が知っていることに違和感を覚えたのだろう。
    「いいや、元々人間は彼の名前を知っていた」
     無限はゆるゆると頭を振って、小黒の疑念を否定する。今回の件で館と人間の行政は深く連携しており、一部の者には風息の名前も当然伝えてはいた。
     とはいえ、それは事件を起こした妖精という意味しか持たず、公園の名にするに相応しいという論調にはなり得ないはずだ。その心証を持っていてなお、選ばねばならないほどにその名が望まれていたのは想像に難くない。
    「彼が生まれてすぐの頃、妖精と人間の距離はもっと近かった。館にも人間にばれてはいけないという規則もなかった時代だ。私も伝え聞いた話でしかないが、風息はよく人間に手を貸していたらしい。人間と良い関係を築いていた」
    「風息が言ってのってそれくらいの頃の話かな」
     ぱちりと一つ瞬きをして、瞼の裏で風息がかつて小黒に聞かせた話を思い返したらしい。龍游まで人間がやってきて集落を作り始めた頃を指して、彼は森と人間が良い関係であったと小黒に告げたのだと言う。確かに風息の言う通り、森を発展させながら暮らして行くのであればあの時代の規模が限度だったのだろう。
    「多分そうだろう。その時、人間は彼の名前を知ったんだ」
    「……でもその頃の人間ってみんな死んでない?」
     風息が二百歳くらいらしいから、と口にしてから眉間に皺を寄せて、小黒が両の手の指を端から折り曲げたり戻したりを繰り返す。計算が合わないとでも言いたげな調子に、思わず頬を緩めてしまう。
    「そうだね。私のような立場でない限り、どこを探してもその時代の生き残りはいない。でも、人間は覚えている。口伝だったり、資料に遺したりして子や孫に自身が知りうる事を伝えようとする。寿命が限られている分、後世に伝えようとする気持ちは妖精よりずっと強いかもしれない」
     その途方もない伝達はこれからも種族規模で行われるはずだ。それが悪しき結果を引き起こすこともありうるし、その逆であることもあるだろう。
    「公園だってそうだ。こうして遺す事で世代を越えて出来事が伝わっていく。きっとここが残る限り、たとえ無くなったとしても龍游に風息公園があったこと、その名が古い神にちなんでいることは残り続けるだろう。知る者が少なくなっても、何かを切っ掛けにして思い出されることもある。今回の出来事のように」
     風息がもうどこにもいないことを人間は知らない。けれど、作り上げられる公園は碑の役割を果たすのだろう。現代のあり方を問いかける古い神の御業として、そこは静かに人々の営みを問い続ける。
    「人間がいたから風息は龍游を出なくちゃいけなかったけど、人間がいるから龍遊に名前が遺るんだ」
     まだこれっぽっちも飲み込めていないらしい小黒は、子供が出すには随分苦悩に満ちた声を上げる。まだこの子が飲み込む必要はなかろうと、無限は小黒の頭を撫でるに止めた。いつの間にか白い髪の間から生えてしまっていた獣の耳が無限の指に当たってぴるぴると震える。
     風息は妖精達にとってはたくさんいる中の一人でしかない。劇的な終わり方ではあったものの、同族である限りはそれ以上の何かにはなり得ない。近い将来、他の同族が引き起こす騒動の一つになってしまい、静かに埋没して行くのだろう。そうして、彼に極近かった者達が思い起こすだけの存在になってしまう。
     けれど、人間にとって風息とは特別な存在であったのだ。人間達はしばらくの間、いなくなった神様に思いを傾けることだろう。以前のように忘れ去られたかに見えても、思い出す時にはかつての神として数えられる。彼の事を記録し続けられるのは、妖精ではなく人間なのかもしれない。
     小黒に向けるために落としていた視線を上げると、風息が自らを注いで生み出した木々が明かりを遮って本来あるべき夜を作り上げている。もう少し奥に立ち入ってしまえば、小黒はともかく無限には何も見えなくなってしまうかもしれなかった。かつての夜はそうだったと、無限は何とはなしに当時の夜の色を思い出す。
    「ねえ、師匠。ちょっと登ってきていい?」
    「寝ないで帰って来るなら」
     まだそんなに眠くないよ、とむっとした声を上げてから、小黒は黒猫の姿に戻って木々の方に駆け出して行く。軽やかな姿を見送ってから、無限は剥き出しになっている建物の基礎だった部分に腰を下ろした。
     龍游に住む者はあの日何が起きたかを知っている。人智を越えた何かが人間を龍游から追い出した。自分達がその何かに否定されたと知りながら、その現象にかつての神の名を冠した。そうしてそれを自分達の神様の悲嘆として、目に見える形で遺そうとしている。
     風息を傷つけ追い詰めたのは人間だ。それでも風息の苦痛を道標とし、未来に向かおうとするのもまた人間なのだ。もし彼がまだここにいたのであれば、その矛盾に塗れた行いをどう思っただろうか。自らの名を忘れていなかったかつての隣人に、一体どんな言葉をかけたのだろう。
     どうにもできないくせに随分と独りよがりだと呆れただろうか。一方で、かつての日々を思い出すこともあったかもしれない。それともと、無限がいくら思いを巡らせたところで答えは今や永遠に失われてしまったけれど。
     僅かに巻き起こった風が起こす木々の騒めきに隠すように彼の名を呼ぶ。風息はもうどこにもいない。失われた者は二度と帰らないし、きっとそれらが行きつく場所なんてものも存在しない。ただ底の知れない断絶がそこにあるばかりだ。
     それでも彼が望む望まざるに関わらず、彼がかつてここにあった証は当分遺り続けるのだろう。完成した公園が多くにとって良い場所であれば良いと、無限は濃い木々の気配を感じながら瞼を落とした。
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