ダイブ・トゥ・ブルー(暦は鳥と一緒だ。だから、追いかけたいって思うんだ)
いつだったか、ランガは俺にそう言った。
高校生のときの、通い慣れた沖縄のパークでのことだったかもしれないし、二人でロサンゼルスに渡ってからの、有名なパークでのことだったのかもしれない。ランガは俺がバーチカルでトリックを決めたのを見て、目を細めながらそう言った。
そのあとランガは同じ場所で、俺よりもずっと高くて難易度の高いエアートリックをメイクした。その芸術的な滑りに、周辺にいたスケーターや観客たちがいっせいに声をあげる。イヤミなやつだな、と俺は肩をすくめた。沖縄に降った雪。あのとき自分の目に映ったランガの姿を、俺はきっと一生忘れない。ランガは鳥で、一生それを追いかけ続けたい。そう思っているのは俺のほうなのに、ランガは純粋な目で俺を見て、暦はすごい、と言う。
(おまえの方がすげえよ)
俺の意識は、夏の日差しがじりじりと照りつけるパークへと戻った。肌が焼けるようだった。白い地面からの照り返しが目に痛い。ここ東京は、もしかすると俺の育った沖縄よりも暑いかもしれない。ペットボトルの水を飲み、俺はじっと前を見据える。
2021年。誰でも名前を知ってる、超有名な世界大会。俺たちの愛するスケートボードは、今年から競技として取り入れられた。東京の有明に建設されたこの競技場で、俺とランガはスタートの合図を待っていた。
パークスタイル決勝。予選を勝ち上がって決勝まで残ったランガの順番がやってくる。
お椀型のコースにさまざまなセクションが取り付けられているパークの、プラットフォーム部分。薄い青の髪をなびかせたランガが、デッキを持ってそこへ立った。長身に整った容姿。相変わらず俺のランガは、憎らしいほどにカッコいい。きっと今日という日は、ランガのカッコよさを全世界の人が知る日なのだ。
ランガの持っているボードは、昔と変わらず俺が作ったものだ。ランガがプロになることを決めた日、俺はスポンサー企業から提供されるもののほうがいいんじゃないか、と提案した。言ってから、俺は少しだけ後悔した。あの綺麗な顔が、冷たく感じるほどに真顔になったからだ。
「暦の作ったのじゃなきゃ滑らない」
ランガはこうと決めたらてこでも動かない頑固なところがある。それをスポンサーや周囲の人たちは理解しているようで、この日もランガのデッキには、俺のペイントしたイエティが両手を上げている。プラットフォームに立っているランガは、近づいてきたカメラに微笑みながらデッキを見せた。書かれている「FUN」の精神は、俺たちがアマチュアの頃からずっと守ってきたものだ。
楽しんでこい。俺は心の中でランガへ声をかけた。ランガがデッキへ片足をかけ、勢いよくコースを滑り降りた。
そのまま速度を緩めずに、中央で高く飛ぶ。テールを掴んだトリックは高く美しい。歓声が上がる。そのまま端のスクエアレールに向かい、バックサイドから入ってノーズをスライドさせた。アウトするときもまったくバランスを崩さず、死ぬほどかっこいい。また歓声。その後もアールの部分でデッキをフリップしたりして、俺はやった、と歓声をあげるしかなかった。ミスがなかった。これはきっと高得点のはずだ。
持ち時間が終わり、採点が出るのを待つ。その前に予選で同じだったアメリカのスケーターが、高得点を叩き出して暫定一位になっていた。ランガはひとつ前の滑りでひとつだけミスをしたので今は四位。十分メダル圏内ではある。下馬評でも、金をもぎ取るのはアメリカの選手かランガだと言われていた。今までアメリカで開催されていたプロのコンテストでも、この選手とランガはライバルだと言われていたから。
ランガが採点されるのを待っている。点数が発表される時間が、永遠みたいに長く思えた。
――九点。表示された得点に、俺の中の世界が止まった。
「……勝った……?」
総合得点で、ランガはアメリカのライバルを抜いた。優勝が、金メダルが決まった。
「暦……暦!」
俺が正気に戻ったのは、ランガが名前を呼んで俺の体を揺さぶったからだった。パークの関係者席にいた俺は、驚きすぎてしばらく固まっていたらしい。ランガのきれいな青い目が、俺の目の前にある。はじけるような笑顔は、出会ったばかりの頃じゃもう考えられないくらいだった。
「勝った。勝ったよ、暦!」
まるで犬みたいに、ランガが俺にぎゅうぎゅうと体を押しつけてくる。いっせいに周りを取り囲むカメラの群れに、俺はあわあわと両手をさまよわせた。……でも、少し考えて、俺はためらいを捨ててランガの体を抱きしめた。
「おめでとう! すっげえカッコよかったぜ、ランガ!」
それは俺の本心だった。俺の上を行って、どこまでも高く飛ぶこいつを――俺は愛しいと思う。
ランガは顔を上げて、嬉しそうににっこりと笑った。
「やっぱり、暦と一緒なら、俺はどこまでも行ける!」
大げさだな、なんてことは言わなかった。だって俺でさえも、あの日から。沖縄に降った雪をこの目で見たときから――こいつと一緒ならどこまでも行けると、そう思った。