『清楚で静かで、上品なひとがいいね』
物議を醸したそのひとことは。芸術家ユニットであるValkyrieのリーダー・斎宮宗の、ネットインタビュー内にて散見された。
「お師さ~ん!?」
件の一文を目にして錯乱した人物はというと、宗と並んでValkyrieとして活躍するアイドル──影片みかである。
「なんやのんこれっ、この記事!」
「遅い、影片。僕はだいぶ前から待っていたのだけれど?」
待ち合わせ場所の定番と化した衣装ルームにて、宗は時間ぎりぎりに駆け込んできたみかへお小言を垂れる。
だがしかし、スマートフォンを片手に荒ぶるみかの追及は止まらない。
「おれこんなん聞いてへん! 理想のタイプ……って、好みの女性ってことなんか!?……んあぁっ、お師さんは清楚で静かで上品な女の子がえぇんかあぁ」
「ノン! 来て早々喧しいのだよッ!」
口を慎みたまえ、と断じつつ、眉根を寄せた宗は手に持っていた衣装用の布地をテーブルへ置く。みかの状態がこうなることは予測していた宗だったが、やはり呆れるほどの騒がしさだ。
ひとつずつ、誤解を解く必要がある。
「……一応補足すると、“女の子”とは聞かれていないよ」
「んあ~? ほんなら、“付き合いたいのはどんなひと?”って感じやろか」
「うむ。昨今の情報発信では、とりわけジェンダー面で炎上を引き起こしがちだからね」
「あはは。お師さん、これ以上燃えたらたまらんもんなぁ?」
こないだのあれも危なかったわぁ、と些細な火種を蒸し返すみかを、宗は冷ややかに睨みつける。どことなく嬉しそうな反応を「不気味なのだよ」と一蹴し、つねに傍らにいるこの半人前について思案した。
恋愛がどうのといった話題は、みかとの会話では今までまともに登場したことがない。以前、歌劇で恋物語を演じはしたが役柄にすぎず、素のままのふたりには浮いた話のひとつも出てこなかったのだ。
そもそも。公私ともに最も距離の近いみかを差し置いて、はたして宗はその他の者との逢瀬を味わえるものだろうか。
「……これだけ一緒にいれば、ねぇ?」
「うん、どんな炎上もおれが跳ね除けるで!……せやけどお師さん、こんな俗っぽいインタビュー、なんで受けたん?」
しかも個人でと、みかは諸々腑に落ちない様子だ。格式を重んじる宗のポリシーとは反するし、無論、宗本人もこのたびの案件を快く引き受けたわけではなかった。
膝が触れ合うほどのすぐ隣──ソファにようやく腰掛けたみかへと、宗は事の経緯を語り始める。
「前回のValkyrieのライブでは、当初の予算を超えたセット代の領収書を切ってしまっただろう?」
「んあ~、数字見た副所長さんがひっくり返ったやつやね」
苦笑するみかに宗は頷く。Valkyrieの舞台はどれも豪華絢爛なのだが、先日のライブは特にふたりの創作意欲が爆発し、いつにも増して莫大な経費を動かしてしまったのだ。
結果的に妥協のない一幕にはできたものの、お上からのお叱りは避けられず。
「そのときの反省として。今回のインタビューには、しぶしぶ応じなければならなかったのだよ」
内輪の取材にね、と言い換えた宗の意図を、みかは一拍置いて汲み取った。
「んー……確かにこれ、よう見たらコズプロのPR記事になっとるな?」
はっとしたみかは改めて、ページの上から下までスマートフォンの画面をスクロールする。読み返した質疑応答の合間には、自分たちの所属するコズミックプロダクションの広告リンクが、多数折り込まれていたのだった。
──『あのValkyrie・斎宮宗の、プライベートに迫る!』
そんな売り文句でアクセスを稼ぎ、誘導収入を得る。事務所内のみで完結する、打ち合わせの延長線上のような低予算企画だ。
「卑しい呼称は用いたくないが。いわゆる釣り記事だよ」
だしに使われたというわけだ、とまとめると、宗はみかへ注ぐ眼差しをやや和らげたのだった。ともに切磋琢磨する相方を不安にさせてしまっては、さすがに憐れだと思えたのである。
「内容はほぼ、公式プロフィールに記載されている程度のものだしね。僕の誕生日や身長、趣味特技だとか」
「そんなん、お師さんのファンなら必修科目やで!」
手始めに宗の誕生日から暗唱しようとしたみかだったが。ここで真っ当な疑問を抱き、小首を傾げた。
「んあ?……ほんなら、どういうことなん?」
これは、とみかが指差したのは冒頭の一文である。清楚で静かで、上品なひと。画像の中の宗が発した、みかも初めて知る師の理想像だ。