『感情表現』 本丸に新たな刀がやってきた。……ただ、正確にいうと『刀剣男士』というよりは『獣』の要素が強いと俺は思う。俺とよく似た特徴の外見をしているが、背は小さく、なにより犬のような耳と尻尾がある。主が調べたところ、一応『御手杵』の個体ではあるらしい。バグかなにかの影響でこの姿になっているようで、主が対応できる範囲で『御手杵』としての姿に直すことはできないと言っていた。そいつは江の部隊が出陣先から帰る時に拾ってきたので、ひとまずは江の刀が主に使ってる大部屋で面倒をみることになった。
「篭手切ー」
「わっ、ちょっとねこて! やめなさい! ……あ、御手杵さん!」
「……ねこて?」
主からの伝言を預かった俺が江の部屋を訪ねると、部屋の中は騒ぎの真っ最中だった。話に聞いていた小さい獣姿の俺と、猫耳としっぽらしきものがある小さい篭手切。その2人を篭手切が追いかける。途中で俺に気付いた篭手切が扉のところまで来てくれたが、元気な奴らの相手を引き継いだ江の打刀達は、まるで休日のお父さんのようだった。
「御手杵さんごめんね、いろいろ立て込んでて」
「……あいつも、こて、ぎり?」
「あ! おおきないぬぎねさんだ!」
「いぬぎね?」
「ねこて! ……いいや、まずは自己紹介しようか」
そう言ってなにかを諦めたような篭手切が小さな篭手切を俺の前に連れてくる。
「ぅ……ねこてですっ。あっちにいるのは、いぬぎねさん! あなたがおおきいいぬぎねしゃん?」
最後の最後で噛んだものの、ねこては気にせず首をこてんと傾げた。
「こ、篭手切……」
「ああ、うん。かわいいよね」
慣れた様子でよくできました、とねこての頭を撫でる篭手切はなぜだかとても様になって見える。
俺は『いぬぎね』とよばれた小さい俺のほうを見たが、少し離れたところで警戒心をむき出しにされたまま睨まれてしまった。
「いぬぎねさんと一緒にねこても見つけたんだ。それで、御手杵さんはなにか用事があったんじゃないの?」
「……あ、ああ。主から小さいほうの俺……いぬぎね? は俺が世話してくれって言われてさ」
「え、いいのに」
「同位体としてしかできないこともあるだろうから、って。なにかあった時にはまた頼む」
「そっか。わかった」
そうして篭手切がいぬぎねにこれからの事を説明しに行っている間、俺たちの会話を聞いていた五月雨と村雲がこっそりとこちらにやってきた。
「あのさ……」
「おう、どうした?」
「多分、なんだけど」
「ねこてが『いぬぎね』名付けたあの個体ですが、恐らく私たちのような『犬』ではないと思います」
「え?」
「おおかみ、なんじゃないかな」
「……本人は犬だと思っているみたいなので、時が来るまでは変に刺激しないほうがよろしいかと」
「えぇ……オオカミ……」
五月雨と村雲が言うのなら間違いではないのだろう。これは大変なことになりそうだと思いながら、俺は教えてくれた2人に礼を言った。
「いぬぎねさん、いっちゃうの……」
「ねこて……」
「2人とも、永遠の別れじゃないんだから。またすぐ遊べるよ」
「ほんと!?」
「もちろん」
桑名と松井の言葉にきらきらと目を輝かせたねこてとは対照的に、いぬぎねのほうはまだ納得していないようだった。
時々こちらを見ながら俺を敵対視するような視線と、篭手切と話しているときで明らかに態度が違う。なんとなく嫌な予感がした俺は、思い切って篭手切に話しかけてみた。
「篭手切」
「御手杵さん?」
「ちょっと来てくれるか」
今にも威嚇してきそうないぬぎねを様子を確認し、廊下に篭手切を連れ出して部屋の中の奴らに聞こえないように小声で話す。
「いぬぎねって篭手切のこと…好き、とかじゃ、ない、よな……」
言いながら自分でもなにを言っているのかと恥ずかしくなってきた俺は、驚いた様子の篭手切から思わず視線を逸らした。
「……ふふ」
「な、なんだ」
「いぬぎねさんは尻尾で気持ちがわかりやすいけど、いぬぎねさんに対抗する御手杵さんも随分とわかりやすくなるなって」
篭手切はしばらくクスクスと笑ったあと、俺の目を真っ直ぐに見て告げる。
「どんなにいぬぎねさんがかっこよく育ったとしても、私が好きなのは今私の目の前にいる御手杵さんだから安心してほしいな? あと、いぬぎねさんは多分ねこての事が気になってるんじゃないかな。私よりもねこてと話してる時のほうが嬉しそうだし。……御手杵さん?」
身長的に上目遣いになる篭手切は見慣れていたつもりだったが、先程のねこてとは違う胸のあたりのむずむずした感覚に、俺は思わず篭手切のことを抱きしめた。
「お、御手杵さんっ」
軽く背中をたたかれて、ここが廊下だったことを思い出す。いくら江の打刀達から見えていないとしても、他の刀剣男士に見られる可能性はある。
「わりぃ、篭手切。…………俺もお前が好きだよ」
照れと動揺で篭手切の頭を雑にくしゃりと撫でたあと、俺はいぬぎねを引き取るために部屋の中へと戻った。
「……きょうからあんたのところにいくんだろ。……たまにねこてとあそんでもいいか?」
部屋の中ではいぬぎねが堂々とした態度で待ち構えていて、ねこては豊前の後ろでそわそわとしていた。負けじと俺も大人の対応ってやつを見せてやる。
「おう。勿論だ」
「やった……!」
「いぬぎねさん、またあそべるね!」
いぬぎねとねこてがはしゃぎ始めてから、しばらく戻ってこなかった篭手切がやっと部屋に入ってきた。
「2人とも、もう少し静かにしようね。あんまりうるさいと隣の部屋の鬼さんが食べにきちゃうよ」
「や〜!」
小さな姿の2人に部屋の中がほのぼのした雰囲気に変わる。
ふと篭手切のほうを見ると、髪の隙間から見える耳がほんのり赤いことに気が付いて、さっき篭手切に言われたを思い出した。小さい俺に負けないように、俺ももう少し自分に素直になってみようかと考えるのだった。