師に差し入れを、幼馴染に軽口を 満点、ぎりぎり追試回避、追試。赤のペンをくるりと回しながら、ファウストはため息をはく。
暗記系の問題を出すと、大体結果はこうなる。自分よりも歳を重ねた彼は、どうも暗記が苦手らしい。
任務、先生会議、そして任務。忙しい今週の日程にテスト作りのタスクが一つ増えた。どうせなら、追試は彼のためだけのテストを作ってやりたい。生真面目なファウストはこめかみをぎゅっと摘む。
「……先生?」
耳に届いたのは控えめに自分を愛称で呼ぶ声だ。視線を上げると、そこには二つのコップを持ったヒースクリフがいた。
「よかったらどうですか?」
恥ずかしそうに微笑み、彼は両手のコーヒーを少しだけ持ち上げる。
「ありがとう、いただくよ。きみも座りなさい」
「……はい!」
机の上の紙をまとめると、おずおずとヒースクリフは隣にかける。白のよくあるコップからはふわりと白い湯気が舞った。
目の前に置かれたコーヒーを一口飲む。
疲れているからだろうか。ほどよい温かさと苦味が身体に染み渡っていく。
「……おいしい」
ぱっ、と顔を明るくするヒースクリフを見て、ファウストは笑う。彼の控えめな笑顔に、自分も心から嬉しいと思えたのだ。
「よかったです。あの、実は少しだけ緊張していました。先生、最近お忙しそうだったので」
生まれ育った環境や性格からか、彼はここに暮らす人々の何倍も気を遣う。それが相手への労りだとしても考え、そして悩み、相手を思い続けるのだ。
「きみの心遣いを無下にしたりしないよ。遠慮なく言ってくれればいい」
「……はい!」
きっと何度ファウストが言っても、彼は気にするだろう。そういう思慮深い性格だ。もちろん、ファウストはそんな彼を好ましく思っている。
程なくして、若い魔法使いたちに呼ばれたヒースクリフは申し訳なさそうに席を立つ。遠くでシノに語気を強める彼に、ファウストはそっと目を細めた。
師に差し入れを、幼馴染に軽口を。
今だけは、少しだけ穏やかに思い出すことができた。