指先に口づけを 小さな子供は己の頭を撫でる大魔法使いの手をぎゅっと握りしめる。
「魔法使いさま、ありがとう!」
そしてその甲に優しいキスを落とした。
帰り道、いつもなら二人は箒の上で和やかに今日の出来事を振り返る。しかし、今日のファウストはやけに静かだった。
「……」
一向に視線が合わない弟子に、フィガロは笑いながら箒を少しだけ前に進める。突如目の前に現れた師匠に、ファウストは大袈裟に身体を後ろに逸らした。
「なぁに、ファウスト。さっきのアレ、照れてるの?」
「いえ、照れてなど……」
パラパラと雪が降る夜、二人を照らすのは輝く厄災だけだ。ファウストはうつむき、うろうろと視線を揺らす。
「将来大物になるんじゃないかな、あの女の子」
「それは、そうですね……」
あのとき、フィガロは確かに驚いていた。しかし、それをおくびにも出さずもう一度ゆっくりと子供の頭を撫でる。真っ青にした母親を宥めながら去り際の女の子に手を振り、それで終わりだった。
フィガロにじっと見つめられ、ファウストはその視線に応えるよう顔を上げる。そして、少しだけ寂しそうに、照れくさげに笑った。
「……動揺、していました」
ファウストの本心に、フィガロは内心喜んでいた。清廉潔白純真無垢、弟子というのはこんかにも尊いものだったのだろうか。おまけに自分のことでひどく心を乱している様子は、あまりにも可愛らしくて仕方がない。
「それで?」
それはちょっとした出来心だった。話が続くとは思っていなかったファウストは、分かりやすく言葉を詰まらせる。それでも、師匠に応えるようゆっくりと言葉を紡いでいく。
「なんだか、その、フィガロ様があまりにもスマートで」
「ははっ、褒められた」
「でも、なんでしょう……。ずっと、恥ずかしくて。自分でもよく分からないんです」
ファウストは頬をかいたあと、ゆっくりと流れる髪を耳にかける。利発的に笑う顔は今も曇ったままであり、どこか遠くを見つめていた。
「うーん」
対して、フィガロにはファウストの感情に心当たりがあった。さらに箒を近づけ、未だぼんやりとしているファウストの手を取る。
そして、細く長い指にそっと唇を落とした。
「な、なっ!?」
魔法は心で使う。
明らかに動揺したファウストは箒をぐわりと揺らす。そのまま風にあおられ、背中から体制を大きく崩してしまう。
「あれ、嫉妬じゃなかったかな」
そんなファウストを抱き止めながら、フィガロは不思議そうに呟いた。手の中で抱かれた彼の顔は耳までかわいそうなぐらい真っ赤である。
「フィ、フィガロ様……?」
ファウストは混乱していた。敬愛する師匠の口づけに、真面目で勤勉な思考回路はエラーを叩き出す。
「ファウストはしてくれないの?」
「え、え……?」
ファウストは今度こそ訳が分からなくなった。そんな彼を、フィガロは笑いながらすっと目を細める。
「ほら」
目の前に差し出された手にキスをする。そんな行為、あまりに突拍子なくて、明らかにおかしいはずだ。
それでも、フィガロの行動と言葉によって、ファウストの思考は完全にショートしていた。
熱の篭った視線を至近距離で浴びながら、彼は口をモゴモゴと動かす。フィガロの腕の中で身じろぐと、ゆっくりとその指先に触れた。
「し、失礼します……」
楽しげに見つめられながら、ファウストはおずおずとフィガロの手を持ち上げていく。自分よりも大きなその手を両手で包むと、寒空の冷たさとじんわりと体温が伝わってくる。
そして、そっと唇を近づけた。