無題休日の朝。淡い日の光が揺れるカーテンの隙間から零れ、シーツの上に溶けていた。
いつもの善逸なら、この時間に自然と目を覚めることなんてまず無い。しかし、今日は違った。鼻先を擽る、ほのかに甘い香り。まだ、夢の中にいた頭が一気に現実に引き戻される。手探りで隣に伸ばした指先は、彼のぬくもりを見つけることができなかった。
「もう起きてるんだ」
誰もいない方へひとこと呟き、善逸は布団から上体を起こした。狭い寝室いっぱいに漂う甘い香りは、腹の中の虫さえも起こし、腹の音が鳴った。
甘い蜜に誘われるように引き寄せられるまま、軽やかな足取りで台所へ向かった。
「おはよう獪岳、今日もはやいね」
「おまえは毎度遅すぎるんだよ、カス」
肩越しに呆れた顔を向けた獪岳の手元には、バターの香りを纏ったパンケーキがこんがりと積まれていた。
「あ、パンケーキだ。俺も食べたい」
「あぁ、これで生地は最後。俺の分で終いだ」
「え?自分のしかないの?」
「食いたきゃ買ってこい」
その瞬間、善逸は悟った。
その後は「ついでに牛乳も」「あと卵」「あ、トイレットペーパーも切れてたな」とおつかいの司令が次々と飛んできた。
玄関を出る直前、背後から聞こえたのは
「ほらな、だから遅すぎるって言ったろ」
と獪岳の勝ち誇った声。善逸は深い溜息をつき、重たい足取りでスーパーへと向かった。