「先に言っておくが、これは悪い知らせだ」 部屋は俺のお気に入りで埋め尽くされている。
俺のトロフィー、俺のフィギュア、俺の特集雑誌に、俺のチャンピオンバッチ。窓際には愛しのサボテンちゃんが日光浴してる。そして真ん中には、ネットでポチったハンモック。
レインボーカラーのこれを見たアイツからは「死体袋で寝た方がマシだ」と、お褒めの言葉を頂戴した。ここで寝転びながら俺は俺の大活躍したキャプチャを見返す……まったく、最高の休日だな。
本当なら今日もマッチの予定だったんだ。しかし、そこに俺の名はなかった。まあ、そんな日もあるさ。最近、俺は勝ち続けていたからな。休暇だって必要だ。
それに、奴らにも活躍の場を譲るのが強者ってもんだ。アウトランズ中のみんなが俺に注目し続けると、嫉妬するヤツもいる。
てなわけで、今回のゲームを観戦するか。なんならネットで実況配信でもしてみるか。ほら今、流行ってるだろ? どっかの配信者がCランクキャラだとか、一般人がキングスキャニオンを散歩してるだとか言ってる動画は報告しといたぜ。不快なコンテンツとしてな。
観戦の面白いところは、各部隊の視点を行き来できることだ。他にも色々楽しみ方はあるだろうが、視点を切り替えて今どこでどんなことが起こっているのか覗き見するのは楽しい。アイツも陰でこそこそヤってるが、俺もドローンが使えたらこんな感じか?
今回のマッチで、アイツはまたあの暴走列車とチームになったらしい。もう一人はソマーズおばさ、おっと……ソマーズ博士だ。……フゥ〜、今配信してなくてよかったぜ。いや、ここはひとつ炎上を狙うってのもアリだったか……まあともかく、ピクニックが楽しめそうなチームだ。
俺は端末画面を天井に投影し、仰向けになりながらゲームの様子を眺め始めた。
――いったい、どれくらいそうしていたんだろうか。
気づけば窓の向こうは薄暗いネモフィラ色に染まり、日没を迎えていた。俺は寝ていたのか? すでに今日のマッチングはすべて終了していた。
俺はバーでひと仕事する予定があったことを思い出し、とりあえず必要なものだけ掴んで外へ駆けて行った。対戦を始めてからバーテンダーの仕事を減らしているが、今もこうしてたまに顔を見せている。なんてったって俺を応援してくれる常連や観客たちにファンサービスが必要だろ。
店へ着く頃には辺りが暗くなっていた。俺もそろそろ自動車免許を取るべきか。裏口から入り、休憩室のロッカーから制服を取り出して着替える。と言っても、ほとんど私服のままで、エプロンをつけて腕まくりするくらい。鏡を見て少し髪を整えたら、指先を鳴らし、デコイを出してハイタッチ。
「よう、イイ男の登場だ! 今夜も盛り上がろうぜ!」
意気揚々とフロアに出れば、店を間違えたのかと思うくらい静かな様子だった。
皆、静かに酒を飲み、ぼそぼそと話しては沈黙する。中には泣いてる子もいた。
「おい、どうしたってんだ? 誰か死んだか?」
俺はカウンターで客とテキーラを煽っているスタッフに声をかけた。だが、すでに出来上がっているのか、俺の声が届いていないようだった。
他に誰か話が聞けそうなヤツがいるかと辺りを見渡してみても、どいつもこいつも顔を伏せてアルコールとだけ語り合ってる。どうやら今日のところは引き上げた方が良さそうだ。そっとしといてやろう。
来た道を戻る頃には、すっかり夜になっていた。ポケットに突っ込んだ鍵を探しながら帰宅すると、窓から部屋の明かりが漏れていた。急いで出てきたとは言え、付けっぱなしではなかったはずだ。
ゆっくりとドアを開けて先にデコイを歩かせながら中に入る。……静かだ。足音も聞こえない。棚にあるブーツを片足だけ掴んで、手前からひとつにとつ確かめて進んでいく。初動で武器を取れなかった時を思い出して、久しぶりに緊張しちまう。
リビングに向かえば、うごめくハンモックが目についた。とっさにデコイで囲めば、そこには丸くなっているアイツがいた。
「おいおい、誰かと思えば……」
服のあちこちに砂埃や焦げ跡があり、身体から硝煙の臭いが漂ってくる。……嘘だろ、戦闘後のまま来たのか? 脇腹や脚の辺りに血も滲んでいる。流石に治療は受けてきたんだろうが、こんな風にアイツが訪ねてくることはなかった。
待ってる間に寝ちまうくらいならメッセージのひとつでも送ってくれりゃいいのに。そう思いつつ、侵入者の姿が判明し、ブーツを手放して俺はホッとする。デコイを消しながら覗き込むと、長い前髪の隙間から青白い顔が見え、一瞬死んでいるのかと息を呑んだ。
「ッ……おい、起きろ」
肩を揺すろうと手を伸ばして止めた。そう言えば俺たち、最後に会ったとき喧嘩していたんだった。ただでさえ寝起きは機嫌が悪い。無理に起こせば、拳のひとつは飛んでくるかもしれない。様子を見つつ、起きるのを待とう。
――手近なイスに座り、雑誌を眺めていると、アイツは案外すぐに起きた。
「よう、起きたか」
揺れ動くハンモックに視線を移せば、ぼうっとしたアイツがゆっくり周りを見渡している。
「おい、こっちだ。よく眠れたか?」
笑いを噛み殺しながら声をかけたがアイツに無視された。おいおい、まだ怒っているのか? どうすりゃいいんだ……ったく面倒くせぇおっさんだな。
「どうしたんだよ、おっさん。もしかして、まだ寝ぼけてんのか?」
「おーい!」
「なあ、俺はデコイじゃないぞ。さすがに傷つくぜ? ……なあ、」
立ち上がって近づいていけば、アイツはぼんやりと宙を見つめ、本当に俺が見えていないようだった。
「…………クリプト?」
ずっとアイツは黙ったまま、回線落ちした抜け殻みたいだった。怒っているとかふざけているとか、そんなんじゃあ……。
いよいよ俺は胸騒ぎがし、真正面に立って視界いっぱいに顔を近づける。今にもキスできそうなくらいの距離。アイツの短い睫毛が震えている。目尻は赤く、じわりと瞳は濡れていた。
そこに俺が映らないからだと、ようやくすべてに、気がついた。