これはよく沁みる痛みだ 闇夜の草原に手のひらを入れて撫でまわす。ざわざわとした乾いた触感が指の腹に刺さり、死ぬほどでもない痛みは擽られている心地がする。
「出ておいで、」
そこにいるのは解っているんだぞ? と茂みを掻き分けた。
「通報があったんだ。鳴き声が聞こえる、もしかしたら子犬が怪我をしているのかも知れないって、幼き善良な市民からね」
声をかけても一向に姿を表そうとしない。
……ねえ、本当に怪我でもしてるの? なんて心底心配しているふりをしてみた。どうやら君は優しい人に惹かれるようだから。
「そろそろ日の出だ。遊び疲れただろう」
もしかしたら寝てしまったのかも知れない……君でなかったらどうなることやら。
いくら声をかけても知覚してるソレは動こうとしなかった。痺れを切らし、茂みの中に腕を突っ込み渾身の力を込めて、掴み上げようとした。
「ゃ、……やだーっ!」
伸びてきた両腕に絡め取られ、逆に茂みの中へ引き込まれる。抵抗するだけ無駄と思える瞬間的な強い力に、最早なす術なく――
ばきばきと枝の折れる音と駄々をこねる声が耳の中へ突き刺さる。あちこちで感じる痛みと混ざり合う。
刹那、散り散りになった。
――実際は、腰が逝かれそうになっただけで、肉体がしっかり抱きしめられているだけだった。
「……ねえ、何が嫌なの?」
「ぜんぶ」
「朝ご飯がオムライスじゃなかったから?」
「うん」
「ジョンが他の子と遊びに行ってしまったから?」
「うん」
「今日、非番だったはずの私が仕事をしていたから?」
「うん」
「君を放っておいて、いつの間にか夜になっていたから?」
「うん」
「でも、こんなにかかったのは、君がすぐに帰ってこなかったせいだからね?」
「…………」
こんな骨と皮だけな肉体を、真綿の詰まった縫いぐるみのように抱えられて身動きが取れない。どうしたものやら。
「君って『吸血鬼 見た目は大人頭脳は子ども』って名乗ったりする? ……いだだだっ!!」
ぎゅーっと後ろから耳を掴まれて、それから手繰り寄せるように顎を掴まれる。不貞腐れたロナルドくんの顔が近い。もっとキメ顔だったら、格好がついただろうに。
私がまじまじと見つめていると、アザーブルーが今にも泣きそうに陰るから、頬を撫でてやった。彼は微かに目を細め、白銀の睫毛は光を零したように瞬いた。
よく見ると……いや、よく見なくても分かっているけれど、彼はやはり、うつくしい生き物だ。
「キスする?」
――でなければ、私がうっかりこんなことを口にする筈がない。
掴まれた顎に力が込められ、このまま粉々に握りつぶされてしまうのを想像して一瞬、息を呑んだ。
咄嗟の反応を気取られ、ロナルドくんが上唇を舐めた。瞳の奥にある深い孔が広がり、私を捕らえて離さない。
あ。
大きく開けた口が迫り、鋭利な牙が覗く。このまま喰べられてしまうのかも知れないと錯覚する。
……それもすぐ、杞憂になった。
ガチンと、互いの歯が打つかる音が聞こえ、痛覚で目の奥がチカチカした。
ロナルドくんの痛がる声が響いている。私は堪らず叫んだ。
「……こ、この下手くそ〜〜〜〜ッ!」
ヌンヌ