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    おはなおいしい

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    お題:夜明け
    # ワンドロライシテイ05 より

    師弟 雨足の強い夜更けでも、繁華街のネオンは七色に輝き続ける。こうこうと照りつける街灯の明るさも相まって、街は未だ眠らない。
     走り去るタクシーの横で水が飛び上がり、グレーのスラックスを濡らした。手にしたビニール傘を揺らし、霊幻は舌打ちする。
     離れてゆく車体を睨みつけるも、すぐ何の意味もない行為だと冷める。疲れているんだと、己を客観的に見て嘆息した。
     タクシーがうまく捕まらない状況にイライラしていたせいもある。そろそろ始発が出る頃だったが、電車に乗る気はなかった。……うまく言えないが、今は人を避けた方がいいと思う。
     話せば長くなるが、おそらく、何かに取り憑かれた気がする。それを自宅に帰って説明を求められる人がいないと思えば、独り身の気楽さは好ましい。なんて、どうでもいい現実逃避を浮かべる。
     深夜の依頼だった。移動時間を含む実働五時間。時給に換算すれば、最高プランの依頼かつ深夜料金もあり、割の良い内容だ。帰り道に取り憑かれなければ。
     依頼自体は霊の仕業ではなかった。いつものように口八丁手八丁で終わらせる程度で、こんな夜中に弟子を呼ばずに済んでよかったと、霊幻はホッとしていた。
     実際、先に話を聞いた限り、本物ではなさそうだと判断して請け負った依頼だった。中学生をこんな深夜に連れ回すようなことはしたくない。
     それに最近の弟子は、何でもかんでも呼べば来ることがなくなった。少し考えた風に黙って「じゃあ、少しだけですよ」って。その日のその時間でなければならないことを確認した上で決めているようだった。
     切り揃えられた前髪の下から、「師匠がどうしてもと言うなら」と言いたげな瞳で見上げてくる様子が浮かぶ。
     部活や学校生活に忙しくなったからかも知れないし、いつも急に呼び過ぎたのかも知れない。
     これも成長かと、霊幻は独りごちた。
     ビニール傘を車道側へ持ち替えた。横を通る自動車から水飛沫が上がり、傘にぶつかる。ヘッドライトに照らされたコンクリートが銀色に光った。
     信号の点滅が眩しくて、頭がくらくらする。歩くたび足が重く感じた。冷たくなった手で握る傘が、不安定に揺れる。雨は止みそうにない。
     タクシーが横で停まったことを霊幻が不思議に思うと、自分で呼び止めたことに気がついた。空いたドアから乗り込み、行先を伝える。
     何か、雨がすごいとか、もう梅雨入りしたとか運転手は喋っていたようだが、霊幻はバックミラーに下がった御守りが端から焦げてゆく様子から目が離せなかった。
     事務所の付近で降りると、タクシーの御守りは半分くらい焦げた状態で残っていた。白地に金の刺繍が施されたそれは、確かな力で作られたものだったのだろう。
     運転手は気がつくことなく走り去っていった。
     今日の午前中から予約が一件入っている。その前に、これをどうにかしなければ。
     体の芯はゾッと冷えているのに肉体は熱を持っていて、これは風邪なのか霊なのか霊幻には分からなかった。
     ソファーに深く座り、ネクタイを緩める。ケイタイを取り出し、時間を確認してからメールを一通送った。
     本当は電話がよかったが、声を出すのが億劫だった。
     喉の奥が苦しい。水を飲もうと立ち上がりかけて足がもつれる。霊幻はソファーにしがみついて呻いた。
     倒れることは防げたが、立ち上がることすら出来ないことに焦りを感じる。
     身体を引きずって座り直すと、霊幻は静かに目を閉じた。素直に、体力の消耗を抑えることに意識を切り替える。
     どろりとしたタールが肉体に纏わりついているように重い。耳元で何か囁かれているような気もするが、幸いはっきり聞こえるほどの力はない。
     控えめなノックの音に霊幻は咳払いし、声のトーン上げて答えた。
    「おう、空いてるぞー」
    「師匠……?」
     ソファーから立ち上がった霊幻は、ジャージ姿の弟子が息を切らしている姿に苦笑した。
    「なんだ、モブ。走ってきたのか」
    「……朝の、ジョギングついでに、」
    「そうか」
     ついででなければ、早朝から相談所に来ることはなかったと言うことだろうか。メールにはただ、ここに来てくれとしか書かなかったから。
    「どうしたんですか、それ?」
    「……どう視える?」
     じっと霊幻を見つめる黒目が瞬く。無言で人差し指を振れば、室内に突風が吹いた。重い前髪が浮かび、丸い額が剥き出しになる。
     まだ幼さの残る顔で真剣な表情をし、何かを一瞬睨みつけた。窓がひとりでに開く音がして、風が逃げてゆく。
    「これでいいですか?」
     弟子が小首を傾げる。は、と喉の支えが取れたように霊幻が深く呼吸した。
    「ああ……」
     上出来だ、と呟けば、細い手に引かれ、ソファーに座らせられる。気の抜けた身体が沈み込むと、上から心配するように覗かれた。
    「お茶、飲みますか?」
    「いやいい……モブくんはジョギングに戻っていいよ」
    「そうですか、それじゃあまた放課後に」
     それだけ言うと、弟子は事務所を出て行こうとした。
    「あ、師匠」
    「何だ?」
     首を捻ってドアの方に目線を向ければ、弟子は「今度は、早く呼んでください」と言った。
    「……流石に、深夜はご両親にも悪いだろ。お前の弟も心配するし」
    「僕が説得します」
    「お前はそこまでしなくていい。今回も、ジョギングがてらに来るくらいで丁度よかったんだから。もし、説得が必要な状況になったら、こっちに任せな」
     俺を誰だと思ってるんだ? と、念押しするように言えば、弟子は口を閉ざした。
    「ほら、ジョギング行ってこいよ」
    「……分かりました」
     それじゃあ、とドアを閉める音がして、霊幻は長い溜息を吐いた。
     額に浮いた汗を拭い、凝り固まった肩を回す。気を抜くと眠気に襲われそうで、くたびれた身体を無理やり起こした。
     超能力で開け放たれた窓の向こうからは、白んだ空が広がっている。事務所に射す朝日が眩しくて沁みた。
     ――早く呼んでください、なんて。生意気にも言ってくれるじゃないか。
     なにか、胸の端から焦げるような思いがする。
    「……削減率99%かよ」
     霊幻は背伸びをしながら大きく欠伸した。


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