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    鮭野おむすび

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    鮭野おむすび

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    学パロ冬(じゃないかもしれない)のお話です。

    花信風に、揺れる まだ少し、冬の気配が残っている。それでも日差しは暖かく、春がもうすぐそこまで来ていることを告げるように、柔らかな風が炭治郎の耳飾りを揺らした。
     校庭には、胸に花飾りをつけた一学年上の卒業生たちが写真を撮ったり話をしたりしている。その中には見知った顔であるカナヲやアオイの姿があり、時間が合えば少し話ができたらいいなぁとぼんやりとその姿を見た。

     学園の卒業式である今日は、本来ならば二年生である炭治郎は休みだ。それでもこうして制服をきっちりと着て登校しているのは、炭治郎が卒業式で送辞を読んだからだ。
     在校生の代表である送辞を炭治郎が読むことになったのは、卒業式の責任者である宇随からの打診があったからだ。(ピアス以外は)非の打ちどころのない優等生だから、等と尤もらしい理由を並べていたが、おそらくバントを組んだりと何かと交流のある炭治郎に頼むのが一番手っ取り早かったからだろう。
     とはいえ炭治郎に特に断る理由はなく快諾し、立派に務めあげた。文章を考えたり、添削に何度も教師の元を訪れたり、読む練習をしたりとこの数か月は忙しかったが、式が終わった後理事長や他の教師にとても良かったと褒められたのは、素直に嬉しかった。
     別れを惜しむ卒業生たちを眺めながら、炭治郎の足は自然と社会科準備室に向かっていた。同じ学校にいるのならば、想い人に会いたいと思うのは自然なことだ。そう言い聞かせて扉の前に立ち、ノックをする。
    「開いているから、入っておいで」
     煉獄の低く、だがよく通る声が聞こえてくる。まるで炭治郎が来るのを分かっていたような物言いに、なんだかこそばゆい気持ちになった。
    「失礼します」
     そう告げて入った社会科準備室にいたのは、いつものワイシャツとネクタイ姿ではなく、上品なブラックフォーマルに身を包んだ煉獄だった。
     卒業式の時も遠目に見ていたが、改めて間近で見るといつもと違う雰囲気にドギマギしてしまう。高鳴る胸を抑えつつ窓際に立つ煉獄の横まで歩く。窓の外からは、先程まで卒業式が行われていた講堂の屋根が木々の隙間から見えた。
    「送辞、とてもよかったぞ。泣いている生徒もいたし、俺まで目頭が熱くなってしまった」
     そう言いながら微笑んで頭を撫でてくれる。これは今二人ができる最大限の触れ合いだ。
     抱きしめてくれたり、キスだってしてくれたのに、と炭治郎は多少不服に感じているが、煉獄なりのけじめだと言われればそれ以上を強請ることはできない。だから、炭治郎は何も言わず小さくこくりと頷いた。
    「そういえば、ピアスはもう返却してもらったのだな」
     煉獄はそう言って、炭治郎の耳元で揺れるピアスにそっと触れた。
    「はい。式が終わったと同時に返してくれました」
     父の形見であるそれを、今日も例に漏れずしっかりと耳に着けて登校した炭治郎だったが、講堂前で鉢合わせた冨岡に頼むから今日だけは外してくれと懇願されて渋々預けたのだ。今日は外部からの来賓もいるし、在校生代表が卒業式という厳かな場で堂々と校則違反を働くのは教師として看過できなかったのだろう。いつもなら厳しい口調の冨岡が頭を下げるものだから、流石の炭治郎も反論することはできなかった。
    「ははは!あの冨岡に頭を下げさせたか!流石竈門少年だな」
    「俺もちょっとびっくりしました…」
     普段なら、ピアスを返してくれるときも一言二言説教があるが、今日はそれもなくむしろ礼まで言われてしまった。こちらが校則違反をしているのだからと謝ろうとした時には、冨岡は既に卒業生にもみくちゃにされていたのでそれは叶わなかった。
    「謝れなかったので、帰りにでも職員室に行ってこようと思います」
    「ああ、それなら後で一緒に行こう。俺も職員室に戻らなくてはいけないんだ」
     たとえ授業のない日でも、教師は仕事が残っているらしい。むしろ授業のある日ではなかなかやっつけられない事務仕事をこの機会にやってしまうのだと、煉獄はため息交じりに零した。
    「先生って大変なんですねぇ…」
    「まぁなぁ。でも、今日という日を迎えると教師をやっていて良かったと思うんだ」
     三年前、不安そうな顔をして校門をくぐっていった生徒たちが、晴れやかな顔をして学園を去っていく。進学する者、就職する者その後の進路は様々だが、自信と期待に満ち溢れた表情で大人への第一歩を踏み出した彼らの姿を見ると誇らしい。
    「三年間共に過ごした生徒たちが去っていくのは少し寂しくもあるがな!」
     煉獄はそう言って、照れ隠しのようにわははと大きく笑ってみせた。そんな煉獄とは対照的に、炭治郎は窓から見える講堂の屋根をじっと見つめながら小さくため息を吐いた。
    「俺は、早く卒業したいです…」
     炭治郎のため息交じりの呟きに、煉獄はキョトンとした顔でその顔を覗き込んだ。
    「そうなのか?」
    「そうですよ。だって、先生頭しか撫でてくれなくなっちゃったし」
    「うっ…そうだな。すまない」
     煉獄は組んでいた腕を解いて、炭治郎に小さく頭を下げた。
    「だが許してくれ。それ以上をすると歯止めが効かなくなりそうなんだ」
    「……効かなくていいのに」
     炭治郎がぶすっとした表情で呟くと、煉獄は小さく「コラ」と呟いてその頭を軽く小突いた。
    「あと一年だ。辛抱してくれ」
    「……分かってます」
     炭治郎がそう答えた時、控えめなノックの音が部屋に響いた。
    「すみません、煉獄先生。少しいいですか」
     扉の向こうから聞こえてきたのは、女子生徒の声だった。在校生は炭治郎以外休みだから、卒業生だろう。
    「すまない、少し待ってくれ」
     煉獄はそう言うと、炭治郎に物陰に隠れるよう目配せをした。職員室であれば送辞の件で話をしていた等言い訳ができるが、卒業式の責任者ではない煉獄と二人きりでいるのを知られるのはあまりよくないのだろう。
     炭治郎もその辺は分かっているので、無言で頷くと棚の影に小さく丸まって座った。社会科準備室の入口からは死角になるところで、善逸のように耳が異様に良かったり、何かと鋭い感覚を持っている伊之助でもなければここに人がいることは気づかれないはずだ。
    「どうぞ」
     炭治郎が隠れたのを確認して、煉獄が扉の向こうで待っている女子生徒に声をかける。ややあってカラカラと小さな音を立てて扉が開き、女子生徒が部屋に入って来た。
    「すみません、あの、どうしても煉獄先生に伝えたいことがあって…」
     恥ずかしそうに話す女子生徒が纏う匂いで、彼女がこれから煉獄に何を言いたいか炭治郎には分かってしまった。
     胸がチクリ、と痛む。聞きたくない。今すぐにでも立ち上がって、この人は俺のですと叫んでしまいたい。
    「私、煉獄先生のことが好きです。付き合ってもらえませんか」
     ああ、やっぱり。炭治郎は女子生徒に聞こえるはずのない心音を抑えようと胸をぎゅっと掴んだ。
    「…すまないが、それはできない」
     煉獄から、炭治郎を気遣う匂いがする。心配するな、と言ってくれているような気がして、胸の痛みが少し和らいだ。
    「どうして…」
     女子生徒の声は、涙をはらんでいた。彼女の悲痛な思いに、勝手だとは思いつつも先程までとは違う痛みが、胸に走った。
    「心に決めた人がいる。だから君の気持ちには答えられない」
     煉獄はきっぱりと女子生徒に告げた。それが自分のことだと思うと、炭治郎の胸は嬉しさでどきりと跳ねた。我ながら忙しい胸だと、二人に気づかれないように小さく笑った。
    「……じゃあ、何か思い出のものが欲しいです。先生の物、なんでもいいんです。お願いします」
    「悪いがそれもできない。俺は愛する人が悲しむようなことはほんの些細なことでもしたくないんだ」
     ああもう。この人は俺を喜ばせる天才だ。炭治郎は自然とにやける顔を両手で必死に抑えた。
     女子生徒はしばらくごねていたが、煉獄が何を言っても首を縦に振らないと分かると、泣きながら部屋を出ていった。少し申し訳ないような気もするが、炭治郎とて煉獄のことが心から好きなのだ。こればかりは、譲ることはできない。
    「もう出てきても大丈夫だぞ」
     煉獄のその言葉に、炭治郎は隠れていた棚の影からひょこりと顔を出した。
    「すまなかったな。こそこそ隠れさせてしまって」
    「いえ…大丈夫です」
     しばらく床に座っていた所為で制服のズボンについてしまった埃を手で払いながら立ち上がる。ふと視線を感じて煉獄を見ると、今にも笑い出しそうな表情で炭治郎をじっと見つめていた。
    「煉獄先生?どうしたんですか?」
    「いや、随分と嬉しそうな顔をしているなぁ、と」
     そう言われて初めて、炭治郎は自分がにやけているのを抑えられていなかったのに気付いた。
    「だって…先生が、俺が喜ぶことばっかり言ってくれるから!」
    「ん?当然のことを言ったまでだが?そうか、嬉しかったのか」
     煉獄はにやにやと笑いながら、炭治郎の傍まで来ると、その頭をぽんぽんと優しく叩いた。
    「ははは、君は可愛いなぁ本当に」
    「あっもうまた頭!ここはぎゅってしてくれてもいい場面じゃありませんか?」
    「それは駄目だな!」
     煉獄は笑いながら言うと、机の上に置いてあった書類を持って扉に向かった。
    「さあ、俺はそろそろ職員室に戻らねばならないし、君は冨岡のところへ行くんだろう?」
    「……はい…」
     そう返事はするものの、そこから動こうとしない炭治郎に、煉獄は気づかれないように小さく息を吐いた。
    「不服そうだな?」
    「それはまぁ、はい」
     仕方ないのは分かってますけど、と不服を漏らしながらも素直に答えるところはなんとも可愛らしい。
     煉獄は小さく笑うと、まだ動こうとしない炭治郎の近くまで戻り、その手を取った。
    「ほら、行くぞ。炭治郎」
     不意に名前を呼ばれて、炭治郎は目を丸くして煉獄を見た。
    「せんせ、今、俺の名前…それに、手…」
     煉獄の指が、炭治郎のそれに絡まっている。やさしく握られている手は、とても温かい。
    「ここを出るまで、な」
     煉獄はそう言うと、繋いでいない方の手でまた炭治郎の頭を優しく撫でた。
    「先生、俺やっぱり早く卒業したいです」
    「うん、そうだな。俺も君には早く卒業してほしいと思うよ」
     煉獄はそう言うと、炭治郎の手をぎゅっと強く掴んだ。
    「一年後、またここで話をしよう。その時は……」
     煉獄はそこまで言うと、掴んでいた炭治郎の手をそっと放し扉に手を掛けた。だが、すぐに開けようとはせず扉をじっと見つめたまま立ち止まった。
    「……先生?」
     そんな煉獄の様子に、炭治郎は不思議そうに声をかける。瞬間、炭治郎は腕を引かれすっぽりと煉獄に抱きしめられた。
    「その時は、君に結婚の申し込みをするから『はい』と返事をしてほしい」
     煉獄は早口でそう言うと、すぐに炭治郎を離して扉を開け廊下に出た。そしてそのまま、すたすたと職員室に向かって歩いて行ってしまった。
     一人取り残された炭治郎は、突然のことに力が抜けてしまいへなへなとその場に座り込んでしまった。
    「い…いきなり過ぎですよ、先生…」



     それからちょうど一年後。
     卒業式を終えた炭治郎は、友人たちとの別れもそこそこに社会科準備室の扉の前に立っていた。
     高鳴る胸を抑えて、扉をノックする。
    「開いているから、入っておいで」
     効きなれた、低いが良く通る声が聞こえてくる。
     カラカラと音を立てて扉を開き、炭治郎は部屋に入った。一年前と同じ、上品なブラックフォーマルに身を包んだ煉獄が優しく微笑みながら、炭治郎を手招いた。

    「卒業おめでとう、炭治郎」
     
     
     



     
     
     
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