【展示小説】「好きなの選べ」
「…オーララ」
ルークがレオナに連れて来られたのは、高級ブランドショップだった──
◆◇◆
勝手知ったるレオナの部屋にルークが上がり込んだのは、今から二日前。部屋の奥のソファに腰を下ろし、ルークは月末に観劇する舞台の特集が組まれた雑誌を読んでいた。
部屋の主のレオナはルークに構わずベッドで転寝をしており、時折寝返りを打つ布擦れの音と雑誌を捲る音が心地よいBGMになっている。
暫く各々の時間を過ごしていたが、ふと沈黙を破るかのように、レオナがのっそりと起き上がりルークに声を掛けた。
「おい、明後日暇か?」
「日曜日かい?…特に予定はないはずだよ」
「じゃぁ、出掛けるから準備しとけ」
「ウィ。珍しいね、行きたいところでも?」
「買い物」
珍しいレオナからの誘いに、ルークは一瞬目を丸くしてから快諾した。
基本的に怠惰なレオナは、ルークに連れ出されるかたちで外に出ることがほとんどだった。面倒臭そうに文句を言いながらも無下にされたことはない為、ルークは特に気にしていない。隙あらば寝転がっているレオナがルークに付き合って一緒に外出してくれることが、彼なりの愛情だと思っているからだ。
レオナが育った環境か、身を置かれた状況からか、ルークは彼から物欲を感じたことはあまりなかった。ただ目利きではあるので、必要なものを必要な際に、良いものを揃えるタイプと認識している。そんなレオナからの珍しい買い物のお誘いに疑問を持ちつつも、想いを寄せている相手からの誘いは、ルークをほっと暖かい気持ちにさせた。
◆◇◆
らしくない行動であることは、レオナが一番よくわかっていた。ただ、ルークと日々を過ごす中でレオナ自身に残るやり場のない気持ちにケリをつけたい、そう思っての行動だった。
元々は魂の資質に則りサバナクローへ入寮したルークだが、ヴィルと交遊を重ね、彼の美学に触れているうちにヴィルの元で“美”を突き詰めたい気持ちが芽生えた。
サバナクローの暮らしは悪くなかったが、ルークは己の心の示すままに一人で転寮の手続きを済ませてしまったのだ。
来るものを拒まず、去るものも追わない主義のレオナは、自寮を出ていこうとするルークを特に止めることはしなかった。
ルークはポムフィオーレに移ってからの暫く、転寮の噂を聞きつけた者や、異端な存在に一線を引く者によって浮いた存在であったが、そんな外野からの好奇な目は美を学ぶ為に寮を移ったルークにとって取るに足らないものだ。ルークはポムフィオーレでの生活を、ヴィルと過ごす日々を謳歌していたのだった。
◆◇◆
ルークが寮を移って暫く経ったころ、サバナクローに在籍していた頃とは見違えるような容姿のルークと再会した際、レオナは思わず口を吐いた。
「すっかり染まりやがって」
「ノン!それは誤解だよ獅子の君、私の魂の色は変わることはない。ヴィルの元で美を学びたいと願って転寮したのだから、これはその成果といえるかな」
良くも悪くも素直な男だったが、いやに饒舌になったものだと舌を巻く。
聞けば、好きな役者が出演する舞台の良い座席が手に入った事をきっかけに、自己プロデュースをするようになったらしい。
太陽を燦々と浴びた名残のそばかすは、薄く伸ばされたメイクで目立たなくなっており、乾燥した環境で水分を失っていた髪は潤いが戻り、滑らかな金糸を纏っているようだ。更に伸びっぱなしから切り揃えられたヘアスタイルによって以前の面影はすっかりなくなっており、同じ時を過ごした者でもルークと判別できるものは少ないだろう。
「獅子の君の様子を見ると、私の自己プロデュースは成功しているようだね」
「面影がねぇならそういうことだろ」
レオナがそう言うとルークは嬉しそうに笑った。
その笑顔をどこか気に入らないと思ったことが、喉に引っかかって流れなかった。
それから翌年、同じクラスになったことをきっかけにレオナとルークが関わる時間が増え、同級として日々を過ごすようになった。
一度出て行った癖に、結局周りをうろちょろされることにレオナは難色を示したが、不思議と嫌悪感はなかった。
今振り返ると、昔から狩人の好奇な目は悪くないものだったのだ。この頃はまさか、レオナのオーバーブロットをきっかけに懇ろな仲に落ち着くとは思ってもいなかった。
レオナは今隣にいる大層美しくなったルークをみて、喉に引っかかっていた異物を再度意識するようになってしまったのだ。
今レオナの目の前にいるルークは、以前レオナの元にいたルークではない。
たとえルーク自身が変わらないと言い張ったところで姿形が変わっている分、素直に飲み込むことは難しい。
とはいえ、レオナはルークの見目に惚れたわけではなく
、ルークの真っ直ぐな視線を手放したくないから自分のものにしたのだ。
ルークが着飾ることを続けていても問題はないが、今となってはそのきっかけがヴィルだったことがレオナの中で妙に引っかかっていた。
ルークが自分の意思でポムフィオーレを選んでいる以上、その事実が覆ることはないが、せめてレオナ自身が喉に詰まった異物にケリをつけなければならない。
そうして麓の街の中でも一、二を争うほどの高級ブランド店に連れ出したという訳だ。
「おら、ここなら普段着てるのと変わんねぇだろ」
「それは、そうなのだけれど…」
突然身の丈に合わないブランド店に連れてこられて好きなものを選べと言われても、戸惑いが勝るに決まっている。ルークが外出時に選ぶ私服と同じ系統だが、この店がワンランク上であることがルークの戸惑いを助長させた。
「おい…まさか遠慮してんじゃねぇだろうな」
この程度で遠慮するならいちいち俺の睡眠を妨害するのをやめろと凄んでくるレオナに、ルークは切れ長の目をぱちりと瞬かせた。
どうせまた一人で思うところがあったのだろう。真意は不明のままだが、ルークはこの状況に甘えることが彼に与えられる安息であると、短く濃い付き合いの中でしっかり学んでいた。
「ダコー、ではお言葉に甘えてうんと買い物をすることにしよう」
そうしてフロアに一歩踏み出したルークは、綺麗に笑ってレオナを振り返る。
「レオナくん、予算はいかほどかな?」
溌剌とした彼は眩しくて、レオナは目を細めた。
「いくらでも」