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    EAst3368

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    読みたくて自分で描いたささろシリーズ

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    まっこみささ→ろ、🎋に悪いことさせすぎかな〜って思ってたけど今日のマガポケ見たら普通にお縄になってた (全然進まないので供養)※モブも出る!/(追加)後日最後まで書きました。文字数あふれたのでこちらからどうぞ→ 鷲と矢 /ささろ https://privatter.net/p/7324099



    俺は地獄に落ちるだろう。
     閻魔様に舌を抜かれそうになったら、商売道具だから堪忍してください、と頼もうか。ボクに任せてもらえばこの地獄を笑顔溢れる空間に変えてみせますよ、と言って。まあ地獄に笑顔が溢れたら本末転倒だから早急に舌を抜かれるだろうが。この池袋の薄汚れた路地裏の世界はほとんど地獄も同然だった。まだ舌を引っこ抜かれていないだけマシだ。それどころか、簓はまだ爪の一枚も失っていなかった。

    「さむ」
     後部座席から届いた簓の尖った声に、運転席の男は無言でエアコンの温度を上げた。ゴウ、という低音とともに温風が吹き出す。体温を逃さないようにと、簓は黒いロングコートの襟を立てた。烏のような漆黒に染め上げられたカシミヤは、大阪にいた頃には選びそうにもない代物だった。
     窓の外には雪がちらついている。戦前は東京に雪なんて降らなかったのに、ここ最近になって地球は急に機嫌を損ねたらしい。我が国の首相を務める男は、異常気象の原因は世界大戦で敵国だった某の化学兵器のせいだと毎日のようにニュースで息巻いていた。東京だって一歩郊外に出れば雑多な工場が鈍色の煙を吐き出しているにもかかわらず、だ。彼らは喧嘩を始める理由をいつだって探している。
     視線を前に戻すと、助手席の白い紙袋が目に入った。薄緑の藁と、紅白の紙切れがはみ出している。事務所を出る時に「車使って出かけるならついでに行ってこい」と、左馬刻に頼まれた「おつかい」の正月飾りだった。おつかい、といってもこれを「買ってくる」のではなく「売ってくる」のだ——この縁起物をシマの店舗に持って行けば数万円になって返ってくるのだから神も仏もない話である。
     左馬刻とつるむようになってから、池袋でヤクザの小間使いをやって小金を稼いでいた。無論、金だけが目的ではなく、使える奴らだと顔を売っておけば何かと役に立つから。依頼主から簓達が任せられるのは主に「集金」だった。支払日までに「料金」を振り込まなかった店舗には、組の下っ端が直接金を徴収に行く。口実として何かしら商品を持っていくのだが、先月は光触媒のフェイクグリーンで、先々月は事務用品のカタログ、その前は10月始まりのカレンダー5冊セットで——簓は毎月「もっとおもろいもん売ってやればええのに」と思うのだった。
     今月支払いが済んでない店舗は件の一軒だけで、雪のせいで外出する気が削がれた左馬刻に半ば押し付けられた仕事だ。運悪く、簓には先月から決まっていた会食の予定があり外出せざるを得なかったのだ。こんな雪の日に外に出たくないのは簓も同じだった。
     外界から少しでも距離を取ろうと、冷たいスモークガラスから離れて、後部座席の真ん中に座る。
    「自分、寒いの得意?」
    問いかけられた運転席の男は、後ろになでつけた髪を片手で軽く触ってから「暑いよりはマシですよね」と返事をした。
    ——大阪に残してきた男と同じようなことを言う。
    そう思って簓は顔をしかめた。いや、残してきた、というより簓自身が逃げてきたという方が正しいかもしれない。「暑いより寒い方がマシやん」という呑気な声が聞こえてきて、ため息をついた。
    「簓さん、着きましたよ」
    白い雑居ビルの前に堂々と路上駐車をした運転手は、ルームミラー越しに簓の様子をうかがった。簓は肩をすぼめて背もたれに体重を預けている。手子でも動かない気らしい。
    「寒いやん。降りたないわ」
    「左馬刻さんに怒られますよ」
    「捧、一人で行ってきて」
    ササゲ、と呼ばれた運転手は振り返ると、切れ長の瞳を瞬かせた。
     捧は、簓がカタギでない世界に足を突っ込んですぐに、運転手兼用心棒として左馬刻から当てがわれた男だった。当初左馬刻から用心棒の話が出た時には、簓は拒否する気でいたのだ——四六時中、馬鹿にウロチョロされるなんてかなわんわ——しかし、左馬刻の事務所の扉をくぐってきた若い男を見て、その言葉を引っ込めた。捧は長身で目付きが悪く、いつも不機嫌そうで——ああ、あいつに似とるな、と瞬時に思い当たって思わず自嘲したものだ。ササゲというのが名字なのか下の名前なのかはたまた本名なのか、簓は知らなかったし興味も無かった。そういった情報を把握しているのは、愚連隊の中で左馬刻くらいだろう。この世界で部下全員の名前や家族構成まで律儀に覚えていられるような男など彼しかいない。
     後部座席に半身を乗り出したまま、簓の無茶振りに眉をひそめていた捧がやっと口を開いた。
    「俺だけで行っても払わないと思いますよ」
    「払わんかったら、『車に白膠木がいる』って言ってええから」
    簓に言いくるめられた捧は諦めたように「はい」と頷き、助手席の紙袋からド派手な正月飾りを無造作に引っ掴んだ。鯛を抱えた恵比寿天が、ビニールのカバー越しに微笑んでいるのと目があう。簓は妙な既視感を覚えた。なんや最近どっかで見たことあるな——。
    既視感の正体を思い出したのは、車から大股で遠ざかって行く捧の後ろ姿をスモークガラス越しに見送っている時だった。
     先週ビニール袋かぶせて結束バンドで首を絞めあげたオッサン、あんな感じやったな。
     簓は低く笑ってから、カーステレオに手を伸ばしてラジオの音量を上げた。交通情報。雪の影響でxxジャンクションから渋滞。××道は事故の影響で終日通行止め。
     簓はあくびをしてから、皮張りの座席に体重を預けた。捧に一人で行かせたのは、車から降りたくなかったというのもあるが、それ以上に、盧笙のことを思い出してしまったからだ。こんな気分で取立てに行ったら、金を払うまいとこちらを恐怖の入り混じった瞳で睨みつけてくる店主の後ろに、彼の姿が見えてしまうに決まっている。彼はこちらを見据えながら、「かわいそうやろ」「やめとき、簓」と諭してくる。いつもそうだ。漫才コンビを組んでいただけあって、盧笙と簓は笑えることと笑えないことの境目がちょうど同じだった。簓が悪いことをしているという自覚があるとき、必ず罪悪感とともに盧笙の軽蔑の眼差しを想像する。ここまでくると、ほとんど呪いみたいなものだった。
    「すみません、時間かかって」
    開いたドアから流れ込んだ冷気に、急に現実に引き戻される。捧がスーツの胸元から封筒を取り出した。
    「えらい厚ない?」
    「15万です」
    捧が口にしたのは予定額の3倍だった。簓は細い指先で札束を数えながら呟く。
    「あほやん」
    「え、すんません、ちょっとゆすったら出したんで…返してきたほうがいいすか」
    「そういう意味やないって、俺やったら車戻る前に最低でも5枚は抜く」
    封筒を突き返すと、捧は口を曲げた。
    「ピンハネなんて、簓さん絶対気付くじゃないですか」
    「お前が馬鹿正直すぎんねん」
    捧は反論の言葉を探したが、目の前の男に議論で勝てないことを知っていたので、大人しく運転手の仕事に戻ることにした。
    ハンドルを握る捧に、後ろから再び不機嫌そうな声が飛んでくる。
    「ちょお店行く前にコンビニ寄って」
    「はい」
    捧はウインカーも出さずに車を発進させると、それ以上何も言わなかった。簓の機嫌が悪い日は口をつぐむに限る、というのは舎弟の間では常識だったからだ。


     目についた商品を片っ端から買い物カゴに投げ込む緑色の後頭部を、二人の店員がレジカウンター越しに固唾を飲んで見守っている。簓が顔面に微笑みを貼り付けて、カゴを一方のレジに置くと、もう一方の選ばれなかった方の店員は安堵したように息をついた。レジを打ち始めた店員は相手を刺激しないようにしているのか、頑なに俯いている。
    俺の顔ってそんなに怖いんやろか。
    簓は笑顔を浮かべてポケットから丸まった万札を引っ張り出した。軽くシワを伸ばしてから差し出すと、若い男の店員は爆発物でも扱うようにそろりそろりと受け取った。釣り銭のいくらかはカウンターに備え付けられた募金箱——あなたの力で戦地の子どもの未来を守りましょう——に投げ込んで、店員にもう一度つとめて愛想の良い笑みを向けてから店を出た。
     池袋に来てから自分の人相が変わったとは、簓は思っていなかった。大阪では道ゆく人を喜ばせていた自分の姿が、こちらでは相手を震え上がらせることになるとは。大阪では、横に立っていた男の凶相との相対効果で怖さが半減されていただけだったのかもしれない。簓の脳裏にまたツツジ色が差す。車に戻る前に一服しようと喫煙所に近付いた。
    「小銭持ってないか」
    しゃがれた声が自分に向けられていると気付くまで数秒かかった。声の出所は、駐車場の隅の方にあるゴミ箱の陰。薄汚れた服をまとった初老の男が、ゴミ箱を漁って手に入れたのであろうコーヒーの紙コップを簓に向けて差し出している。カップの中はまだ空っぽだった。
    「小銭は無いなあ」
    紫煙をくゆらせながら簓は返事をした。男と簓の視線がぶつかる。伸びきった白髪の隙間からのぞく白眼は血走っていた。簓が黙っていると、男は踵を返してゴミ箱の傍らに戻っていった。コンクリートの地面に敷いた新聞紙の上に膝をつき、カップを置くと頭を下げ手を差し出した。土下座というより宗教の祈りのように見える。男には右腕が無いせいで手を組めず、腕相撲を取るような中途半端な姿勢になっていた。穴だらけのコートの右袖は、地面にだらりと垂れ下がっている。ゴミ箱に立て掛けられた段ボールの切れ端には、マジックペンで「帰還兵に慈悲を」と書かれていた。戦地から戻って浮浪者になる兵士は五万と居て、彼らに残された仕事といえば寒空の下で這いつくばって通行人に施しを求めることくらいだった。彼もそのひとりらしい。
    「おっちゃんどこにおったん」
    簓の声に、男は体勢を起こした。
    「西部戦線」
    「よお生きて帰ってきたな」
    「死んだ方がマシだった」
    簓は煙草を咥えると大股で男に近付き、数枚の紙幣を筒状に丸めて紙コップに差し入れた。男は大仰なお辞儀をしてみせる。簓は眼下の白髪頭に向かって朗らかに言った。
    「先月は左手やったな」
    男は肩を震わせるとバネ仕掛けの人形のように勢いよく顔を上げた。瞳を見開き、わななく唇から言葉を絞り出す。
    「なんのことでしょう」
    「自分、先月は新宿のコンビニにおったやん」
    「私のような浮浪者はいくらでもいますよ」
    「俺一度見た顔は忘れへんから」
    簓が声を上げて笑うと、男は怯えたのか身体を縮こませた。「見逃してください」と掠れた声で赦しをこう。
    「何を謝っとんの。浮浪者のフリして小銭稼いどること?それとも詰めの甘いヘタクソな詐欺してすんませんって?」
    男は俯いて黙ったままだった。側から見たら、素行の悪い青年が親父狩りでもしているように見えるかもしれない。
    「利き腕を失くしたって設定なら、その段ボールに書いてある文字が上手過ぎんねん。もっと下手に書かんと。利き手が左って設定なら、もっと器用に動かせるように練習するんやな。あと手ェ疲れんのは分かるけど、左右を変えるのはやめた方がええって。バレんで」
    詐欺の指南をした簓は、首を傾けて薄く笑った。彼は蛇のように首をふらふらと揺らす癖がある。それから煙草を揉み消し——意外なことに、数歩後ろに戻って備え付けの灰皿を使う律儀さを見せた——胸ポケットからシルバーの名刺入れを取り出すと、その内の一枚を足元で震えている男に差し出した。相手が一向に受け取ろうとしないので、膝を折って視線を合わせ、両手で白い長方形の角を持つ。
    「よろしゅう」
    愛嬌のある微笑みと先ほどより数トーン高い声色を与えると、浮浪者はやっと名刺を受け取った。
    「な、なんですか、ぬるで、さん?」
    「あ、学は意外とあるんやねえ、初見で読めるんはポイント高いで」
    爪の伸びた指先で印字された電話番号をトントンと叩く。
    「おっさん、そんなに金が欲しいんなら俺とお仕事しようや。深夜2時から4時の間に、ゴミ捨て場の裏でお座りしててくれへん?寝たらあかんよ。毎週水曜はこのコンビニ、それ以外は駅前のコンビニを日替わりで」
    子どもに言い聞かせるような柔らかい声には、首を横には振らせない威圧感があった。浮浪者は、父親に叱られる子どものように黙って簓を見つめている。
    「それでな、若い兄ちゃんたちが、もしも何か——金のやり取りとかしとったら。ちょっとでも変なことしとるなぁと思ったら、直ぐここに電話して」
    すっかり縮こまった男が戸惑って口を開くより早く、簓が数メートル離れた場所にある電話ボックスを指し示す。
    「電話はあそこ。分かった?」
    浮浪者は無言で首を縦に振ると、青いスーツの主人に短く礼を述べて、自分の定位置——つまりゴミ箱の陰——にすごすごと戻って行った。今日は水曜日だったからだ。


     ビニール袋の中身を検めながら簓が車に戻ると、運転席の捧は無言で携帯電話をスーツの内ポケットに仕舞った。
    「お待たせえ」
    悪びれる気もない呑気な声が車内に響く。
    「何してたんですか、あのホームレスと」
    「お友達になってん」
    「またですか」
    捧は、簓が外出するたびにそこかしこで「お友達」をつくるのを見かけていた。浮浪者に声を掛けては使い走りにしているのだ。架空のロンドンで活躍した名探偵がストリートボーイに金を渡して情報屋にしていたが、簓も同じようなことをしているらしい。もっとも、彼の使い走りは「ボーイズ 」と呼ぶには歳をとり過ぎているし、元祖の探偵と違って情をかける気はちっとも無い——言ってしまえば捨て駒なのだろう。ただ、彼の駒たちのおかげで取引や面倒事の情報が、いち早く左馬刻の耳まで届くのは事実だった。簓のこの手法は、弱者に優しい左馬刻には到底伝えられない類のものではあるが。
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