恐るべきナンディーチョコ 人類最後のマスターこと藤丸立香が秒単位で忙しくなる祭日ーバレンタインを迎えたカルデアは、いつも以上の賑わいとチョコレートの匂いでいっぱいになっていた。今年もサーヴァント達の個性豊かなチョコレートや贈り物が立香の元に贈られているのだが、その中に、文字通り超ド級のチョコレートが存在している。そのチョコの名はー。
「シャル、頼みたいことがあるんだ」
なにやら深刻な顔をした立香は、恋人のシャルルマーニュの手を引いて、マイルームへと向かっていた。徐々に香ってくるのはチョコの甘ったるい匂い。他のサーヴァントやカルデアのスタッフ達が贈ったものが恋人の部屋にある、と考えるとあまり面白くないのがシャルルの本音であるが、立香の頼み事は部屋の中にあるようで。自分のかっこ悪い葛藤を押し殺しつつ、シャルルは立香の後をついていった。
「これなんだけど...」
パシュ、とマイルームのドアが開く。途端に体にぶつかるチョコレートの風ー否、匂い。
「ーは?」
シャルルの第一声はそれが精一杯だった。
何せ、部屋の真ん中に巨大な牛の形をしたチョコレートが堂々と鎮座しているのだから。心の中にあったモヤなど、チョコの圧倒的な存在感と重い香りに殴り飛ばされてしまった。
「なぁ、立香、こいつはなんだ?」
「1/1スケールのナンディーチョコ」
「1/1スケール?」
「そう。原寸大」
今年もパールヴァティーが贈ってくれたんだ、と立香は肩を竦めて苦笑い。
「ナンディーってのは、シヴァ神が持つ神獣だろ?それの、原寸大?」
「うん。中身もぎっしり」
「マジかよ...」
さすがのシャルルマーニュも呆気に取られるしかなかった。やはりというか、女神のやることは文字通りスケールが違う。
「で、頼みというのはですね」
「あぁ」
...もしや。シャルルはごくりとから唾を飲んだ。
「これを一緒に食べてほしいです!お願いします!」
ばっと頭を下げる立香。想定通りといえば想定通りであったが。
「待て待て、顔をあげてくれ!」
頭を下げられたことに慌てたシャルルが顔をあげさせる。余程立香にとっては深刻な課題のようで、しょぼしょぼとした顔で事情を打ち明け始めた。
「今まではメディアやエミヤに助けてもらっていたんだけど、今年は断られちゃって...」
「なるほどなぁ...」
「...頼めますか、シャル」
「...っし!任せろ!」
とん、とシャルルは自身の胸を叩いてみせた。こういう時こそ、サーヴァントとしての体の使い所だろう。己の最愛にしてマスターが困っているというのなら、力になってやるのが当然というものだ。かっこいいところを見せたい、という下心があることは否定できないが。
「本当に!?ありがとう!」
ぱあ、と顔を輝かせる立香に、シャルルは晴れやかな笑顔を返した。やはり、愛する人の笑顔というのはいいものである。
「だが、俺たちだけじゃ無理だ。ローランとアストルフォも呼ぼう」
「ブラダマンテは?」
「あー...あいつにこの量のカロリーを取らせるのはちっとな...」
「あ...そうだね...」
サーヴァントの身であろうと、女性にとって体重管理は非常に繊細な問題なのである。
「まぁとにかく待っててくれ。2人を呼んでくるからな」
「うん!本当にありがとう!」
「いいってことよ」
じゃ!と身を翻したシャルルは、二人の部下を呼ぶべくマイルームから退室していった。残された立香は、
「さて、大仕事だ...」
毎年のチョコレートの試練に打ち勝つべく、自身の頬を叩いたのであった。
その後、あまりの物量にほぼノックダウンな十二勇士、満身創痍な立香と死屍累々な彼らに、通りすがりの円卓の騎士達が助太刀を買ってでたり、最近やってきたヤマトタケルが目を輝かせて乱入してきたり、そんな彼に引っ張られてきた宮本伊織が目を白黒させたり、と、何だかんだいいつつも賑やかなおやつ会になったという。