やってらんねーよ 朔間零は、明らかに特別な男だった。
俺の周りのやつらは彼を「零ちゃん」と呼んだ。歳上であることくらいしか彼になにひとつ勝てやしないクズたちが、「歳上である」というその一点張りでなんとか取っている唯一のマウント・ポジションがそれだった。それでも、上下関係は歴然で、俺たちに微塵も敬語を使う様子のない朔間零は、そこにいるだけですべてのヒエラルキーをひっくり返した。朔間零を頂点に書き変わったピラミッドは、彼以外を全部一緒くたに「その他大勢」の土台にしてしまう。全員が地に落ちて、価値基準が彼になる。そういうわけで、いつのまにか大の大人が、たかだか高校生のガキに好かれたくて必死になるのだ、可哀想なぐらい。笑っちまうよな。でも朔間――媚びたような「零ちゃん」という呼び方が俺はどうしても馴染めずにそう呼んでいた――は、単純にすこぶる魅力的な良い奴だったから、好かれたいのにはそういう理由もあった。詰まるところ、みんな「零ちゃん」が大好きで、仲良くなりたくて、彼のように、或いは彼の、特別になりたかったのだ。
それだから、朔間零が俺たちに「面倒見てやって」とよく吠えるイヌを寄越したとき、しょうがねえなあなんて面倒くさそうなカオを拵えながら、内心俺たちは嬉々としてそのイヌを拾い上げた。朔間零は、明らかに特別な男で、特別な男に頼み事をされる俺たちもまた、特別になったような気がして誇らしかった。でもまだこの時は気付いてなかったんだ、頼み事をされる俺たちよりも、朔間零に頼み事をさせるあの犬っころの方が、ずっとずっと特別な存在だってことに。