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    鋺(かなまり)

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    今更五歌に転んで毎日楽しいです。

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    鋺(かなまり)

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    急に五歌沼にハマりました。「書き上げるまで他の方の神作品見るのは我慢する」と自分で制約と誓約を設けたものの、3万文字超えてもまだ書き終わらないので尻叩きのupです。

    #五歌
    fiveSongs
    #硝歌

    【五歌】白絹の蝶【硝歌】結んで開いて結んで開いて。
    ぬばたまの黒髪の上で、白い蝶が羽ばたく。
    普段はハーフアップに髪をまとめている白絹のリボンは、今は蛇の如く有機的にうねり、襟から覗く生白いうなじから器用に髪を持ち上げポニーテールを作り、かと思えば一房だけ掬い取り、するすると巻きつき綺麗な編みこみを生み出していく。
    童謡の歌詞のように手を打ちまた結べば、それは柏手(かしわで)を打ち印を結ぶのと同じく、術式や儀式めいた行為ではないかと、歌姫の傷の処置をしながら家入硝子は思った。
    髪を弄ばれているのは誰よりも慕う先輩で、欲しいままにしているのは同期のクズの片割れだった。鼻歌まじりに上機嫌で、大きな手指で直接触れずに髪いじりを行っている。どれだけ繊細で精密な作業なのだろうかと解剖も手掛ける医師としては感心しなくもない。が、医務室という自分の領域内で、敬愛する先輩が目の前で不必要に絡まれているのは正直気分が良いものでは無い。
    「歌姫」
    「……」
    「歌〜ひめ〜。うーたーひーめー」
    「うっさい そう何度も呼ばなくても聞こえとるわ」
    「じゃあ返事してよ。加齢で耳が遠くなったのかと思った」
    「アンタと三つしか離れてねぇわ いつまで人の髪で遊ぶつもりよ」
    「遊ぶ〜 任務中に突き指して、髪を結べないドジ姫の代わりに結ってあげてんだけど」
    「誰がドジ姫だ」
    本当は両手を振り乱して怒りたいのだろうが、硝子がテーピングしている最中なのでかろうじて歌姫は耐えている。
    「昔歌姫、冥さんと行った任務先から二日間帰ってこなかった事あっただろ あの時も貧弱な弱姫が傷つかないように、特級の僕じゃなきゃできないめっちゃくちゃ面倒くさい呪力操作して助けてあげたのになあ。先輩の恩知らず」
    「あ、あれはもう時効でしょう⁉︎」
    徹夜の任務明けで座学、実技の授業もあり、仮眠すら取っていないはずだが、五条は憎たらしいほど上機嫌だ。抗えない状況で相手を煽る救いようのないガキには呆れるし、それに一々反応している先輩も先輩だ。二人ともいい歳をした教師だというのに、十年近く変わらぬ寸劇を繰り広げている。
    「古今東西、女の呪術師は髪に力を溜めるって言うけどさ。歌姫、髪長くても呪力は薄っぺらいじゃん だからリボンに僕の尊い呪力を込めておいたよ。低級呪霊の攻撃位は避けられるんじゃない 魔除けのお守り」
    「お・守・り 呪物の間違いでしょうが」
    「喜んでいいよ GLGの僕が歌姫のリボンまで国宝級にしてあげたんだよ」
    結局、いつも通りのハーフアップをまとめる形で白絹の蝶は落ち着いた。硝子も歌姫のテーピングを終え、道具を所定の場所に戻す。
    「先輩、しばらくこっちの手は重い物持たないで下さいね」
    歌姫は目を細めて処置の後を確認してから、硝子に微笑む。
    「ありがとう硝子。綺麗に巻いてくれて」
    「ねぇ歌姫、僕へのお礼は〜」
    近頃、歌姫の東京出張が増えている。万年人手不足の業界である上、最近は楽厳寺学長の代理で学校運営に関わる省庁巡りも任されているのだという。
    「老人介護でいいように使われてる」と五条は散々からかいのタネにしているものの、学長同士の付き合いもある夜蛾からすれば、楽厳寺は歌姫のことを悪いようには扱ってはいないらしい。むしろ目にかけて可愛がっているように見えるそうだ。
    いつか「弱姫の尻拭いしてあげようと思ったのに、おじいちゃんに先を越された」と五条が年甲斐もなく地団駄を踏んで悔しがっていた事があったのを思い出した。
    『府内でも東京出張でも、歌姫を非呪術師の要人と繋げる事で、総監部に無碍に扱われないよう取り計らって下さってるんだ。後進育成の必要性は、年長の楽厳寺学長の方がより重く受け止められている』
    硝子が都内どころか高専内からもろくに外出が許されていないのと同様、与り知らぬ所でそのような思惑が交錯している事には嫌気がさした。ただ、歌姫が守られる網が張られている事には多少安堵した。この世界では命が軽すぎる。
    『硝子のおかげで、呪術師の復帰率と生存率が上がっているわ』
    対応部署に提出する書類を作成中に、硝子が高専に入学する以前の記録と比較して改めて気づいたのだと歌姫は話してくれた。
    『いつもありがとう、硝子』
    治されるのは当たり前という体(てい)で医務室を訪れる呪術師も多い中、事あるごとに労ってくれる歌姫の存在は清涼剤以外の何物でもない。
    だが次々に送り込まれる怪我人と遺体に忙殺され、私的に歌姫と過ごす時間はなかなか取れずにいた。
    今日も「任務中に怪我をしたから、念のため診て欲しい」と歌姫が医務室を訪れなければ、会う暇(いとま)が無かっただろう。
    東京に磔にされた状態の自分には、任務にかこつけて京都を訪ねられる五条が、ごく稀に、羨ましくなる。
    昨夜は重傷を負った呪術師の治療に加え、五条が運び込んだ呪霊に殺された遺体の解剖も行い気分が腐っていた。だから不謹慎ではあるが、歌姫の怪我を診るのは良い目の保養になった。
    綺麗な白い手だ。酔っ払った歌姫にこの手で頭を撫でられると、こそばゆくも嬉しくなる。
    あれは中学の古文の授業だったか。「白魚の様な手」という表現を見た時には「魚の肌って気持ち悪くね」とピンと来なかったが、歌姫の肌理細かい手の甲に触れた時に、その表現の的確さが腑に落ちた。
    呪具の刀や槍を用いる事もあるため、歌姫の薄い手の内側にはタコがあるものの、すっと伸びた細くしなやかな指は吸い付くような質感だ。ハンドクリームで丁寧にケアをしているのかと思えば結構無頓着で、高専時代は水垢離で冷たく赤くなった手を痛ましく感じた事もある。斎戒沐浴なのか、任務を控えた早朝には襦袢の上から冷えた清水を浴び、食事の肉魚まで断って寮母を心配させた事もあった。
    一般家庭出身の硝子には、代々巫女の家系だという歌姫の慣習には奇異に感じる物もままあった。
    五条は五条で、歌姫の向上心に砂をかけるように、「そこまでやんなきゃ弱姫は戦えないんだろ 向いてねーんだから呪術師辞めたら」と度々嫌味を浴びせていた。
    『悟は「か弱い先輩が分不相応な戦いで無駄に傷つくのが心配だ」って、素直に伝えられればいいのにね』
    五条に負けず劣らず失礼な言葉を付け加えながら、級友の幼い態度に呆れていた、今はいない同期を思い出す。
    ただ、「か弱い」という表現ほど歌姫から縁遠いものは無い。
    五条や夏油と比較すれば大抵の呪術師は「弱い」し、後方支援に長けた能力で準一級まで上り詰めた歌姫は呪術師としては高位の方だ。
    高専時代から細かな傷や捻挫、打撲はこさえても、彼女の身体が酷く傷つく事は無かった。同じ任務に当たった術師が四肢切断や内臓破裂のような致命傷を負ってもだ。
    ーー何かに護られてでもいるのか。
    呪いの世界に身を置きながら、あまり奇跡や不可思議な事を信じない硝子だが、歌姫を診ていると人智の及ばぬ力が働いているのではと感じる時がある。
    だからなおさら、顔を横切る裂傷を自己主張が強いと感じてしまう。
    「ところで先輩、」
    尚もしつこく歌姫に絡もうとする五条を牽制するように割って入り、1オクターブ高い猫撫で声で歌姫に聞く。
    「時間、大丈夫ですか 今日は線路の一部区間工事してるらしいから、ここから霞ヶ関、いつも以上に接続悪いですよ」
    歌姫はすっと姿勢良く立ち上がる。
    「そうだった ありがとう硝子。愛してるわ」
    「私もです、先輩。次は絶対飲みに行きましょうね」
    両の手を合わせ、指を絡め見つめ合う自分達から、五条が口をへの字に曲げて顔を逸らしたのを硝子は横目で確認し、ほくそ笑む。

    ××××

    「せめて下までトんで送ろうか」と歌姫を誘ったものの「いらんわ そんな暇あるなら仮眠でも取ってろ」と一蹴されたため、不貞腐れた五条は土産の豆大福を餅取り粉をふかせてリスのように頬張っている。
    ーー無下限で弾かず、白い粉を付けるのはその目隠しだけにしろ。医務室を汚すな。
    「……五条。君さ、昨日ぶくぶくに膨らんだ水死体を運んできたよな 呪霊の黒い顔が粒みたいに何箇所にもくっついてた」
    「ああ、解剖して気になる点でもあった」
    「いや、別に。以前にも類似の症例はあったから、個別に報告する程の事は無いかな」
    この男にデリカシーを求めても無駄だし、硝子自身、一般的な感覚が死滅しているのは自覚している。
    「一つ残しておいてくれよ。君だけの土産じゃない」
    「小豆がふっくらしてて、塩気もあって美味しいの」と歌姫は勧めてきたのだ。彼女と同じく、甘い物を好まない硝子の嗜好も考慮して選んでくれた心遣いが嬉しかった。
    気の回る歌姫は東京校の職員や生徒の分まで土産を用意してくれており、そちらは談話室に置かれている。だから今ここにあるのは「後輩たち」の分だ。硝子とも五条ともそれぞれ個人的な繋がりを持ちながら、公の場では「後輩」と一括りするのは、歌姫なりの線引きなのだろう。
    「私や他の人の分まで食べたら、ますます先輩に嫌われるぞ」
    「歌姫が 無い無い」
    五条は大福を飲み込み、あっさりと否定する。
    「さっきだって徹夜明けの僕に『仮眠取れ』って心配してただろ この間京都行った時も、二人きりの時は優しくしてくれたもん」
    「何が『もん』だ」
    反射的に投擲したメスは、五条に触れる前に床に落ちカラリと軽い音を立てた。
    「私にマウントを取っても無益だ」
    「先に取ってきたのはそっちだろ」
    歌姫に「愛している」と言われた事なら、羨まれるような物ではない。
    歌姫は己の懐にいれた人や物には惜しみなく愛情を注ぐ。決まった許容量の中から割り振るのではなく、対象が増えたら、それまで愛してきた物と同じだけの熱量を傾けてくれる。
    ーー五条や自分だけが特別なわけではない。
    それが時々、硝子にも辛くなる。
    「硝子も歌姫にばっか構ってないで、伊地知と遊んであげたら 最近あいつ、胃薬の量増えてるし」
    「……その伊地知からメールだ」
    デスクの上で振動した携帯電話を硝子は確認する。
    「『飛行機の時間に間に合わなくなる』って困ってるぞ」
    「『間に合わせるのが仕事だろ』って返信しといて。あ、そうだーー」
    五条は急に立ち上がると、硝子を一瞥もせず医務室からフッと消えた。
    「ーー何なんだよ、全く」
    医務室が本来の静けさを取り戻すと、硝子は気怠げに移動しコーヒーを淹れた。自分も仮眠を取るべきなのだろうが、いつ運び込まれるか分からない急患が来る前に、書類仕事を片付けておきたかった。
    単に食べ忘れたのか、硝子の意見を聞き入れたのかーー恐らく前者だろうがーー天井の蛍光灯を反射した透明なフードパックの中の大福は、一つだけ残されていた。昨夜から何も食べていなかった事を思い出し、口に運ぶ。美味しい。日本酒や焼酎に合いそうだ。

    ××××

    空気が澄んでいて心地いい。歌ともつかない歌を唇の先に乗せ、歌姫は鳥居へと続く長い階段を降りていく。応えるように木が葉ずれの音をささめかせる。
    鳥居をくぐる直前、怪我をしていない方の腕を引かれ、抗う間も無く唇を奪われた。気配なく現れ自分にこんな無体を働く人間など一人しかいない。良く知る体温と嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠める。
    「五条 何しやがるのよ」
    「鼻歌歌ってご機嫌だった癖に」
    「うっ」
    「移動中の仮眠前に、お休みのチューして貰うの忘れてたからさ」
    悪びれもせず、五条は愉快そうに言う。人に見られたらどうするのか、という意識は無いらしい。はたと歌姫は気づく。
    「アンタ、伊地知待たせてるんでしょ 探してたわよ」
    「らしいね。飛行機は飛行機でも、基地発じゃなければ、歌姫も途中まで一緒に行けたのに」
    さりげなく任務の特殊性を匂わせられても、余計に伊地知への同情が増すだけだ。五条の体を片手で押しやる。
    「いいから。後輩に迷惑かけないでさっさと行きなさい」
    「はいはい。お休み、先輩」
    頬の傷にも唇を落とし、現れた時と同様に唐突に五条は消えた。
    五条はあれで自身に課せられた仕事を弁えている。現在の呪術師界の有り様(よう)に変革を望んではいるが、与えられた任務は淡々とこなしている。あらゆる意味で唯一無二の存在になってしまった特級は、替えが効かないはずなのに使い潰されるように働かされている。
    自分が五条に寄り添うのは、その耐用年数を伸ばす為だろうか、と酷薄に考える事がある。後輩を慮っているのではなく、人の営みと続く未来を守る為に必要だからではないか、と。五条とて尊重されるべき一個人なのに。
    風が吹き、リボンが揺れる。触れられた唇と頬に手を当てる。風は冷たいのに、そこだけ何故かいつまでも熱かった。
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    鋺(かなまり)

    MAIKING急に五歌沼にハマりました。「書き上げるまで他の方の神作品見るのは我慢する」と自分で制約と誓約を設けたものの、3万文字超えてもまだ書き終わらないので尻叩きのupです。
    【五歌】白絹の蝶【硝歌】結んで開いて結んで開いて。
    ぬばたまの黒髪の上で、白い蝶が羽ばたく。
    普段はハーフアップに髪をまとめている白絹のリボンは、今は蛇の如く有機的にうねり、襟から覗く生白いうなじから器用に髪を持ち上げポニーテールを作り、かと思えば一房だけ掬い取り、するすると巻きつき綺麗な編みこみを生み出していく。
    童謡の歌詞のように手を打ちまた結べば、それは柏手(かしわで)を打ち印を結ぶのと同じく、術式や儀式めいた行為ではないかと、歌姫の傷の処置をしながら家入硝子は思った。
    髪を弄ばれているのは誰よりも慕う先輩で、欲しいままにしているのは同期のクズの片割れだった。鼻歌まじりに上機嫌で、大きな手指で直接触れずに髪いじりを行っている。どれだけ繊細で精密な作業なのだろうかと解剖も手掛ける医師としては感心しなくもない。が、医務室という自分の領域内で、敬愛する先輩が目の前で不必要に絡まれているのは正直気分が良いものでは無い。
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    鋺(かなまり)

    MAIKING急に五歌沼にハマりました。「書き上げるまで他の方の神作品見るのは我慢する」と自分で制約と誓約を設けたものの、3万文字超えてもまだ書き終わらないので尻叩きのupです。
    【五歌】白絹の蝶【硝歌】結んで開いて結んで開いて。
    ぬばたまの黒髪の上で、白い蝶が羽ばたく。
    普段はハーフアップに髪をまとめている白絹のリボンは、今は蛇の如く有機的にうねり、襟から覗く生白いうなじから器用に髪を持ち上げポニーテールを作り、かと思えば一房だけ掬い取り、するすると巻きつき綺麗な編みこみを生み出していく。
    童謡の歌詞のように手を打ちまた結べば、それは柏手(かしわで)を打ち印を結ぶのと同じく、術式や儀式めいた行為ではないかと、歌姫の傷の処置をしながら家入硝子は思った。
    髪を弄ばれているのは誰よりも慕う先輩で、欲しいままにしているのは同期のクズの片割れだった。鼻歌まじりに上機嫌で、大きな手指で直接触れずに髪いじりを行っている。どれだけ繊細で精密な作業なのだろうかと解剖も手掛ける医師としては感心しなくもない。が、医務室という自分の領域内で、敬愛する先輩が目の前で不必要に絡まれているのは正直気分が良いものでは無い。
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