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    10ri29tabetai

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    旧Re:vale千に貢ぐギャ男百(ユキモモ)

    #ユキモモ

    斜めがけのサコッシュはRe:valeのライブグッズで、確か税込価格が3500円だった。いつ買ったものか覚えていないけれど、複数個買ったことは覚えてる。切れたり千切れたりしたらもったいなくて、観賞用に一個、埃の被らないところに置いてあったりして。
    サコッシュの中に入ってるのはコインケースとスマホと、それと飾りっ気のない地方銀行の封筒だった。数枚どころじゃない厚みが入っているそれは、地元のATMで下ろしてきたもの。サコッシュに入れて大丈夫かな、って思うくらいの金額だけど、オレ的には大して大事ではない。
    搬出口の近くの壁にもたれて、マスクを下げながら缶チューハイから伸びるストローに口をつける。9%。ちゅう、と一口啜ればアルコールとレモンの香りが口中に広がった。ライブの後、生きていると実感する瞬間だ。
    短く切り揃えられた爪には、蛍光グリーンが塗られている。模様のように添えられたネイビーと、白。ピンクも入れたら、と言われたけれどそんな烏滸がましいことをオレはしたくなかった。
    ポケットに突っ込んだままのタバコに手を伸ばそうとして、やめる。震えたスマホを取り出してみれば、もうすぐだよと言う簡素なラビチャが届いていた。あの長い髪の毛にタバコの匂いがつくのはオレも本意ではない。やめてと言われたわけではないから、これは単なるオレのエゴだ。我慢するように、ハートがたくさん飛んでいるスタンプを押した。
    もう一口、酒を啜る。コンビニで買った時にストローつけてください、と言ったら二度見されたのを思い出して苦笑する。新人さんかな、なんてどうでもいい思案は、けれどすぐに霧散していった。
    「お疲れ様でーす…」
    気怠げな声にストローから口を外せば、そこにいたのは二人の青年だった。サングラスと帽子で顔を隠した濃紺の男と、銀色の髪の毛をだるそうにかきあげる男。顔を隠すこともなく、堂々とした銀髪の彼は、何かを言われて仕方なさそうにサングラスをつける。
    「ユキさん!バンさん!」
    お疲れ様です!と、こんな路地裏に似つかわしくない声でオレは叫んでいた。
    「お疲れ様です!ライブ、最高でした!」
    「待っててくれたんだ、お疲れ様」
    サングラスを少し下げて笑顔をくれたのはオレの推しではない方の万理さんだ。愛想のいい、好青年は営業スマイルよりも少しだけ解けた笑顔を向けてくれる。
    「一般入場してくれたんだって?」
    「あ、当たり前じゃないですかっ!だって、オレ、ただのファンですよ?!?!」
    言えば、多分口利きはしてもらえるのだろうけど、ファンとしての矜持がそれを許さなかった。オレは彼らをファンとして崇拝して、愛している。神様に触れるためには清く正しくいなければいけない。
    「ただのファン」
    その言葉に反応したのは万理さんではなかった。隣でつまらなさそうに、眺めていたもう一人のRe:valeの千ーーユキさんがただのファンね、と2度もその言葉を繰り返す。
    「それで、ただのファンのモモくんは、裏口までどんな御用だったの」
    「あっ……えっ、と……」
    思わずサコッシュを握りしめてしまったのは、先程の清く正しいと言う言葉を、撤回したかったからだ。ただの、と言うところを強調されてオレは俯く。モモくん、と柔らかく強制力のある言葉が降ってきて、顔を上げればそこにいたのはオレの神様だった。
    「ただのファンだったら、弁えておきたい一線はあるだろ?」
    「……………そ、うです、ね」
    す、と伸びてきたのはユキさんの指だった。頬に触れられてオレは体をこわばらせる。サコッシュに伸びる指も、ピクリと動く。
    手にしていたストゼロのロング缶は左手の方でだらりと垂れ下がる。ああ今日はどう言う予定だっけ、と頭の中でめぐるのはこの辺のラブホの場所。手持ちの財布の中に入っている額面と照らし合わせて、皮算用が始まった。
    恍惚としたオレは、清く正しいファン、なんてわけがなかった。ユキさんに直接触れられて、ぽんやりと顔を赤らめている。高尚とは程遠く、俗っぽい話だ。
    「ただのファンのモモくんだったらこんな風に触れないよ」
    「……はい」
    「でしょう。お話ししよう、モモくん。……万、車」
    「わかってる。気が済んだらラビチャしろよ」
    そうしてユキさんに連れられてーーもちろん手なんか握られるわけじゃないけどーーオレはちょっと離れた場所でユキさんと向き合った。気怠そうにピアスを見せてくるユキさん。あれはオレがあげたやつだ、なんてそんなどうしようもない優越感で心を凪させてくれる。
    「ユキさん、これ、今月分です」
    幸せな気持ちとともに、オレはサコッシュから取り出した封筒をユキさんに手渡した。ATMからとってきた封筒は薄くて、下の諭吉が透けて見える。札束はATMの上限額ギリギリまで。満面の笑みを浮かべて、素直な気持ちで渡すにはあまりにも生々しすぎる。
    それをユキさんは微笑ひとつで受け取る。ありがとう、好きだよ、なんてそんな言葉とともに、左手のストゼロのストローに吸い付く。おいしいね、ととろけるように言われて、オレは舞い上がってしまいそうになった。
    「明日は?」
    「あ、…えっと、休みです」
    「そう。じゃあ、ゆっくりできるんだ」
    こくりと頷いたオレの耳を、ユキさんが撫でた。幸せすぎるよ。数桁しか残ってない銀行口座のことなんか忘れて、オレはふにゃふにゃと笑っていた。
    「かわいいね、モモくんは」
    「そんなっ!ユキさんはいつでもイケメンです!!」
    「ありがと」
    ステージ上よりももっと甘い顔で笑いかけてくれるユキさんは、封筒をポケット中に突っ込みながら、オレの指に触れた。ネイルかわいいね、なんて適当な言葉でだってオレは満足して絶頂しそうになる。好き、好きだ、愛してる。そんな言葉だけが馬鹿みたいにグルグル頭の中を巡っている。
    ユキさんは神様みたいな人だけれど、人の危うさがある人だった。人に興味はないというくせに、こうやってオレには笑いかけてくれる。単なる仕事の延長だって思っていても、オレはその意味を深く信じたくなってしまう。神様の特別な寵愛は、この封筒だけで得られるものじゃないんだって信じてしまいたくなる。
    「モモくんと一緒にいられて嬉しいよ」
    「…オ、オレも、嬉しいです」
    笑いながらユキさんがオレの尻ポケットに触れる。あ、と、甘い声を上げる前に、ポケットの中にあったタバコが抜き取られて、ユキさんが悪戯っ子みたいに笑った。
    「モモくん、タバコはやめた方が良いと思うよ。君のイメージじゃない」
    「は、はひっ」
    「いい子だね。じゃあこれは僕が捨てておくから」
    そうして、ユキさんは封筒と同じようにオレのタバコを仕舞い込む。オレの、オレが触れたものが、ライターが、タバコが。ユキさんの一部に、持ち物になっていく。お金だけじゃない、オレの一部がユキさんに溶け込んでいく。たまらなく幸せになって、オレはユキさんを上目遣いに見る。好きです、と震えながら言った声に、ユキさんは「かわいいね」と頭を撫でてくれた。
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