正直、無理ゲでは?
一言がすぐに思い浮かんで、頭の中がいっぱいになる。イデア・シュラウドは目の前のチェスの駒を指でつまみながらぼんやりと盤面を見つめた。
チェックまではあと数手といったところだろう。白と黒が交互に敷き詰められた盤面を見ながら、こっそりとため息を吐き出した。
「アズール氏、長考しないよね」
対戦相手の名前を呼ぶと、彼は手袋で包まれたままの指先を動かす。チェックです、と静かなコールの音に、思わずイデアは聴いてないっすな、と早口にぼやいた。
「それはイデアさんこそ同じでしょう。どうぞ。僕の予想が正しければ、あなたはあと2手先でチェックですけれど」
「うっわ趣味わる…別にいいけどさあ…」
アナログなボードゲーム上を挟んで、ようやく彼と一対一での会話ができる。後輩のアズール・アーシェングロットとは真逆で、イデアはコミュニケーションをとるのがどこまでも苦手だ。必要性すら感じていないと言ってもいい。
ゲームだとか、パッドだとかものを介さないとまともに会話も出来やしない。自分にとってはボドゲはコミュニケーションツールだ。そうはいっても理解はされないのだろうけれど。
無理ゲでは?
数度目の言葉が頭を過ぎる。盤面の状況は圧倒的にイデアが優勢だ。チェックをかけても、数手先にはイデアの勝ちが見えている。そうして、そうするように仕向けたのは、アズール自身だ。意図的に勝つことができるのであれば、意図的に負けることも容易にできる。それは、試合に負けて勝負に勝つということに他ならないだろう。
「さ、イデアさん。どうぞ」
「趣味悪いよね、負けるってわかってんのに…」
「さあ。最後まで勝負はわかりませんよ」
「いっそ清々しいっすわー…」
大仰なため息をつくと同時に、イデアはコツン、とポーンを動かす。チェックまでの数手先。伏線となるために進めた兵は、相手のクイーンがその首を刈っていった。
「おや、これでは負けてしまいますねえ」
守銭奴の顔が覗く。青白い唇を噛み締めて、イデアはそのままチェック、と力無く言葉を発した。