ペーパースタンドに真実は並ばないGood evening guys This is DJ--.
(皆さん、こんばんは!DJーーです)
You are now listening to Pirate Radio.
(今流れてるのは、パイレーツ・ラジオ)
Are you having a passionate night in this city that never sleeps
(この都市で、熱い夜を過ごしてるかい?)
There is a lot of information that will -- with --
(この番組では--に--な沢山の情報を--)
街中に溢れる美しい歌声の裏側で、雑音にまみれ、それでも耳に心地よい低音がゆったりと語りかける。
パイレーツ・ラジオ
違法電波を使った、不定期のラジオ放送だ。
眠らない街の女王、オーロラの歌声が支配するネオン街に時折流れる放送を聞いている人間がどれだけいるだろうか。
大抵が皆、永夜の歌声に魅了されている。
それでも、この放送をする男の声はこの街の在り方に疑問を抱く一定数に確実に届いていた。
――手筈は整った
――決行は深夜0時
――眠らぬ女王に眠りを
ラジオの呼びかけに応じた精鋭が、パーソナリティ―改め、この計画のキャプテン、ホセの元に無線を飛ばす。
今、彼等はまさに眠らない街の女王に反旗を翻そうとしているところだった。
***
孤島の大都会、永遠の夜の都は終わることのない華やかさに輝いていた。
メディアやエンターテイメント業界を牛耳ったのは美しい女実業家であり、歌姫でもあるオーロラだった。彼女の提供するカスタマイズサービスにより、都市を訪れたもの達は皆、難しい思考を捨て、享楽に溺れ、堕落し、気が付いたころには、異化し、やがて自我すらも保ててず、この大都市を動かす道具の一部として、取り込まれていく。
それは誰も気が付かないうちに、訪れる幸福と闇だった。
だが、その絶望的な真実に気が付いた男が居た。体の一部を失い、そうして自我と自尊心を取り戻した男は、孤独な闘いを挑んだ。
『この街のネオンはまやかしです。その灯の中に、異界の生物が紛れ込んでいる』
目覚めた男にそう囁いたのは、深淵を纏う美しい男だった。
『貴方の、その良い声で、呼びかけて。僕を、そして貴方の仲間を』
闇の中で笑う男は美しい悪魔のように見えた。だが、同時に道を示す神にすら見えた。
言葉に導かれるままホセは、パイレーツ・ラジオを放送した。
妨害電波に邪魔されようと、何度も何度も呼びかけているうちに、一人、また一人と自分と同じように取り込まれる寸前で自我を取り戻した仲間が集まった。
そうして前述に戻るが、今夜、彼等はこの永遠の夜の都に宣戦布告をしに来たのだ。
「目標はオーロラの劇場、最高のショータイムをしよう」
ホセの掛け声に、仲間たちは次々と配置についた。
タイミングを見計らう為、彼女のショーステージに潜入したのは紅一点のゴシップ。
裏から攪乱したのはネオンとオーディトリアム、彼等の活躍を街中に知らしめたのはペーパーボーイだった。
彼等の活躍を鼓舞するように、パイレーツ・ラジオはオーロラの、この大都会の秘密を電波に乗せる。ジャックされた電波は、酷い雑音で、まるで荒波のように不安定だ。
それでも、キャプテン・ホセの航路は揺らぐことなく、真っ直ぐに目標へと舵を取った。
作戦は大成功。ショーステージは大混乱に陥り、高みから見下ろす彼等をオーロラは忌々し気に見つめた。
かくして波乱の一夜は瞬く間にゴシップ誌の一面に載り、あっという間に街中に配られた。
眠らない街のネオンが揺らぎ、堕落に陥ることの出来なかったもの達が、欲望の中から目を覚ます。
絶望が街を包み、華やかな大都会はあっという間に深淵に堕ちた。
****
「……美しいものというのは、今も昔も船乗りを惑わすものだな」
「それは誉め言葉として受け取っても?」
「そう思うかい?」
薄いサングラス越しに、ホセは目の前で蠱惑的に笑む美しい男へ鋭い視線を向けた。
男は、街に深淵が満ちると同時にホセたちの前に現れ、彼等が苦労して得た、この街の灯をあっという間に手の中に納めた。
自分達の手柄を横取りされたことに憤慨したネオンや、ゴシップはあっという間に彼の足元に横たわり、緊急事態を察したオーディトリアムはペーパーボーイと共に、グッと押し黙った。いや、あの男の圧に押し黙るしか術がなかったのだろう。
対峙しているホセだって、背中は汗がじっとりと滲み、気圧されないことに必死だった。
彼の僅かな経験値が、この中で唯一、地に膝をつかせなかった。
「この星の輝きは何方にせよ、貴方方の手に余るものです」
そう何処か楽しげな声が、手の中で煌びやかに光る得体の知れない生き物を撫でながらそう告げた。それは一体なんなのか。質問して、彼が答えてくれる気はしなかったが、ホセは聞かずにはいられなかった。
「世の中には知らない方がいい事もありますよ?キャプテン」
コテリと首をかしげ、口許に笑みを携える姿は堪らなく色っぽい。
見惚れてしまいそうなのを、ホセは何とか視界を逸らすことで誤魔化した。
彼は随分と年が下の男に、篭絡などされてたまるものかと軋む足を叱咤して、男の側にグッと身を寄せる。
ひらりと逃げてしまいそうな空気を出しながらも、意外にもかの男はその場にとどまった。
その佇まいはまるでホセがどう出るのか、楽しんでいるようだった。
「なら君の事を教えてくれ」
「僕、ですか」
「あぁ、ソレは君が欲しかったものだろう?それを得るための功労者に労いはないのかい?」
ホセは慎重に白い頬に触れてみた。抵抗されるかと思たが、彼は全く動揺すらしなかった。それどころか、触れた掌に甘える子猫のように頬を擦り寄せて、消した筈の大都会の灯に似た、甘い色合いの瞳でホセを見据えた。
「労い、ですか」
どうしましょう。男は悩む素振りを見せる。夜を思わせる艶やかな黒髪が、彼が首をかしげるたびに、煌いた。この男を、みすみす逃してなるものか。ホセは頭の中で策略を練り上げる。
彼の手の中の力が欲しい。この美しい男との接点を失いたくない。
その感情は、ホセが自尊心の為に捨てた欲望にあっと言う間に火をつけた。
その火は彼の強欲をエネルギーに轟々と彼の身の内で燃え滾る。
男はホセの眼差しに移る、その業火を見初め、なお楽しげに口角を歪めた。
「では、食事にでも行きましょう」
「あぁ、良いな。ここ最近、忙しくて碌な食事が摂れていなかった」
「良い店を知っているんです。最高級のレストランですよ」
男の含みある声に、ホセはピクリと眉毛をあげた。そう、それは楽しみだ。
そう伝えると男は美しい所作で手にしていた鞄を開き、手の中で蠢く生き物をガラスケースへと納めた。
「後ほど、待ち合わせましょうか。予約を入れておきますから」
「……すっぽかされては困る。名と時間を教えて貰おうか」
「おや、心外ですね。僕、これでもご褒美はきちんと与える上司として有名なんですが」
それは誰の情報で、一体どこの会社の話か。
ホセは男のお道化た様子に、冗談だろうと敢えて言葉を挟むことはしなかった。
男は全く心外ですと少しだけ外見に合う、年相応の拗ね方をしながら開いた鞄にガラスケースを押し込めて、それから腕の時計を見た。
「そうですね、今から職場に戻らなくてはいけないので、明日の夕方、18時頃はどうですか」
男の提案に、ホセは了承を伝える。正直、ここ数日、計画を実行に移すために働きどおしで疲れていたからその猶予は有難かった。
「予約名はトリックスター。店の名前はOratioで」
男はそう、完結に伝えた。まさかその名がここで出るとは思わず、少しばかりホセはあっけにとられた。そんな彼の様子を、トリックスターと名乗った男は揶揄うような眼差しで見つめながら、今度は彼からグッとホセに身を寄せた。
「貴方のそのいい声で、また明日。僕の名を口にして」
「……っ」
白い手袋に包まれた男の指先が、戸惑うホセの唇をなぞる。
布の擦れる感触は、またホセの身を焼いた。
――Dream of me...DJ Captain.
まるでラジオから聞こえるような、そんなザラついた質感の音声がホセの耳に流れ込んだ。
同時に目の前で美しい男の姿は、とっぷりと、まるで沼に沈むように深淵の闇に落ちていく。慌てて手を伸ばしたが、不敵に笑う男にその指先は空を虚しく掴んだだけに終わった。
「……ホセさん、彼と一体何を話していたんだい?」
ぐったりとした様子のオーディトリアムが声をかけて来る。同じ空間に居たのに会話が聞こえなかったのかい?そんな問いかけは愚問すぎて音にならなかった。
「大した事はないさ、ただ、懐かしい場所で……食事の約束を、ね」
心成しか弾んだ声に、ホセは少しだけ驚いた。そうしてそれを忘れるように気を失ったままのゴシップを抱き上げた。オーディトリアムとペーパーボーイにネオンの回収を頼み、灯の消えた街を歩く。
「島を出なくてはいけない。ここにはもう絶望しかないのだから」
欲望の果てに出来た孤島は、真相を暴かれ闇に消えた。
オーロラに心酔しきっていた異化の慣れの果てたちは、この騒動の主犯たちを許さないだろう。
だがしかし、自我を救われたもの達にとって彼等は英雄となり、パイレーツ・ラジオという違法な放送局は今や街中で話題の放送番組になった。
――Good evening, guys-- This is --
ーー are -- listening to --Pirate Radio--
今日もどこかで、パイレーツ・ラジオは呼びかける
その対象が何のか。何の目的なのか。いったいどこで放送しているのか。
低く、甘く、耳に心地よい声の主が、一体誰であるか。
その答えはーー深淵の闇を駆ける、星だけが知るゴシップニュースだ。