新3-Aのキスの日。/まおみか、トリスタみか 今日キスの日なんだって! 俺達もやろうやろう!! という毎度の突拍子もない提案に、はぁ? って返したと同時にスバルに抱きつかれた。頬に柔らかい感触がしたと同時に、ちゅ、と軽い音が続く。
俺が半笑いでその頬に手のひらを当てている間にやった本人は次に真に抱きついていて、恥ずかしがる真にはお構い無しに頬にキスをしている。
誰彼構わずそういう事ができる性格と人懐っこさ、ほんっと尊敬するな。微笑ましい顔で動向を見守ってたら真も同じ事を思っているのか、俺と目が合ってニコニコ笑っている。その間にも次に北斗に同じ事をしようとしているので、やめろ!! とスバルの顔面に手のひらを当てて押し返し、必死に抵抗する北斗がウケる。
恥ずかしがるなよ~とそんな北斗に俺も少々意地悪く言ってやると、ガタンッ、と教室の入口の方から音がした。
「んあ……んあぁあ……?」
振り向けば、呼び出されていた職員室から戻ってきたらしい影片が明らかに困惑した顔で立っていた。小刻みに瞳があちこちを向いていて、おそらく必死に状況を理解しようとして余計に混乱しているのだろう。
たしかに、こんな奇行は去年までの2ーBではめったにお目にかかる事もなかったのだから仕方ない。よく騒ぐ声が聞こえていた隣のA組ではまさにこんな奇行が、主に今現在のように、スバルによって繰り広げられていたのだろうけど。
「んあ……んあ……、お、お邪魔しました……?」
「ウッキ~! ミッキ~を確保ーっ!!」
「分かったよ明星くんーっ!」
混乱しすぎて目がぐるぐるしたまま教室から出て行こうと後ずさる影片に、スバルの叫び声と絶対に面白がっているだけの真の声が続く。
テニス部で鍛えた瞬発力で影片のいる場所まで走った真は、びびって逃げようとする影片の体を軽々と持ち上げてこちらへと連れてきた。
「な、何なん……?」
「ふっふっふっ。今日はキスの日だからね、ミッキ~もキスしなきゃダメなんだよ!」
「んええぇっ!? そうなん!?」
怯える影片の前で悪役よろしく仁王立ちするスバルに、んなワケあるかと渇いた笑いが出るのに言われた影片はといえばいたくショックを受けている。うん、お前のそういうとこ、素直すぎて心配になるよ。
「ミッキ~、お覚悟~っ」
「んああ~っ!!」
真に押さえられたままの影片に抱きついたスバルが、ぐりぐりと頬擦りをした後に何回も頬っぺたにキスしまくる。
反応が面白いのか楽しそうにずっと続けるスバルも、顔を赤くして何かダメージを受けているような影片も。きっとここに嵐あたりがいれば「男の子かわいい~っ!!」と興奮して写真を撮りまくっているに違いない。
クラスにお子様が増えたな~なんて微笑ましく眺めていたら、何とか抵抗した影片が半泣きで俺の方へ逃げてくる。
「ああっ! まだ俺ミッキ~にキスしてもらってないのに!」
「い、委員長たすけてぇ……っ」
俺にぎゅっとしがみついてきた影片は、スバルの声を受けてさらに俺の背中側に隠れる。ぶるぶる震える小動物みたいな姿がさすがに可哀想になってきて、俺の正面まで追ってきたスバルの頭をとりあえず軽く小突いた。
「こぉらスバル、無理強いすんな」
「影片、委員長は俺だ」
「氷鷹くんいつも影片くんとそのやり取りするよね」
今は生徒会長であって、もう今年のクラス委員長は北斗なんだけどな、と相変わらずの委員長呼びにも口許が緩むと、後ろで北斗が真顔でツッコむのが面白い。クスクス笑う真もこのやり取りが気に入っているらしい。
だがスバルは俺に小突かれた頭を手で押さえてぶーたれている。唇を尖らせている顔はお子様そのもので、まるで幼稚園の先生にでもなったような気分だ。
「ん~、じゃあミッキ~は誰とならキスしてもいいの~?」
ぶーたれながらの質問もおかしい。誰とならっていうか普通は男が友達とかにそんなにキスはしないだろうし、やるにしても、こう、キャラというか。お国柄というか。しても許される人間と許されない人間もいるだろう。
「だって今日はキスしなきゃ帰れないんだからねっ」
「んあっ!? うう、んぁぁ……」
ドヤ顔で言い放つスバルに呆れ顔になってしまうのに、後ろの影片はひどく驚いたような声を上げ唸り始めた。
何でも信じちゃうんだから、あんまり影片で遊ぶなよ……。それこそ斎宮先輩にでも知られてみろ、俺達の命が危うくなるだろ……とスバルに向けて口を開きかけた時。
きゅっ、と。後ろから袖が引っ張られた。
「……それやったらおれ、委員長がええ……」
肩越しに振り返ると、真っ赤な顔で俯いていた影片が前髪の隙間から俺を見つめていた。
上目遣いの琥珀色と瑠璃色の潤んだ瞳が揺れていて、俺と目が合うとすぐに下を向いてしまう。そんな影片を見たら何故か無駄に唾が出てきた気がして、飲み込むとごくり、とやけに大きい音が鳴る。
「あ、そうだよ! サリ~もまだ誰にもキスしてないね!」
手をポンッと打つスバルが悪気がなさすぎて若干ムカつく。何でお前今それ言っちゃう? お前みたいに恥ずかしげもなく誰もがキスできると思うなよ……。
ため息を吐いたら、影片の肩がびくっと小さく揺れた。眉毛を下げて床のあちこちへ視線を泳がせる姿に、別に怒ってる訳じゃないと分かって欲しくて体ごと向ける。
両肩に手を置いて顔を近づけたら、余計に真っ赤になって下を向かれるので、かわいいなぁとつい顔の筋肉が緩みながら前髪の上から唇を落とした。
カァァァ~ッと湯気が出そうな程に耳まで赤くする影片が、固く瞑っていた瞼を開けて俺の唇が触れたおでこの辺りの前髪を袖から少しだけ出ている指先で押さえる。嫌だったかな……と心配になっていれば、そのうち「んふふ……」と嬉しそうに小さく笑った。
きっとここに嵐あたりがいれば……以下略。……かわいい、これはアレだ。愛らしいってこういう事だな。同い年の男に言う言葉としてどうかとは思うけど、これはかわいい。きっと嵐や凛月なら迷わず抱き締めてるな。
俺をまた上目遣いで見た影片が、ちらっと俺の背後の方へ目をやる。ミッキ~頑張れ! というスバルの声が聞こえて、心の中で渇いた笑いが漏れる。いやお前……何の応援してんだよ……。
意を決したように頷く影片が、俺のブレザーを引っ張る。くいっくいって引っ張られるので軽く顔を突き出すようにすれば、泣く寸前みたいな顔の影片がぎゅうっと固く目を瞑る。
「……ち、…………ちゅ~……ぅ」
顔を寄せられて、そんな声がした。
声だけかと思っていると、ふに、と柔らかい感触が頬に当たって一瞬で離れた。
ぱちくりと瞬きをして影片を見れば、茹でダコのように真っ赤になって両手で顔を覆っている。耳までどころか指先まで真っ赤になっている姿を見て、反射的に漏れそうになった声に慌てて口許を押さえて顔を逸らす。
か…………っっ、かっっっっわ……っ!!
えええ、かわいすぎるだろこいつ……何だ、今の……!? 悶えてその辺を転がりたくなる気持ちをぐっと堪える。
ちゅーって、自分の口で効果音言っちゃうのか!? 何このかわいい生き物。さすがプリティ5の名は伊達じゃなかった……。
「ふふっ、衣更くん嬉しそうだね」
「そういえば以前、衣更はムッツリだと大神が言っていたな。……ムッツリとは何だ?」
「いいないいな~! ミッキ~俺にも俺にも~!!」
「うるさいなお前らっっ!!」
俺が影片のかわいさに耐えている間にも、自由な三人は口々に好き放題言っている。
今さら恥ずかしくて仕方ないのでつい怒鳴っていれば、そうですね。と、やけに冷ややかな声がした。
「なかなか生徒会室へ来ていただけないと思っておりましたら。まさか教室でパワハラをされていたとは……なんと嘆かわしい……」
冷静なその声に、喉元でヒッ……と出かけた悲鳴を飲み込む。
恐る恐る振り向けば、無駄に爽やかな笑顔を貼り付けた弓弦が教室の入口から覗き込み、手元に持った書類を原型が無くなる程に握り締めていて、おもわずキ○玉がヒュンと竦んだ。
「い、いやいやいや……弓弦、これ俺が悪いんじゃ……」
「生徒会長ともあろう方が、クラスメイトに猥褻行為を強要するだなんて……」
「ゆっくん~っ!!」
「影片さま、こんなに泣いて……あぁ、大丈夫でございますか? 今すぐにでもあの男を八つ裂きにしてやりましょう」
「影片!? 何ですぐ弓弦のとこ行くんだよ!? ていうか弓弦……お前の言ってる事怖すぎるから……っ!!」
眼光が鋭いにも程があるのに、そんな弓弦は怖くないのかさっきは俺の背中で震えていた影片が泣きながら弓弦に駆け寄って行く。
何で!? 影片、俺の事選んでくれたよな!? 何でそんなすぐに弓弦のとこ行っちゃうんだよ!?
事の成り行きを説明してもらおうと三人を振り返ると、非難に満ちた眼差しの北斗と目が合った。
「衣更……お前、いつの間に猥褻行為を……?」
「見てたよな!? お前一部始終見てたよな!?」
「ねぇねぇウッキ~、ワイセツコウイって何?」
「ええっ!? うんと……うんと……、『猥褻は、社会通念に照らして性的に逸脱した状態のことをさす』だって」
「こらスバル! そんな言葉お前は知らなくて良いです!! ていうか真、お前今何調べたの!? Wikiっ!?」
北斗にツッコんでる間に続けられるスバルと真のやり取りにも頭が痛い。
「影片、ちょ、弓弦に説明してくれよ……っ」
後頭部に感じる殺意に満ちた視線が痛すぎて、何とかして欲しいと天然とアホの三人はほっといて再び弓弦の方を見る。
弓弦にくっついていた影片は、俺の声に顔だけこちらに向けた。
じっと真剣な表情で釈明を求める俺と目が合うと、また頬に赤みが差す。口がぱくぱくと開閉して、二つの色の瞳に涙が滲んでくる。
……あぁ~、やっぱりこいつ、かわいいな~……。
小さい子が親とか先生にしがみついてるみたいで微笑ましくなって、りんごみたいな色になった頬っぺたを突っつきたくなってくる。おもわず指が伸びると、頬に触れる寸前にくしゃりと泣き顔になった。
「ぅう~……っ、委員長……さっきの忘れてぇや……。おれも忘れるからぁ……っ」
影片はそう言うと、弓弦の方を向き胸に顔を埋めてぴえんと泣き始めた。
…………影片、言い方な。もうちょっと、こう、言い方ってものをな……?
そう口を開きかけた俺は、頭上から刺すような視線を受けて再びアソコがヒュンッとなる。
「会長さま……?」
「えええ……弓弦……。こういう時だけ会長って呼ばないで欲しいな~……なんて……」
絶対零度の視線に晒されながら、俺にとってキスの日は命日になるかも知れないと、そう覚悟するのだった。
ちなみに俺が首根っこを掴まれたまま生徒会室に連行された後、まるで何もなかったように皆で恥ずかしがる影片にキスしていたのだと聞かされた時には、俺がぴえんとなったのは言うまでもない……。