永遠を誓いあう、アレ。 ──こんなにも美しい空間なのに、一生で一番、緊張感がある場所になるかも知れない。
そうインタビューで答えたらしい男は、いつも以上にイケメンオーラがパなかった。
「わぁ、すごい……! さすがブラッドさん。格好良いな〜」
真横で同じページを覗き込んでいたウィルが、嬉しそうに微笑む。異論はないがそこまで面白くもないので、あえてノーコメントを貫く。
ブライダル雑誌の撮影をしたらしい我らがメンターリーダー様である。どこかの教会で撮影したらしい。
モデルや俳優でもなく、ヒーローが使って良いのかというほどのページ数を割いてくれている。普段の割合がどうかは知らないが、ブライダル雑誌というものは基本はチャペルやドレス、ジュエリーやケーキといった結婚式のための情報誌だと思うのだが、本当にこんなにも一人の写真で埋めてしまって良いものなのか。それほどになかなかのページ数、そして写真の枚数だった。
てっきり載っているのは式場にいる写真程度だろうと思っていたのに、物語風になっているのか、職務が終わって待ち合わせ場所に来たという設定の写真から始まっている。まるで実際にアキラと待ち合わせて一緒にご飯を食べに行く時の様子のようだ。
それから、私服姿(という設定の衣装)で、車で迎えに来たページ。休日の設定だろうか。そうだ、あの男は自分で車を運転するのも好きなのだ。見覚えがありすぎるシチュエーションから先に進むと、式場の打ち合わせなのか、何着かのタキシードに着替えている。
似合うだろうかとカメラに向かって聞いてくる顔が、腹が立つくらいに様になっている。
そして、相手がドレスを選んでいるシーンらしき写真。座って相手を見つめているような角度の写真は、こんな顔もできたのかというくらいに柔らかい微笑みだった。
「SNSの反響もすごいな。『ブラッドさまと結婚するなんて羨ましすぎる』『絶対ドレスを着るのは私』『こんな顔で見つめられたい』『相手の顔が写っていないので、ワンチャン私もあり得る』……ふふ、みんなの気持ち、分かるなぁ……」
隣でウィルがスマホでファンの感想も見ているらしい。
たしかにこの写真には、相手の女性は写っていない。それがまたこの雑誌を読んだ人間の妄想を膨らませるのだろう。
ページを進むと、どうやら式の当日の控室のようだ。白いタキシード姿で緊張した面持ちのブラッドは、果たして演技なのか。
何枚かの写真と共に、短いインタビューが載っている。その文章の中に、冒頭の言葉もあった。特集ページの最初のページにも先ほどの言葉が載っていて、もしプロポーズをするなら、もし結婚するなら、といった内容で話を聞かれていた。
めくった次のページには、ウエディングアイルで花嫁を待つ写真。そこでブラッドのページは終わっていた。緊張感が云々と言っていたわりに、最後の写真は優しい微笑みだった。
これは……。まぁ……、世の女性はイチコロなんじゃねーの……?
気持ちは分からなくない。アキラだってブラッドの顔に何だかんだ弱い。たぶん、顔が好み。顔が良いのだから仕方ない。けれどその顔を、しかも激レアな笑顔を。誰でも見られる状態にされてしまうと、やはり面白くはないのだ。
その後も聞いてもいないのに、電子書籍版はこの雑誌創刊以来過去最高の売り上げを記録しているだの、さらに紙版も重版が決定しただのと、ウィルが自分のことのように喜んでいた。
悪気がないことは重々承知だけれど、ぐるぐると胃の辺りを回る嫌な感じがしてぶすくれたままソファに座っているうちに、屋上の植物の様子を見に行く時間だとウィルは出て行った。
別に、仕事だということも分かっている。
それでも、やはりどうしても想像してしまうのだ。もし、この雑誌の通りになったらと。
「……そんなに至近距離では、逆に何も見えないのでは?」
次第にずるずると座面を滑っていった態勢で件の雑誌を顔の上に乗せていれば、呆れたような声が降ってきた。
慌てて起き上がるとまだネクタイすら解いていないブラッドが見下ろしている。アキラの胸元まで落ちた雑誌に一瞬視線が行く。……しまった。あきらかにブラッドのページ以外興味のなさそうな雑誌を読んでいたことが、速攻でバレた。
今さら隠そうとしても無駄だろうと開き直って、小言を言われる前に座り直す。すぐ隣に勝手にブラッドが腰を下ろしてくる。
横に座っているわりに、何も言葉は続かない。
時折アキラの膝に置かれた雑誌も見つつ様子を窺ってくるので、何か感想でも求められているのかも知れない。けれど、それよりも。
脳内に浮かんだ光景にモヤモヤして、そちらの方が気になってきてしまった。
「なあ、お前さ……」
顔を直視することはできない。視線を落としたまま呟くと、ドレスを選んでいるらしきページの中の一枚、ベールに指先で触れている写真が見える。
「ウエディングドレスに……憧れとか、あるか……?」
あまりにも容易く想像がつく、この写真の数々が良くない。
ブラッドが将来結婚式を挙げるなら、と。やはり思ってしまうのだ。どう考えても男の自分よりも、隣はウエディングドレスの女性の方が似合う。
他のページを見ても、いろんなドレスの種類があるのだと驚いた。そういえば昔、レンの姉のシオンも。
小さい頃から一緒に遊んでいた時には特に女性だと意識することもなかったけれど、ある日ふと、聞いてきたことがあったのだ。『私って、ドレス似合うと思う?』と。
レンと二人で、急に何だよってあの時は笑ってしまったが。……ひょっとすると、それはノヴァとのことだったのでは。本当にそうだったのどうかは、今となっては確認することは叶わない。
突然こんなことを聞かれてもブラッドも困惑しているだろう。
なかなかリアクションが返ってこないので、何でもないと話を切り上げようとすれば。
「…………?」
と、不思議そうに首を傾げていた。
「……着たいのか? 別にタキシードで構わないが?」
おまけにその後、素で返され、こちらが頭にはてなマークを浮かべてしまう。
「いや、なんでオレがドレス着なきゃいけねーんだよ」
「俺もできれば着たくはないが?」
「はぁ????」
真顔で言われ怪訝な顔で返答すると、どこまでも真顔でさらに返ってきた。
意味が分からない。だがそう思っているのはブラッドも同様のようで、二人で数秒、眉間に皺を寄せたままお互いの真意を探ろうとしていた。
「……ではアキラ。そう言うお前はどうなんだ」
「へ? オレ?」
「ウエディングドレスに、何か憧れるようなことでも?」
「え、別に?」
淡々と問われ、キョトンとしたまま返す。ブラッドの眉間の皺がさらに深くなった。
目を眇めるようにしてこちらを見つめていた男が、アキラの考えていたことを自分なりに思い巡らせいたのだろう。が、やがて理解できないと悟ったのか一つ息を吐いた。
「……先ほどの質問の意図は?」
時間の無駄とでも思ったのだろうか。ストレートに聞かれる。
改めて問われると上手い説明はできず、視線がつい泳ぐ。顔を近付けて瞳を覗き込んでくるので、うぐぐ……と唸ってから観念してポツリポツリと口を開き始めた。
「あー……、えっと……。こんな撮影してたんだから……。その……、…………け、っこん……? とか……。ウエディングドレスは? とか……。ちょっと、考えたり……してねーかな……って」
白状してしまうと、なかなか情けない。
もしそうだと言われてしまえばこの場から逃走してしまいそうなくらいには、傷つくかも知れない。けれどすでに口からは出てしまった。
至近距離でも視線を逸らしていたものの、いつまでも反応がないとちらりと目の前の男を見遣る。
マゼンタの瞳は、驚きに見開かれていた。
「………………そうか」
ちょうど体感としては一分くらい経った頃だろうか。
一度目を伏せ静かにゆっくり息を吐いたブラッドは、長い睫毛が再び上がった時にはやけに強い光を湛えていた。
「予定変更だ。明日は指輪を買いに行く」
そして唐突に、そう言いきった。
「は!? え、明日!?」
「他にも行きたいところがある。ついてこい」
「ぅえええっ!? な……っ、どこに!? なんで急に指輪!?」
「行けば分かる」
睨むように鋭い瞳で告げるので、今度はこちらが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。
元々明日はブラッドと休日を過ごす予定ではあったけれど。それにしたって、急すぎる。
圧倒的に言葉の足りない男はもう決めてしまったようで、それだけ伝えるとシャワーを浴びるべく歩いて行った。
「……いやいや、マジかよ……」
翌日。何故に突然指輪? と思っていたアキラは、店の前で入口の外観を眺めて足を竦めていた。
どう見てもお高い、有名ジュエリーショップである。
オシャレのためのアクセサリーが急に欲しくなったのかと軽い気持ちでついてきたものの、そうだった。この男はとにもかくにも金持ちで、庶民の行くようなショップに行くはずがなかった。
そんなアキラの気持ちなど察するはずもなく、入口から眩しいきらびやかな店へと涼しい顔でブラッドは入って行く。仕方なく後へ続く。
こんな高そうな店に来るのならば、先に教えて欲しい。
事前に聞いていれば少なくとも羽織物はウィンドブレーカーではなく、もう少し小綺麗なシャツやジャケットにできたのに。
若干気後れするが極力なんて事はない風を装って、店内を見回す。
ブラッドに手招きされ寄って行けば、ショーケースを見ながらどれが良いかと尋ねられる。
「?? え、お前の好きなので良いだろ」
「まぁそれでも良いが。お前も身につけるものなのだから、どれが好みかくらい教えて貰えると助かる」
「へ? プレゼントしてくれんのか?」
「当然だろう」
てっきりブラッドの指輪かと思えば、アキラにも買ってくれるらしい。
気前良すぎだろ……。と口をあんぐり開けてしまうが、そういえばスーツも何でも買い与えてくる男だった。
こいつの財布事情、たまに心配になるよな……と庶民の金銭感覚をを持つアキラがしっかりすべきだと、無駄に自分に言い聞かせる。
デザインと値段を見つつ候補を挙げれば、ブラッドにもスタッフにも試着を勧められる。奥の部屋へ案内され、ソファにまで座らされた。
「……いや、店の中でも良くね?」
「ゆっくり選んで良い」
大袈裟ではないかと目をぱちくりさせるも、ブラッドは優雅に腰掛け、品の良さそうな中年男性のスタッフはすぐ近くに控えニコニコと見守ってくれている。
逆に落ち着かないんだよな……。と思いつつ試着をさせてもらう。デザインもどうするかと言われ、オーダーまでしてくれるのかとぎょっとした。こいつは、どれだけの予算のつもりで来ているのか。
おまけにまだこの後に他のショップの予約もしていると言われ、愕然とする。
考えが甘かった。ブラッドがその辺のもので満足するはずがなかった。これはひょっとして、ちょっとそこまで何となく買いに来たテンションではないのではないかと。
半笑いになりつつ、今日の予定が途端に不安になってくるのだった。
合計3軒のジュエリーショップをはしごさせられ、その隙間にランチとお茶をし。次の場所へ向かう頃には、夕暮れ時になっていた。
よもやの、こんなにも指輪選びに時間と気力を使うとは思わなかった。やけに疲れた。楽しそうだったのは横を歩く男と、ショップのスタッフだけだ。
ブラッドの車でやってきたのは、郊外にある小さな教会だった。
何で教会……? と思いながらついて行くと、礼拝堂の中に入った瞬間に、あ。と気がついた。
見覚えのある祭壇。見覚えのある座席、ウエディングアイル。あの雑誌でブラッドの撮影が行われた教会だろう。
まさに昨夜不安になった場所へ連れて来られるとは思わず、戸惑っていると数歩先を歩くブラッドがこちらを振り返る。微かに微笑み、そのまま真っ直ぐに歩いて行く。
祭壇の前まで進み足を止めたブラッドが、もう一度振り返った。手を差し伸べられる。
「…………え、なん……で……?」
まるであの雑誌のような光景に、何が起きているか分からずただただ驚いていると、呆れたように小さく息を吐いて肩を竦めている。
「どうせ理解していないと思っていたが、本当にここまで来ても分かっていなかったとは」
指先を動かし、来るようにと催促される。動揺しながらみおずおずと近寄って行けば、さらに手招きされた。
それでも何となくそれ以上歩を進めることが躊躇われて、揺れる瞳で見つめていると、ブラッドの方から残っていた距離を歩いて縮めてくる。
じっと見つめられている間も落ち着かない。しばらくアキラを見つめていたマゼンタの瞳が、すっと細められた。
ジャケットのポケットへと手を入れる。取り出したのは小さい箱。
「……あっ」
中身を見た途端に、おもわず声を上げてしまった。
ゆっくり開けられた箱の中にあったのは、紫色の小さな石が嵌められた、銀色の指輪。一番最初の店で試着させてもらったものだった。
いくつか試着したが、やはり恥ずかしくなってあまり興味がない素振りをした指輪なのに。バレていたのかと、耳が熱くなってきた。
つい、目についたのだ。これくらいの小さい石とデザインならば、目立たないのではと。
しかし相手の色を身につけるなどと、人に、むしろこの男に。知られてしまうと何故か負けた気がするので、どうせ買うのならとこれ以外の指輪をリクエストしたのだった。
「う……、ぅぐぐ……」
買っていなかったのではないのか。むしろ3軒回ったわりに結局今日は買わなかったと思っていたのに。悔しさと恥ずかしさで謎の唸り声を漏らしていれば、ブラッドの口許が弧を描く。
「……昨夜、聞いてきただろう。あのような撮影をして、結婚を考えなかったのかと」
静かに紡がれる言葉に、同じ場所であえてそれを言うのかと、耳を塞ごうと上げた腕を、箱を持っていない方の手で掴まれた。
「正直、ずっと考えていた。脳内で、実際に式をしているような気持ちになっていた。今の表情が良いと何度も言われたのは、そのおかげだろう」
何故こんな衝撃の事実を聞かされなければいけないのか。
もうさすがに顔もまともに見られなくなってきて俯きかければ、腕を掴んでいた手が滑り、指と指とを絡ませられる。
「なので、現実のことにしたいと思う。昨日予行練習はすでに半分したようなものだしな。……アキラ」
一瞬言葉を切った声が、名前を呼ぶ。
その声がやけに震えているように聞こえた気がして、つい、視線を上げていた。
「どうか、俺と結婚して欲しい」
真剣な顔で、マゼンタが真っ直ぐにアキラを見つめていた。
何を言われたのかすぐには理解できず、瞬きもせずに見つめ返していると、繋いでいた指にきゅっと力を込められた。
本人が気づいていなさそうな程に力が入っているようで、地味に痛い。しかしその痛みで、ようやく脳が言葉を咀嚼しはじめたらしい。徐々に現実味が出てきた。
「は……、……」
上手く言葉が出てこない。こいつはさっき、何て言っていた。
結婚、はさすがに分かった。マジか。あと、問題はその前。撮影中も……考えていた……?
雑誌の写真が次々と頭の中を流れていく。あの顔も。あの顔も。そう気づいた瞬間に、火を噴きそうなくらいに一気に顔が熱くなった。
「〜〜……っ! 〜〜〜〜〜〜ッッ!?」
ぶわわっ、と真っ赤になっているアキラを見たブラッドが、ようやく安心したように目許を緩める。
「う、ぁ、……っ、え、ぅあ……」
「……さて。あとどれくらい待てば返事がもらえるだろうか?」
気が動転して言葉にならない様子が可笑しいのか、すっかりいつもの余裕のある表情で尋ねてくるのも腹が立つ。腹が立つのに、ツッコミも上手くできない。
心臓がうるさいくらいに大きく脈打ち続けている。下手に口を開くと飛び出すかも知れない。
震えているアキラに微笑むブラッドは、まさにあの顔だ。最後のページの顔。まさかこの顔を向けられるのが、自分だったとは。
ゆでダコ状態のままでいると、目の前の男は勝手にアキラの左手を持ち上げ、薬指に先ほど指輪を嵌め始めた。試着までしたのだ。サイズが合わないなんてことはもちろんない。
いつまでも返事ができないアキラに小さく笑うブラッドが、顔を斜めにして近づけてくる。
そして唇の触れそうな距離で、囁くのだ。
──もう一つの指輪は、来月出来上がるのでもう少し待て、と。
\(^o^)/ おしまい!! \(^o^)/