どの空にだって、 抜けるような青い色。頬を撫でていく風。
そして、暖かい陽の光。
本当に空のようなひとだとチャコは思っていた。
アルペックを見ていると、いつもそう感じる。どこが、というよりも、存在自体が。まるでこの広い空そのものだ。
見上げる空は快晴。旅の途中、小高い丘の上でひと休みしていた。
「あれはウサギやろ〜? あれは〜、うーん……馬! ほんであれが〜……」
空を指差して聞こえる声に自然と唇が弧を描く。浮かんでいる雲の形が何に見えるかを言っているらしい。
子どもの頃にはそんなことを言っていた気がする。成長してからもそんな風に自然に見えているアルは、きっとこの先、大人になっても老人になっても、子どもの時のままの純粋なこころを持っているのだろう。
「……? チャコ、どげんしたん?」
ふと名前を呼ばれ、我に返る。アルと違って空ではなくアルをじっと見つめていたからか、首を微かに横に倒し尋ねてくる。
「いや、アルってホント、空みたいだなって」
「え〜、なんかそう言われると嬉しいな! でも、どこがどんな風に? 自分じゃわからないからなー」
カラカラと笑う声も心地良い。そうだなぁ、と呟くと、うんうん、と小さく頷きながら続きを促される。
「着てる服の印象もあるんだろうけど。まず、青だよね。晴れた青空って感じ。服の青は天気の良い空の色で、髪の色は早朝とかの澄んだ空の色かな」
「へ〜! それからそれから?」
まず、と言ったのもちゃんと聞いてくれていたようで、どんどん促されるのも悪い気はしない。
「あと、これも服の色もあるかなって話だけど、青の次は白かな。真っ白な雲のイメージ。フワフワした感じも、なんか『アル』っていう気がする」
「オレそんなに柔らかくないけどなぁ……?」
先ほどまで見上げていた雲にも例えると、キョトンとした顔で自分の腕や顔を触っている。そういうとこもだけどね、と心の中でつけ足す。
何にも汚されていない、純粋な白。
まっしろで、綿あめのようなきれいな存在。
それはチャコの国の主をも彷彿とさせる。最初出会った時から思っていた。子どものように純粋なところが似ていると。だからこそ、アルにこんなに惹かれたのだろう。
「あとは、目かな」
短く言えば、こちらを見返す瞳と視線が絡み合う。
「キラキラした金色。まるで太陽の光みたい」
まっすぐこちらを見つめる瞳は、濁りのない金色。その色が、チャコを映している。
優しく照らして、ぽかぽかと暖かく照らして。時に、ジリジリと焦げてしまいそうに、強く照らしてくる光。その色が、チャコを捉えて離さないのだ。
陽の光はみんなを照らすけれど、その光を独り占めしたくなるのは悪いことなのだろうか。
光が強すぎれば強すぎるほど、できる影の色も濃くなる。
自分はその影なのだと思っているチャコには、どれだけ手を伸ばしても。どれだけ触れても。アルが手の届かないところにいるような気がする時があった。所詮自分は地上から見上げ、太陽に憧れ、空に焦がれる側なのだろうと。
「んー、つまり……オレって、空のいろんなものになれるってことか!」
日陰の焦燥など考える必要もないくらいの明るい声で、こちらの暗い気持ちが遮断された。
我に返ると、変わらずまっすぐな金色がチャコを映している。
「一人何役もって大変やけん、でも頑張るな!」
前向きな言葉に、毒気を抜かれる。
「オレが空になるんなら、きっとそのうち飛べるのも遠くないけんね」
真に受けるどころか、チャコの言葉を疑うことなく信じてくれる素直さに、勝てないなぁ……とおもわず笑ってしまう。本当に、こういうところが自分と圧倒的に違う。だからもっと欲しくなってしまうんだろう。
「あ、でも一人で全部やるの大変そうだから、チャコは雲やってな!」
クスクス笑っている間に急に振られて、おもわず驚いて目を瞬かせる。
雲……? と言われた配役に怪訝そうな顔になるのは仕方ない。
「いやいや……俺じゃ灰色みたいだし、雲ってイメージじゃないよね」
チャコのイメージは、雲といえば真っ白である。前述の通り、アルや、主のような。汚れのない、白。
そう思うので自嘲気味に呟くのに、アルは言われた意味を考えて、しかし二秒後にはもう笑顔になった。
「でも曇ってる時とか雨の時は、灰色の雲やけん」
そう説明してから手を伸ばしてくる。
チャコの手を取り、もう片方の手は真上の空を指さした。
「だからチャコも雲!」
何も臆することなく、まっすぐに言い切られた。
嬉しそうに細められている金色は、まさに太陽だ。眩しすぎて、強すぎる光に眩暈がする。
「勝てないなぁ……」
元より勝負する気すらないのだけれど、それでも拭いきれない敗北感がいっそ清々しい。
空は手の届かないくらい高いところにある。しかし、常に頭上にはいてくれるから。
「一緒に空、頑張ろうな〜!」
上機嫌で立ち上がるアルに吹き出す。
そういう話じゃなかったんだけどね? と笑いながら、仕方ない体を装ってチャコも立ち上がるのだった。