一番は、難しい「アルにとって、俺ってどんな名称になるんだろ?」
ふと口にした言葉に、ぱちぱち、と音が聞こえそうなくらいに瞬くのは金色の瞳。不思議そうにじっと見てくるその頭が、小さく斜めに傾いていく。
アルの国に来たら、楽しいことばかりだった。さすがはアルが育った国。みんな優しく、すぐに声をかけてくれる。いい意味でお節介。けれどそれが心地良い。
さっきまで、とても仲の良い老夫婦の畑仕事をみんなで手伝っていた。アルが率先して手伝うと手を挙げ、気がつけば俺たちだけではなく何人も手伝いの人が増えていて、一仕事終えた時には老夫婦の奥さんとその娘さんが大きなお鍋いっぱいにスープを作ってくれていたのだ。
帰る途中、アルはしきりに「あんな風に、ずっと仲がいい夫婦でいられるのって、うらやましいな〜」とニコニコ笑っていた。
娘さんも旦那さんを連れてきていて、その娘さん……おばあさんからしたら、お孫さん。も、恋人を連れて手伝いに来ていた。
夫婦、恋人。そんな単語が並んでいく中、ふいに気になってしまったのだった。
「名称?」
「うん。間柄っていうのかな。夫婦、とか。友だち、とか」
小首を傾げたまま聞き返すアルに、質問の意図を説明してみる。そうしたら、また金色の瞳が瞬いた。
ぱち、ぱち。
言われた言葉の意味を考えているのか、首も反対側に倒れる。
相変わらず小さい子どもみたいな反応をするなぁと微笑ましくなる。うちの主の反応とホントに似てるんだよね、と、つい口許が緩む。
しばらく考えていたらしいアルは、やがて「うーん……」と声に出してさらに首を捻った。
「友だち、は絶対だよな」
「ありがと」
「なんなら親友〜とか、仲間〜とか。そういうんも、あるけんね」
指を折りつつ挙げていく名称は素直に嬉しい。でも、もう一踏ん張り欲しい言葉がある。
この旅の途中で、気持ちは伝えた。関係性でいえば、もうとっくにそうなってるんじゃないかと思うのに。
なかなか言ってくれない名称を、表情には決して出さないように、でも祈るような気持ちで待っていると、ウンウン唸って考えていたアルは、
「もうなんか、そういうん全〜〜っっっ部ひっくるめて、チャコは〜っ。いっちばん大事なひと!」
そう言い放った。眩しすぎる笑顔で。
アルらしい言い方に感動している間に、悪気なくさらに一言付け加えられた。
主と同じくらい! と。
「………………50点かな」
「えええっっ!? いつんまに採点しちょったん!?」
あまりに澄んだ瞳で言われるので、こちらの目に光がなくなってしまう。つい半笑いで言葉が漏れると、心底驚いた声を上げられてしまった。
分かってはいたことだけれど。
自分だって、そうではあるのだけれど。
それでも、今じゃないんだよな〜……と恨みがましい目で見つめてしまうのを許して欲しい。
急に採点されて、アルの唇が尖る。ほっぺはぷぅと膨らんでいて風船みたいだ。
「じゃあ、チャコは? 主が一番じゃないんか?」
案の定きっと聞かれるであろう質問が来るので、だよね。と、ニヤける。
「俺は、主とアルとだと、別のベクトルで考えてるから。俺の中の棲み分けが違うっていうか。だから、それぞれで一番かな」
食えない顔でしれっと答えたら、数秒目をまん丸にしていたアルが「はああぁあ!?」と耳が痛くなるくらいの音量で叫んだ。
「そげなん、ずるいやないか!!」
抗議するアルはぷるぷる震えている。怒ってはいない。けれど、本当にずるいとだけ思っていそうで、悔しそうにわーわー喚いているその瞳はだんだん潤んできた。
かわいいなー……と目を細め、一歩、近付く。
おもむろに手を伸ばして後頭部を包む。そのまま引き寄せてから、ずるいずるいと続ける口を唇で塞いでやった。
「……さて、問題です。こういうことをする人たちの名称は? アル、わかる?」
唇と唇の隙間で問う。至近距離にある金色の瞳が、極限まで見開かれている。
特大ヒントを与えてあげたのだから、そろそろこちらが望んでいる名称を言ってくれてもいいんじゃないかな。そう期待してじっと見つめる。
だって、目の前で魚みたいにパクパクと口を開いているのは、紛れもなく。
俺にとっては一番大切な、『恋人』なのだから。