犬も食わない■ただのらくがき。願望。知識ゼロ。私が書きたいから書いただけ。なんも知らんけど、とにかくあのステ魔王は絶対に顕如さんが好き。
今思い返すと孫一編でも孫一のこと気にかけて戰場にいる顕如に「今のお前とは戦わない」的なこと言ってたもん。好きじゃん。
暴動は沈静化し、諸悪の根源であった毛利元就の軍勢は引いていった。
被害を受けた民の保護や犠牲となった命を弔うのは顕如を筆頭に彼を慕う者達だった。
集う門徒達に指示を出していた顕如は現れた信長の姿に手を止める。その様子で周囲を囲う門徒達も一斉に信長に気づき 総毛立つ。その中心で顕如が静かに錫杖を上げれば、それだけで門徒達はすぅと身を引いていった。
信長は背後に従えていた光秀をその場に留め、単身ゆっくりと進み出る。その表情や姿勢に敵意はない。意図を汲んだ顕如も同じくゆっくりと自陣から進み出た。
互いに近くに人を置かず、二人きりで対話するのはほとんど初めてだった。向かい合わず、二人の視線はボロボロになった町に向いている。
「まずは礼を言う」
信長の第一声はそれだった。
「此度の暴動、我軍だけではここまで速やかに沈静化させることはできなかった」
「……私は私に出来ることをしたまでだ」
復讐だけに身を焼いて生きてきた。この手が持つ強さはいつの間にか何かを奪うばかりだった。彼女に気付かされたこの強さの使い方で、救えたものもあっただろう。だがしかし喪ったものの多さを思えば、礼を言われる立場ではない。喪ったものはもう戻りはしない。帰蝶の自白を受けてから胸の多くを占めているのは、帰蝶への怒りよりも己の未熟さへの後悔だった。
神妙に己の手の平を見つめる顕如に、信長はそれ以上の慰めは言わずに要件を告げる。
「帰蝶への処罰を決めた」
顔を上げた顕如は眉を潜めて信長を見やる。
「監視を兼ねて異国商館の館長を続投させる」
「なぜそれを私に言う」
顕如は処罰の内容ではなく、それをわざわざ一報入れる信長の姿勢を訝しんだ。信長は軽やかな自嘲を込めて言う。
「ヤツに謀られたのは俺だけではないだろう」
「では私が死刑を望めばそれを下すと?」
「いいや。決めるのは俺だ」
「…………」
うっそりとした目で返しても、信長はけろりとしたものだった。
帰蝶への感情は複雑だ。彼が起こした事件の数々は決して許せるものではない。多くを喪うきっかけになっている。
けれど今の顕如の中にあるのは恨みだけではなく、自身への憤りもある。あの時、感情に任せて突き進まずに踏みとどまって冷静に考えれば気づけるものもあったのではないか。謀られたのは確かだが、感情に任せて戦を始めたのは紛れもなく自分自身なのだ。
何もかもが帰蝶の責任ではない。死は必ずしも償いではない。信長の態度には癪に障るところもあるが、その判断には異論はなかった。
「顕如」
返事はせず視線だけでなんだと続きを促す。信長は不敵に笑っていた。
「例えば俺がもう一度文を送ったら、お前はどうする」
「絵空事だな」
人は過去には戻れない。犯した過ちは無にならない。ピシャリと即答した顕如に信長は声をあげて笑う。
「真面目だな。例えばの話だぞ」
「お前とそんな空想を語るつもりはない」
「俺とお前が組んだら天下統一の大成も絵空事ではないだろう」
「では私が決めたことにお前が従うと?」
「いいや。決めるのは俺だ」
「…………」
うっそりとした目を返しても、結局信長はひらりと交わして笑うだけだった。やはり好ましい男ではない。
「顕如」
「〜なんだ」
しつこいぞと苛立ちを込めて見やれば、信長の笑みはもう冗談ではなく芯に入ったものだった。
「お前の働きは僧にしておくには勿体無い。間近で見て確かにそう感じた。だが、お前ほど人を救える僧もそうはいない」
それは奇しくも親交のある信玄が顕如を説いた時と同じ言葉だった。激しい敵意をぶつけ合った信長さえもそう感じるのだ。顕如はどれだけ鬼になろうとその根にある優しさを感じさせる。暴動の中で背中を合わせたあの瞬間の安定感は、認めよう。
「俺は本当に貴様に文を送るやもしれないぞ」
微かな本心を滲ませる信長の笑みを、顕如は鬱陶しく一瞥する。
「ならばせいぜい裏切らない家臣に託すことだな」
「ハハッ。確かにな」
笑い事じゃない。ケラケラ笑い飛ばす信長には、どうやら何を言っても暖簾に腕押しだ。
やれやれと息をついていれば、顕如の後方には不安げな門徒達に連れられた信玄がやってきていた。門徒達は心から慕う顕如があの宿敵織田信長と会談する事態に戸惑っていたようだが、信玄は大らかにその様子を見守っているようだった。
迎えを察した顕如は小さく息をつき、挨拶もなく信長から離れいく。その背中へ信長はやはり軽やかな調子で声を掛けた。
「ぱーてぃーには参加しないのか」
「断る」
こちらを見向きもせずに返ってくる即答に、信長はどこか満足げだ。魔王の申し出を断るとは。
「強情なやつめ」
そう笑う信長の後ろに歩み寄っていた光秀はふふと肩をすくめて囁く。
「似た者同士……」
武力の強さ。決断力。判断力。人望。懐の深さ。
その背中についていこうと思わせる強さ。
「頑固者ですねえ」
「何か言ったか光秀」
「いえ?」
鬼と魔王。いつか本当に同じ方向を向く日が来たら、····それはおそらくこの国の後世に残る大事件だ。