「永遠と刹那の狭間で」18.龍神召喚18.龍神召喚
大坂に戻った七緒たちはいつか来るかもしれない戦に備えることとなった。
三成は争いを避けたい。
だけど、カピタンは争いを起こさせている。理由はわからないが、武器を豊臣に売っていることを考えてもおそらく殺戮を望んでいるのだろう。
「淀殿にも困ったものだ。冬の戦を見てもわかる通り、豊臣に勝ち目はない。ただ、徳川にひれ伏したくないという意地だけでこの先も争いを起こしそうだからな。まあ、だからこそカピタンにつけこまれたのだろうが」
三成が溜め息をつく様子を七緒は幸村とともに見つめている。
幸村が自分が徳川の目を引き付け、その間に三成が淀殿たちを連れて逃げ出すという作戦も思いついたが、おそらく当人たちは納得しないであろう。
「そういえば、カピタンの動きに警戒しているのは三成、君だけではなかったな」
幸村が何かを思い出したかのように呟く。
「というと?」
その言葉を逃さず、三成も反応する。
「ほら、三成が兼続殿に竹生島に行くように言いましたが、徳川でも同じことをしていたようです」
「なるほど。つまり、我らが反目しあっている間に漁夫の利を得るものがいるということだな」
「ええ、そういうことです」
かつて同じ八葉としてともに行動していたとはいえ、それは彼らにしてみればかなり昔のことであるし、一時のことに過ぎない。
だけど、ただの敵陣の者が伝えるのと、同じ目的で行動をともにしていたものが伝えるのでは、受けとる側の印象は異なるであろう。
受け入れられるかわからないが、やってみないとわからない。
「阿国を通せば伝わるはず」
幸村は紙を取り出し何やら書き出す。そして、使いの者に持たせた。
これが少し先の自分たち、果てには日の本のためになると信じながら。
三成が懸念していたにも関わらず、やはり裏で糸を引いているものがいたせいだろうか、春になると戦いが勃発した。
カピタンが豊臣に武器を売っているという情報は本当だったのだろう、豊臣側は人数的には不利だったが七緒の世界の歴史よりも有利に進んでいるように思えた。
しかし豊臣は急ごしらえの隊も多く、また兵力にも徳川には劣るため、人と人との争いでは不利な面もあった。
一方、徳川も豊臣が用いる南蛮の武器相手に苦戦しており、双方ともにかなりの血が戦場に流れていった。
「幸村さん、大丈夫かな……」
争いを避けたい三成や幸村の思惑に反し、豊臣と徳川の戦いは激化していった。
そして、幸村もついに挙兵する日がやってきた。
事前に五月から大まかな流れを聞かされた七緒は、その運命を覆せる瞬間が起こらないか高台から見守ることにした。
視界の真ん中に幸村の赤備えが威勢よく徳川に突っ込むのが見える。
そして、やはり南蛮の武器の威力は凄まじいらしく、幸村の動きを援護するようにも見えた。
しかし、そのとき七緒は人とは異なる存在、それも多数のものが幸村を襲いにかかっているのが目に入る。
それが南蛮怨霊であることに気がつき、七緒は思わず幸村のもとへ駆け寄っていった。
溢れ返る人混みを縫い、奇跡的に幸村のもとへとたどり着く。
そう、鉄砲隊がいることを考えると、死なずにたどり着けるのは奇跡以外の何物でもない。
「幸村さーん!」
喧騒の中にある戦場とはいえ、やはり愛しい人の声は格別なのだろうか。
七緒の声が耳に入ったのか幸村が振り返るのが目に入る。
「七緒!」
その瞳は嬉しさと怒り、その両方が含まれていた。
確かにそうだろう。
会いたい気持ちももちろんあるのだろうが、一方で愛する女性にはできる限り、安全なところにいてほしい。それなのに戦の中心地まで来てしまったのだから。
でも、ここまで来たからこそわかることがいくつかある。
それは幸村の攻撃に対し、徳川はさほど抵抗を見せないことと、そして南蛮怨霊が狙っているのは幸村ただひとりであるということ。
……なぜ幸村さんを狙うの!?
この近くのどこかにカピタンがいるはず。だけど、彼の意図は掴めない。
優れた武将だからか、それとも龍神の神子である自分と懇意にしているからか。
ただ、徳川が手を抜いているとはいえ、争っていることには変わりないし、南蛮怨霊は数を増すばかりだ。
龍神を呼ぼう。
この間、自分の力を譲ったあの白龍を。
そうすれば少なくとも怨霊相手に幸村が体力を削がれることはない。
その決意が伝わったのだろうか。
天に向け両手を開く仕草を見せた七緒の手を幸村が押さえつける。
「おやめください」
その顔は青ざめていた。
そして、涙が浮かんでいるような気すらしてくる。
「確かにあなたは龍神であったがゆえ、他の者より力はあるかもしれません。でも、神子が召喚した龍神に呑み込まれてしまう。そんな伝承だってあります!」
七緒は小さく首を振る。
そして、凛とした光をたたえて幸村を見つめる。
「私の地上に残りたいという気持ちと、幸村さんの私に地上に残ってもらいたい気持ち。それらが組み合わされば大丈夫です。必ずここに戻ってきますから」
七緒の強い意思を感じ取ったからだろうか。押さえられた手から力が抜けていくのを感じる。
そして、その手を握り返す。
本当はこわくないと言えばウソになる。
確かに白龍を召喚した神子がその力の大きさに耐えきれず地上に戻れなくなった例があることも自分は知っている。
大丈夫だと信じていたが、こわい気持ちがあるのも事実。だけど、自分に言い聞かせるしかない。ちゃんと戻ってきて、幸村との幸せを掴もうと。
「わたしのことをあねさまと慕ってきた白龍がそんな意地悪なことをするわけはないです。それにこの戦いを終結させるには私が力を使うのが一番手っ取り早いのです」
すると覚えのある声が聞こえてきた。
「私も手伝うわ」
振り返るとそこにいたのは一美だった。彼女もこの戦いをくぐり抜けて駆けつけたのだろう。ただし、彼女は黒龍そのものであるため、常人と異なる力を持っている可能性が否めないが。
黒龍の神子が持つ使役の力。それを駆使していると思われ、怨霊が近くに、でも幸村を攻撃させないように集まってきている。
そろそろいいだろう。
そう思って七緒は何度も告げた文言を口にする。
「めぐれ天の声、響け地の声。彼のものを封ぜよ」
あたり一面に光が差し込んだかと思うと、先日自分が力を分け与えた白龍が悠々と空を舞っているのが見えた。
出会ったときはあの小さかった白龍がそうしている姿を見ると不思議な気持ちになってしまう。
辺りにいた怨霊たちは姿を消し、残るのは人間のみとなった。
もっともその人間たちも突如現れた龍神によって戦意を喪失しているものがほとんどであったが。
「これで終わったの?」
「そのようですね」
戦いが終わった合図は聞こえてこないが、剣や槍を握っているものはほとんどいないため、実質的に終わったに等しいだろう。
あたりを見渡していると、七緒は見知った影が横切るのを見た。
記憶よりも年を重ねたとはいえ、あの装束に引き締まった体躯の持ち主とあらば心当たりはひとり。宗矩だ。
近くに潜んでいたであろうカピタンを見つけ出し、そして縄で捕獲し、どこかへ連れ去ろうとしている。
幸村が徳川の者に伝わればいいと願って出した手紙は決して無駄ではなかったらしい。
豊臣と徳川で分かれてしまったとはいえ、この日の本の静謐を乱す存在を許さない気持ちは同じだったらしい。
「ただ、三成殿の姿は見えませんね」
「そうですね……」
淀殿を説得して逃げたのか、それとも別の目的があったかはわからない。
ただ三成がこの近くにいない。それだけは事実であった。
「ただカピタンが捕らえられたということは黒龍の解放もできますね」
「ええ」
この異世界にやってきた本来の目的は黒龍を解放すること。
最初に来たときは手掛かりが見つからずにいたが、今なら解放できるかもしれない。
七緒は仲間たちと合流して戦場を離れ、竹生島に向かうこととした。