届かない想い side:関「関さん、お疲れ様です」
「ハヤト、悪いな。呼び出してしまって」
金曜日、関にとっては毎週恒例の見回りの日。
そして、世間ではバレンタインデーでもある。
そんな日に関は以前から面識のあるハヤトと待ち合わせをしていた。
場所は池袋西口の東京芸術劇場前にある公園。
かつてはブルーシートが張られてホームレスが生活していたとも聞くが、今はその面影はなくなっている。しかし、やはりヤンチャな若者が週末の夜を満喫しており、違う意味で街に危険が迫っていることに変わりはない。
そんな若者たちの中から人懐っこさを感じさせる笑みを浮かべたハヤトは駆け寄ってきた。
「今年もすごい豊作ですね」
そう言いながらハヤトが視線を送ったのは関が持っている紙袋。
中にはぎっしりチョコレートが詰まっている。
「ああ、これでも半分くらいなんだが……」
そう言いながら関は困った表情を浮かべる。
ひとりでは消費しきれないチョコレートの山。
そこで、既製品のものに限って、ハヤトに受け取ってもらうことにした。
贈り物は相手に渡す時点で役目を果たす。自分にそう言い聞かせながら。
もちろん、そこに添えられたメッセージは抜き出している。また、誰からもらったかもきちんとメモを残している。来月のホワイトデーにきちんとお返しができるように。
「そういえば、今日はマトリのお姉さんはいないんですね」
関からチョコレートが入った紙袋を受け取ったハヤトは何かに気がついたかのように、そう話す。
関もここ最近、玲に対してぎこちない態度を取っていることを自覚しながら話す。
「ああ、別に『彼女』というわけではないからな」
そう話していながら胸が痛むのはなぜだろうか。
本当はわかっているのかもしれない。自分の気持ちに。そして、無意識に求めているのかもしれない。彼女の温もりに、そして、彼女自身の存在を。
だけど、今はまだ気がつかないフリをしていたい。今なら引き返すことができるから。
「でも、お姉さんからはチョコレート、もらったんですよね? だって、関さんのことが大好きというオーラが伝わってきたから」
ハヤトの何気ない一言で、関は夕方から気にしていることを思い出す。
いや、バレンタインという行事で周りから浮かれる空気を感じたときから、意識していたのかもしれない。
少し前から気づいていた玲の自分への好意。
そして、バレンタインデーに玲は自分にチョコレートをくれるものだとてっきり思いこんでいた。
だから、外出から戻り、自席についてからも気が気ではなかった。さりげない形でチョコレートを渡してくれるのではないかと思って。
だけど、そんな素振りも見せることはなかった。
もしかすると……そんな淡い想いを抱いて自席に積み上げられていたチョコレートをひとつひとつ確認しても彼女の名前を目撃することはできなかった。
そのことに落胆している自分に驚きつつも、もっと驚いたのは机に向かって業務に励んでいる玲から涙がこぼれていることだった。
理由は思い当たらない。
自分にチョコレートが渡っていないことと関係あるのか、それともまったく関係ないことなのか。
あいにく察することができるほどの判断能力と人生経験は持ち合わせていなかった。
ただ言えるのは、涙を見せた彼女を見て胸が傷んだことと、そんな彼女がチョコレートをもらえなかったことに思いの外ショックを受けていること。それだけだった。
そのとき、ハヤトから茶色の破片が一片渡された。
「関さん、これあげる。って、もともと関さんがもらったものだけどな」
見ればそれは誰かからもらったチョコレート。正直なところ、誰から渡されてものなのか、判断することは難しい。
そんな自分の冷淡さを自覚しながらハヤトの好意に甘えてチョコレートを口にする。
「苦いな……」
それなりに人生経験を積んだから、ビターな味わいを楽しむことはできるかと思った。
だけど、想像とは異なり、苦さが口の中に残り消えることがない。
それはまるで今の自分の気持ちのように。
「じゃあ、ハヤト、またな」
そう告げて関は見回りを始めることにする。
周りに溢れているスイートなカップルたちからも、自分の中に残るビターな感情からも逃げるかのように。