想い重なるまで、あと半歩「なんか今回もすごかったですね」
「ははは、そうだな」
3月14日、土曜日の未明。
泉玲と関大輔は金曜日の夜恒例の見回りを終え、帰路についていた。
ここ1ヶ月ばかしは玲の仕事が忙しかったり、はたまた関にどんな顔をしていいのかわからないこともあり、見回りは関一人で行うか、あるいは見回りそのものもしなかった日もあった。
だから、この日は久しぶりの二人での見回りとなった。
相変わらずハヤトには「セフレ」だの「関さんがそんな地味なおねーさんを相手にするわけない」だの失礼なことを言われた。
でも、その言い方は自分のことを軽蔑しているのではなく、仲間として接してくれているからこその態度。あくまでも玲の思い込みかもしれないが、そんな気がした。
そんな気さくなハヤトとは対照的に、今日も北池袋はあちこちで小競り合いが繰り広げられていた。
幸いというべきか、薬物取引と思われる現場は遭遇していないが、夜に徘徊している若者はいつ薬物取引の標的にされるかわからない。
ときに関はケンカの仲裁にも入り、玲は見ていて気が気でなかったが、幸いケガはしなかった。
とはいえ、玲は慣れないシーンの数々。安堵のため息をついたのは、関の車がマンションの駐車場についてからだった。
車を降りようとした玲に対し、関は後部座席に手を伸ばし、そこに置いていた何かラッピングされた小箱を渡してきた。
「泉、これ」
状況がつかめない玲は目をぱちくりする。
「!? なんですか、これ。お菓子みたいですが」
そんな玲に対し、関はちょっと困ったかのように目を細める。
「ホワイトデーだから。いつも頑張っているから、これくらいのプレゼントはさせてくれないかな……?」
「だって、私、関さんにチョコを渡していないのに」
先月のバレンタインデーを思い出すだけで悲しいような落ち込んだような気持ちになる。
本当は他の誰よりも気合いを入れて選んだチョコレート。
だけど、自分の自信のなさから渡すことなく机にしまったチョコレート。今は自宅に持って帰り、冷蔵庫に大切に保管されている。
冷蔵庫を開くたび、関にふさわしい女性とまではいかなくても、せめて関にチョコレートを渡せる女性になりたいという決意を新たにするために。
もっとも、その決意は夜にアルコールを口にすることで消えてしまうが……
「チョコをもらったもらっていないは関係ないよ」
関の表情は変わらない。
だけど、その言葉を表面通り受けとるなら、関は単なる義理の気持ちで渡してきた訳ではなさそうだ。
日頃の玲の行動を評価して、プレゼントしてきたものと受けとることができる。
「それとも、今日は誰かと会う予定の約束があったりするから、俺に渡されると困るのかな?」
探るような関の瞳。
それは何を聞いているのか玲は察した。
ここ最近出会い、そして急激に距離が縮まった穐山。
落ち着いた雰囲気の彼は目の前にいる男性にどことなく似ていて、気にならないと言えばウソになる。
でも、やっぱり関を好きな気持ちを曲げたくないし、そのために他の男性の胸に飛び込むこともしたくなかった。
そこで彼には丁重に断りを入れた。自分は関のことを上司として以上の感情を持っていると話すことも含めて。
「いえ、そんな人はいないですから。それにホワイトデーに関さんからもらえて嬉しいです!」
昨日はホワイトデー前日ということもあり、玲はマトリをはじめとした仕事上つき合いのあるものからお返しをもらった。
そして、おそらく関も先月のお返しを昨日のうちにできる限り済ませただろう。
だけど、わざわざホワイトデー当日にプレゼントしてきたということが玲はうれしかった。
玲の無邪気な言葉に関は驚いたらしい。
普段は切れ長の瞳が丸く見開いている。
玲はとんでもないことを言ってしまった気もするが、関がそれ以上何も問いただしてこないので、何も言わないことにした。
「このお礼と言ってはなんですが、ビールご馳走させてください!」
十分後、玲と関は駐車場からそれぞれの部屋に戻り、そしてベランダに出ていた。
玲が部屋から持ってきた同じ銘柄のビールで乾杯する。
「ごめんなさい、今年、チョコを渡しそびれて」
胸に小さな痛みを感じながら玲は関に詫びる。
「いや、あの日は俺も外出していたからな」
対する関の顔も心なしか歪んでいる。
その気持ちの真意を確かめることはできないが、玲はほんの少しだけ期待してしまう。
関が自分からのチョコレートをもらっていないことにショックを受けていたのではないかと。
外出という言葉で自分を防御しているが、心の底で考えているのは違うことではないかと。
「来年こそは関さんにチョコを渡しますね!」
「期待しているよ」
今年は無理でも来年の自分ならできるかもしれない。
そんな期待を込めて関に述べる。それは関に対してというより、一年後の自分に向けてのもの。
そして、「期待している」という関の言葉に玲の方こそ関との甘い未来を期待してしまう。
恋愛をしないと決めている人なのに。
自分はもったいない人間だとわかっているのに。
でも、その瞳の甘やかさが玲のネガティブな感情を流していくのを感じる。
まだ重なりきらない二人の関係。
でも、二人の想いが交錯するのはそれから間もなくのことであった。