現パロ「Hey, can I ask you something」
あ、まただ。こうして外国の人に声を掛けられる事は日常茶飯事だ。
日に焼けたような褐色の肌にエメラルドグリーンの目─俺は生まれも育ちも日本だけど、両親はオーストラリア人だ。
一応、日本の教育は英語を教えている、でも正直実用レベルのものでは無い。それ故に、こんな見た目をしておきながら俺は外国語はサッパリだ。
「あー、えーっと、そーりー、あいきゃんとすぴーく…」
「Oh!きみ、日本人か!」
声を掛けてきた彼は俺と同じような褐色の肌に、海のように煌めく青い瞳をした背の高いハンサムな青年だった。
(うわ、モデル…?)
「ゴメンナサイ!言葉、あー、わかるとおもって」
その人はたどたどしくも日本語でそう言うと片眉をさげて困ったように笑った。
「あ、こちらこそ、えっと…」
よく見ると彼は大きなスーツケースを引いて地図を持っていることに気がついた。道案内か…それくらいなら、スマホもあるし何とかなるかもしれない。
「あ、あーゆ…Are you lost…?」
「!」
迷子なのかと聞いてみると、コクコクと頷き彼は地図と何か走り書きされたメモ用紙を広げた。
…なるほど、マンションか。観光地なら今時迷うことも無いだろうが、マンションとなると外国の人がスマホで検索するのも難しいだろう。
恐らくこの人はこれから日本で暮らすんだ。モデル…というのもあながち間違ってないのかもしれないな、と思いながら俺はメモ用紙に書いてあるマンションの名前を自分のスマホに入力して、現在地からの経路をペンで地図にざっくりと書き記した。
「オレは、ウェド」
「俺はテッド、名前もこんなだけど日本人」
「テッド…!Gracias、アリガトウ!」
「もう迷わないといいね。じゃ!」
グラシアス…思わず名乗り返してしまったがウェドと名乗ったあの人はラテンの国から来たんだと察っすることができた。なるほど通りで顔立ちがハッキリしていた訳だ。
(そんな遠くから、日本でひとりなのかな…)
ついついお節介焼きの血が騒ぎかけたが、俺がマンションまでついて行ったところでまともにコミュニケーションもとれないのに何になる、と自分に言い聞かせ踏みとどまる。
でも、こういう事もそのうちなくなるはずだ。
前々からこうした容姿とのギャップに悩む事があったのと、両親がオーストラリアに戻り住むことになったのを切っ掛けにこの春から俺は大学で外国語を専攻した。
両親と離れ日本に残った俺は、今のところオーストラリアへ行くつもりは無いけれどきっと学んでおいて損は無い。他にやりたい事も無かったしね。
(もう少し後ならウェドさんとも普通に会話出来たかもな)
なんて、ペラペラと英語で話す自分を想像して口元が緩む。ニヤけた口元を隠すように手を上げたところで自分の腕時計が目に入った。
「うわ!やば、時間ない!」
止まっていた足を動かし人混みを掻き分けテッドは駆けて行った。
***
「うー、お腹空いた…」
案の定バイトに遅刻したことで休憩時間返上、夕飯を食いっぱぐれてしまった。こういう時は、”あそこ”に限る。繁華街の喧騒から一本それた道、立ち並ぶビルの一角、地下へ伸びる階段を降りた先にある小さなバーの扉を開けると扉に付けられたベルがカラカラとレトロな音を鳴らした。
「いらっしゃ…って おー、テッドじゃないか」
「アルさん久しぶり」
「お前、まーたタダ飯食いに来たんだろ」
「へへ、ご名答!いいだろ、どうせ今日も暇なんでしょ」
「言ってくれるな…ここは社会に疲れた大人の”忘れられたオアシス”なんでね、客が少ないのはいい事なのさ」
「はいはい、オアシスね、知ってるって」
オアシス…というのはオーナー、アルさんの口癖だ。とはいえこのお客さんのなさ、オアシスどころか、そのうち店乾涸びちゃうんじゃないのかな。
客の姿の見当たらない店内を横切りカウンターに腰掛ける。勉強にバイトに忙しく、ここに来るのは久しぶりだったけど、居心地の良さは変わってない。いつもの様に空いている席に鞄を置いて顔を上げるとカウンターの奥から思いがけない人物が現れた。
「は?え、ウェド、さん!?」
「WOW!テッド!?」
アルさんと同じくらいの背丈故に入口からは死角になって気が付かなかったが、バーテンダーの制服に身を包んだウェドさんが驚き目をぱちくりさせている。
「あ?なんだお前たち知り合いだったのか」
「それはこっちのセリフなんだけど!モデル…じゃなかったんだ…」
「こいつ、さっき飛び込んできてよ、働きたいんだとよ。手当り次第あたってたらしい。」
確かに、確かにあのマンションはこの店の近くだ。だけどそんな偶然ってある!?
状況が飲み込めず次の言葉が出てこないでいると突然店の扉が大きな音を立てて開いた。
「てんちょー!おはよーございまあーすっ!」
「サリア!おま、いつも言ってんだろ扉壊すぞ!お前今日も早いな…シフトは一時間後だぞ…」
「えへへ〜店長っ!シフトまであたしの話聞いてくださいよ〜!」
店内の様子どころか新人スタッフのこともお構い無しにアルさんしか見えていない女の子が嵐のような勢いでアルさんをカウンターから引っ張り出し奥のソファに陣取った。あれは一時間所では終わらないだろう…俺の夕飯…
二人に気を取られているとそっとカウンターにチェイサーが置かれ、視線を戻す。
「テッド、また会った」
にこにこと嬉しそうにしているウェドさんと目が合い何だか照れくさい。
「えと、マンションには着けた?」
コクコクと頷くウェドさん。
「まさかウェドさんがここで働くなんて…俺も前ここで働いてたんだ。時給良くなくて辞めちゃったんだけどね」
言葉では伝わらないだろうから、トントンと指でカウンターと自分を交互に指した。
するとウェドさんの顔がパッと咲いて、
「テッドも、ここ居る?」
と期待の眼差しを向けられた。う、やっぱり身振り手振りでちゃんと伝えるのは難しい。勘違いさせて申し訳ないな、と思いながら首を横に振る。
でも、これはいい機会かもしれない。
ここに来ればウェドさんに会える。それはつまり自分が学んだ語学が実際通じるものなのか実践にもなる。
この出会いが自分にとって変化をもたらしてくれる、そんな予感がしてカウンターの中の彼を見詰め微笑んだ。