ー 影と光 ー.
⚠すべてが捏造です。なんでも許せる方むけ。
ーーー
寂雷さんのバトル相手は、空却だった。
かつての仲間とかつての相棒が、ラップバトルをしている。
シンジュクとナゴヤの闘い。
2nd DRB 第二戦目。
「今日…、だったのか…。」
スマホの画面で時間を確認する。
呼び出された時間まではまだ余裕がある。俺はそのまま足を止め、窓の向こう側を再び覗いた。
微かに聴こえる音。
6人の誰の声とも分からぬ混ざり方には、どうしても窓越しのもどかしさを覚える。
聴き慣れている寂雷さんの声も、
耳慣れているはずの空却の声も聞き分けられない。
窓に触れた掌を通して伝わってくるのは、歓声とビートにより生まれた振動。
地鳴りのような響きが、ここの空気を震わせている。
会場の熱気は触れずとも分かる。
つい先日、自分たちがあの中心にいたのだから。
俺たちBusterBrosは、すでにオオサカとのバトルを終えている。
今日は観客席でも控え室でもなく、中王区から呼び出されてこの廊下を通っただけ。
なんせ他のディビジョンのバトルの日取りは一切知らされない。俺たちは、中王区から指定のあった日時に会場に向かう、それだけだ。
いま俺は偶然にも、廊下の一部分が窓になっている箇所を通った。
窓の向こうはバトル会場のメインホールで、会場内のどの観客よりも一番高い箇所から見下ろす形になっていた。
この窓になんの意味があるのかも分からない。高みの見物用のVIP席でもなければ、照明やミキサー卓があるような技術席でもない。なんの変哲もない、おもしろみもない普通の廊下。
人知れず、会場全体を見渡せるだけの広い窓。
そこから俺は、灰色と紫の光の波を見た。
そして、その中心にいる空却を見た。
最後は2年前、17の時。その時と変わらない赤髪が派手に目立つ。
初めて見た時と変わらないあのスピーカーの龍が、光を放ちながら会場の空を舞う。
一進一退の攻防。互いに一歩も退かない激しい闘いが繰り広げられていることだろう。試合運びは分からないが、寂雷さんのスピーカーが幾度となく光りを放っていることは分かる。仲間を回復している証だ。
ターン制であるDRBにおいて、1バースを回復に使うということはつまり、1回分の攻撃権を流すことになる。伊弉冉さんとカンノンザカさんは攻撃し続けているようだが、アビリティは未だ発動していないように見える。恐らく二人のアビリティは見た目に分かりやすいく出るはずだから。
初めて闘う相手であるナゴヤへの使いどころの難しさもあるだろうが、そもそもの相性が悪い部分があるだろう。
空却のアビリティは、寂雷さんと性質が似ている。
回復と防御がメインの守り特化型。
伊弉冉さんが【魅了】したところで操れる効果もあまりなく、カンノンザカさんの【狂化】も相殺される可能性がある。
乱発できない切り札的なカンノンザカさんはともかくとしても、伊弉冉さんの【魅了】がこれほどまでに抑えられているとなれば、ナゴヤの二人のアビリティとも牽制しあっているということなのだろう。
相手の出方をうかがいながら、自分たちの手の内は明かさない。僅かな隙もないバースの応酬が続いた中で、ついに場が動いた。
空却の合掌
アビリティ発動のためのモーション
瞑想に入るための作法
頭を下げ、着座し、深く息を吸い、はく
見習い僧侶の精神統一
空却の強さは、
攻撃を手放す強さだ。
底知れない胆力と度胸が支えるこの強さ。
失ったものを癒すというよりも、
積み上げてきた己のスキルを全て出すために底上げするイメージ。
この強さの隣で、
相棒として立っていた時が俺にはあった。
空却に俺の背を任せ、
空却が俺に背を任せていたあの時期。
互いに自分自身の力を最大限に発揮するためにスキルを磨いた。
一触即発のドンパチや野良の吹っ掛けが日常という世界で、上品に自分の順番を待って歌い始めるなんてことは無かった。守るだとか守られるだとかの話ではない。目まぐるしく攻守を入れ替えながら相手を片っ端から潰していく。
この隙の無い連携が、俺たちの積み重ねたスキルであり武器だった。
「てめぇの会心一撃は、まさに “言葉を絶する強さ”だなぁ一郎。」
はじめてマイクを通して、
はじめて領土を勝ち取った時、
百舌九さんに出された高い水を一気飲みして空却が言った。
そうだ、言葉の取り合いだ。
相手から言葉を奪った方が勝つ。
言葉を失わせれば良い。黙らせた方が勝つ。
「一郎と対峙するはめになった有象無象は、つくづく災難だなァ。」
そう言われて俺はなんと返事をしただろうか、
今となっては何かも思い出せない。
ーーー
「空却さぁぁーーーん!」
「なっ、十四、てめっ!なにしやがんだ!」
数分前に初めてのラップバトルを、さらには前回チャンピオンとの激闘を終えたばかりとは思えないほどの叫び声が響き渡る。
会場から出てすぐ、控え室に向かうための階段を降りようとしたところで十四が後ろから空却の肩を掴んで前後に揺さぶった。
「だっ、やめろ!」
「もーーー空却さん、約束が違うじゃないっすかーー!!」
「はぁああっ?!!」
日頃から師匠に厳しくしごかれている成果か、十四はバトル後も倒れたりしなかった。その体力の持ちが仇となり、ガクガクと勢いよく師匠を揺さぶる。
このままでは中王区の党員から罰則をくらい兼ねない二人を見て、獄が長く溜め息をついてから助け船を出した。
「空却、おまえ、アビリティ出す時に俺らへの合図を出し忘れただろう。」
「あ、いずっ…」
そこまで言われてハッと気付いた空却は、あーそうだったな…とバツが悪そうな顔をした。
十四は空却の肩から手を離し、目に涙を浮かべながら震える両手を握りしめた。
「自分、空却さんのアビリティは…まだちょっと怖いんすよ…。」
十四はマイクを握って日が浅い。
限られた人間にしか出現しない特殊なスキルに対する知識も経験値も少ない。
だからこそ心配や不安が勝るのも理解できる。
「空却、お前のアビリティは一瞬とは言え、かなり無防備な状態を敵前にさらけ出すことになる。その辺の奴らならまだしも、寂雷の率いるあのチームにわざわざその余裕を見せる必要は無いって話だったよな。」
バトル前、作戦会議で結んだ “ 約束 ” だった。
“ アビリティの発動時には、互いに事前に合図を出す ”
実戦経験の差を詰めるために、三人で出した知恵だ。
「勝ち進めばより強い相手に当たる。つまり、僅かな掛け違いが命取りになることもある。今回のような約束の不履行は許されねぇからな。」
この先に勝ち進む。
その上がった先で見るべき眺めがある。
手を伸ばして掴むべき光景がある。
「…俺もそうだが、お前もそうなんだろ?空却。」
フッと溢すように笑う。
眉間に力を込めて、目を閉じる。
そうだ、勝ち上がらねば。
“ 約束 ” を、果たすために。
…ー 待ってろよ………
「よーしっ、そうとなれば早速修行っすね!」
「おぅ、そうだな。しっかり厳しく教えてやれ十四。」
「えっ、自分が教えるんすか?」
「そうだろ、こいつに “ 協調 ” を叩き込んでやれ。それが身に付いてから “ 連携 ” を考えるぞ。」
獄が十四の背中を二度軽くたたく。
了解っす!と敬礼し、大きく前へ一歩踏み出す。
「あっ、それと皆さんのアビリティも研究しておかないとっすね!勝訴を勝ち取るには情報収集と分析を怠るなですよねヒトヤさんっ。」
「そうだ。手当たり次第かたっぱしから映像をさらって、あとは持ってる情報を洗い出すぞ。」
獄と十四が先を歩き出す。
足取りは確かで、背筋もしゃんとしていた。
その姿勢から意志の強さが伝わってくる。
一蓮托生、家族の意思は同じく拙僧の心。
この先に生きる道を、ともに見つめよう。
光差す、あの場所へ。
「…おいてめーら!拙僧ぬきで勝手に話進めてんじゃねーぞ!」
………必ずや、再会を。
ー 影と光 ー
終
2022.12.30 @ujinzuijn