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    karakusa28883

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    マタドールのジュリちゃん8歳くらい

    寂しがり屋で泣き虫の あなたって小さな子供みたいね。
     財布の中から金を取り出し、差し出したところで、ほとんど服を着ないままそれを受け取った女は、そう言った。
    「子供?」
     指先でひったくるように金を持っていく女。脱ぎ散らかした服を両手に抱えて、着替えもせずに部屋を出て行く気なのか。でかいおっぱいとふくよかな腹、そのくせ尻は小さくて、体は最高だった。けれど、ベッドから見上げた顔に見覚えがなくて、ジュリアンは途方に来れた。
    「寂しいなら、ママを探したほうがいいよ」
     女はそう言った。訛の強い英語をうまく聞き取れないくらい、頭が痛かった。酒を飲みすぎたんだという自覚はあったし、疲れた身体のまま馬鹿みたいに女の身体を抱いたから、腕も脚も腰もだるくて、右から入った言葉が左に抜けていく気がした。もうなんだかどうでも良くて、さっさと出ていけと手を振ると、女はため息をついて部屋を出ていった。
     子供?子供だって?えっと、何の話だったっけ?俺が?子供?軽い吐き気に襲われる。ジュリアンはぐっと身を縮めて、そのままベッドに倒れ込んだ。ついさっきまで激しくセックスしていたそこは、シーツも乱れて、嫌な湿り気が残っていて、匂いも気になった。女の匂いだ。自分のものでない他人の匂い。他人の気配。それは妙な安心感をもたらしてくれることもあるけれど、今は煩わしくて、息を止めたくなった。気持ちが悪い。
     ここはどこだっけ?えっと、イタリア?さっきの女の訛はそれっぽかったっけ。今は何時だ?ベッドサイドのデジタル時計を見ると、深夜の3時。うっすらと明かりの残るホテルの部屋。ここへ着いたのは昨日のことで、仕事をしたのは日付が変わる少し前だった。成功した?たぶん、あまりよく覚えていない。そのままどうしたのだっけ?手足が震えて、どうにもならなくなった。喉が渇いて、浴びるように酒を飲んで、それでも渇きが酷くて、もっと飲んだ。そのうち女が声をかけてきたのをぼんやり思い出す。さっきの女だったっけ?子供みたいね。あなたって子供みたいね。小さな子供、みたいね。ぐるぐると、甘ったるい女の言葉が頭の中に響く。
    「最悪だ」
     最悪だ。最悪な気分だ。気持ちが悪い。吐きそうだけれど、残念中が胃袋の中に入っているのは酒だけだ。体中が痛い。眠い、あぁ、今すぐに逃げ出したい。ここから、逃げ出したかった。
    「最悪だ」
     ふと、目の前に転がった財布が目に入った。薄っぺらいくせに、何カ国もの小銭がじゃらじゃらと入っている。それに手を伸ばす。古いレシートと、居つのかわからないコンドームのゴミが挟まった奥、ぺらりと薄っぺらい紙を一枚、ジュリアンは慎重な手付きで取り出す。真夜中に一人きりでいるときにしか取り出さないそれは、名刺だった。
     手渡された時真新しかった紙は、すっかりよれて角は曲がり、表面もだいぶ擦れてしまった。一度、一人飲みが寂しすぎてこっそり財布から取り出した時にうっかりグラスの結露した水に触って曲がってしまったので、次からは絶対に外では出さないようになった。ホテルの部屋で、大切に取り出して眺めるそこには、ダニエル・ライトの名前と所属会社名、それと連絡先が印字されていて、デンバーの見も知らない街の名前が記されている。ジュリアンは、ベッドに横になったままその名刺をサイドテーブルのライトの下に置いた。ベッドから眺められるように。
     ダニエル・ライト。ダニー。彼は今頃何をしているだろう。デンバーは今頃何時だ?真っ昼間に食事をしているころかもしれないし、真夜中に妻のビーンと一緒にベッドの中にいるかもしれない。もしかしたら、お楽しみの真っ最中かも。それは面白い想像だった。自分と同じ、激しく妻を抱き、揺さぶってキスをして、抱き締めて。最後に達するとき、ギュッと目を瞑って、少しだけ天井を見る。眼鏡のグラス越しに目を細めて、あぁとため息みたいに呟くのだ。ジュリアンはその考えが気に入った。汚れていない柔らかすぎる枕を引き寄せて、ぎゅっと両手で抱きしめる。
     もしも、ダニーともっと前に出会っていたらどうだっただろう。あの暑苦しいメキシコシティのホテルでなくて、もっともっと前に、小さな子供の頃に出会っていたら。どうだっただろう。一緒に遊べただろうか。彼は、自分のような子供と一緒に遊んでくれただろうか。痩せっぽっちで無愛想で卑屈でいじめられっ子な小さなジュリアン。友達なんていない。風変わりで女の子みたいな顔で、大人たちの手垢で汚された、小さな体の中に馬鹿みたいな夢だけはあったけれど、それも全部否定された。一人で泣いて泣いて、小さくなっていた僕に、ダニーは声をかけてくれただろうか。遊ぼうって、誘ってくれただろうか。もしも、誘ってくれたら。その手を取って明るい場所へ行けただろうか。彼は小さな僕を守ってくれただろうか。僕は、彼を大切にできただろうか。小さな小さなジュリアン。僕は、すごく、ダニーが恋しい。
     不思議なことに、涙と眠気が同時にやってきた。驚くほどすんなりと訪れた安心感が体を包み込んでいく。服も着ていなかったし、体はべたついていたけれど、もうなにもかもどうでもよかった。シーツに包まったまま、身を縮めて枕を抱きかかえる。眠るのは久しぶりな気がした。
     寂しがり屋で泣き虫なジュリアンは少しだけ泣いて、目を閉じた。
     
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