納涼「あっ、HiMERUくん丁度良かった! これ食べたら呼びに行こうと思ってたところだったんすよ~!」
やけに星奏館でキッチンや共有ルームの方が騒がしいと向かってみれば椎名が手を動かしながら声をかけてきた。その手元を見れば騒がしい理由も察しがつく。かき氷だ。周囲を見ればかき氷機が何台か見え、氷が入っているのだろうクーラーボックスも見えた。自分の気付かない間にかき氷パーティなるものが始まっていたことが分かる。
「ふむ。一体どうしたのですか。皆さんかき氷を食べているようですが」
「僕もひなたくんに誘われて来たからよく分かってないっすけど、誰かがかき氷のCM?に出てそれが好評らしくてそのお礼としてさっき送られてきたらしいっすよ! いや~こんなに送ってくれるなんて絶対いい人たちっすね!」
盛りつけられたフルーツと一緒にかき氷を食べながら椎名が話してくれた。確かに奥にあるクーラーボックスの数と大きさを考えると椎名が遠慮せずに食べても大丈夫なほどの氷の量に思えた。周囲を見れば思い思い好きな風にかき氷を作って食べているアイドル達が視界に入る。
「……桜河と天城はいないようですね」
「こはくちゃんならさっき白鳥くんが呼びに行ってたはずだからもうすぐ来ると思うっす。燐音くんは今寮にいないっぽいんすよね~。いつものギャンブルっすかね?」
「そうですか」
シャリシャリと食べる手を止めることなく椎名が答える。その器はもう底が見えそうになっている。そこから数分と経たずに完食した椎名は楽しそうな表情で新しい器とスプーンを取ってきた。
「HiMERUくんもかき氷食べるっすよね? シロップはどうします? 僕は次はブルーハワイにするつもりなんすけど同じがいいっすか? それとも別?」
こちらに食べるかどうか訊いておきながら椎名の中では一緒に食べることはもう確定らしい。昼間のため外はまだ暑く、涼むためにもかき氷を食べることは魅力的な選択肢に見えた。新しい器を渡してこないことから椎名が作ってくれるつもりであることも更にその魅力を増している。
自分が使うようにとブルーハワイのシロップを取っている椎名の手の先を見ながら考える。シロップの種類は王道のものは一通り揃っているようだ。少しだけ迷ってその中の一つを手に取った。
「いちご! いいっすね~。僕も次はそうするっす」
それに続いて、この色に合わせるなら何がいいかな~と椎名がそう言った瞬間に燃えるように赤い髪をした我らがリーダーの顔が思い浮かんでしまった。……別に色で選んだわけではない。そもそもかき氷のいちごなんて数ある味の一つであって勘繰られるようなものではないのだ。相手が椎名なら尚更である。それなのに俺の口は言い訳みたく言葉を発していた。
「……この後事務所に向かうので、舌に残った色が分かりにくい方がいいでしょう」
「あ~、確かにブルーハワイだと色が残っちゃうっすね。あれ? HiMERUくんが事務所に行くってもしかして僕も呼ばれてたりするっすか?」
「いえ、HiMERUの個人的な用事ですので椎名が別件で呼ばれていない限り行く必要はないと思いますが」
「良かった~。この天国みたいな状況から出かけなきゃいけないかと焦っちゃったっす。はい! HiMERUくんのかき氷の完成っすよ!」
「ありがとうございます」
かき氷を受け取ったことを確認すると椎名は早速といった風に自分のかき氷作りを始める。椎名なら全ての味を制覇しそうだなと思いながらその手際の良さに感心していた。
手元のかき氷にかけられたシロップは椎名がサービスをしてくれたのか、容器に入っていたときより薄くはなっているものの綺麗な赤色である。スプーンですくって運べば、氷が口内の熱で溶けてシロップの甘さが広がった。その冷たさがこの暑さと妙に熱い体に丁度良かった。
器の底が見え始め、溶けた部分が下の方に広がっている。その赤色にも食べ進めてしまえばかなり慣れていた。そもそも色で意識する方がおかしいのだ。これを食べ終われば事務所に向かおうか。まだ昼間ではあるがこの冷たさが残っている間に移動した方がいい気もする。そう考えていると離れていたところから聞き覚えのある声が聞こえてきた。そちらの方を見なくても分かる。天城だ。
それと同時に椎名の「これはあげないっすよ!」との声も届いた。先程席を立って新しく作りに行ったタイミングで天城が帰ってきたらしい。……なんて、運が悪い。そう思いながらも出会ってから幾度と繰り返されてきた二人のやり取りが目に浮かぶようであった。
周囲の騒がしさもあって、少しでも声の大きさを落とされると天城と椎名の会話の内容までは聞こえない。とはいえ、特に気になるわけでもない。椎名が戻ってきたらここを離れることを伝えよう。そう決めたというのに、先に俺の隣にやってきたのは天城であった。
「メルメル食べてる~?」
「せっかく涼しくなったところですので近寄らないでください。暑苦しいです」
「そんなこと言われると燐音くん寂しくなっちゃうんですけどォ」
大きくため息を吐いても天城に効果は無い。分かってはいてもこの暑苦しさではため息の一つも吐きたくなるものだろう。
シャリとかき氷を食べた音が鳴る。この距離での音の発生源は探すまでもなく天城だ。椎名がまだ戻ってこないところを見ると先に椎名に作ってもらったのだろう。ただの興味で何を食べているのかと視線を動かせば、鮮やかな青いシロップがかかっていた。置いてあった中でこの色を出せるのはブルーハワイだ。こちらの視線に気付いた天城がニッコリと音が付きそうなほどの笑顔を見せてきた。
「見てこれ、メルメルの色~」
俺に見せつけながら天城が食べ進めていく。
「ニキの野郎にメルメルがどれ選んだか訊いたら俺っちの色選んだって言ったからさァ。だったら俺っちもこれ選ぶしかないっしょ!」
椎名は別に天城の色などと言っていないはずだ。普通にいちごのシロップだと言い、天城が勝手にそう解釈しているだけである。別に天城のことを考えて選んだわけではない。ただ、選んでから天城のことが頭をよぎっただけで。
「……天城の色を選んだわけではありません。舌に色が残りにくいものを選んだだけです」
「それって、こんな風に?」
天城が見せつけるように舌を出す。そこは青く染まっていて、せっかく涼んだはずの体が熱くなるのを感じた。