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    kiri_nori

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    kiri_nori

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    お題はメル燐ワンウィークドロライさんよりお借りしました。

    ##メル燐

    キス「天城」
     名前を呼んだ瞬間に近いなと思ってしまった。週末に控えている仕事のことで訊いておきたい内容があったから呼び止めただけだというのに、天城の足が止まるのが想定より速くこちらが多めに踏み出していた。とはいえ、ただ近いと天城にからかわれるなりして終わる距離感のはずだった。
     天城が振り返ったと同時に唇に何かが掠った。当たったとかぶつかったではなく、掠ったのだ。瞬きの間程度の時間で最初は何が掠ったのかすら理解できなかった。けれど、俺より先に状況を理解した天城が固まった表情のまま口元を手で隠してゆっくりと後ろに下がっていく。あの天城が表情を変えず何も言葉を発しないでいる時点で何かが起こったことは明白だ。ほとんど無意識のうちに俺が自分の唇を触ってしまうと天城が声を上げた。すでに人一人分くらいの距離は離れている。
    「お、俺っち用事思い出したから!」
     最初だけ声が裏返っていた天城はそう言うと向きを変えて走り去ってしまう。すでに何の名残も残っていない自分の唇を確認するようにもう一度触った。ただの事故としか言えない状況ではあったが、どうやら俺は天城とキスしてしまったらしい。

     結局あの日は避けられているのか、本当に時間が合わなかったのか分からないけれど天城にもう一度会うことはなかった。夜に自室に戻ってからホールハンズで訊きたかったことを改めて送れば文面上は普段通りのノリで返事があった。昼間起こったことに関しては何も触れてこない。
     ……こちらから触れるべきだろうか。ホールハンズを開いたまま少しだけ悩んで、止めた。あれは事故だった。距離感を間違えてしまったから起こった事故である。話題を振ったところで天城がどんな反応を返してくるか分からないのだ。キスにカウントするのかしないのか、どちらの反応がいいのか自分でも予想できなかった。そもそも天城が内心でどう感じているかも予測不能なのだ。
     忘れるのが最良だろう。おそらく本当に忘れることは無理だろうが忘れた振りくらいはできる。忘れたくないと思っている自分自身にそう言い聞かせてホールハンズを閉じた。
     そして事故のようなキスから一週間、表面上は今までと変わらなかった。天城が何も触れず、こちらだって特に話題には出さなかった。なかったことにしようとしている。天城のその態度に苛立つものがないと言えば嘘になるが、俺も似たようなものなのだから言えることは何もない。そのまま時間で風化していくだろう、どこか残念に感じながらもそう思っていたはずだった。



    「天城」
     前を歩いていた天城を呼び止めた瞬間に一週間前の光景がフラッシュバックした。しかし今度はちゃんと距離がある。天城が振り返ったところでどの部分も掠ることはないだろう。
     天城の足が止まったかと思えば、一歩進んでからこちらを振り返った。相手が天城ではなくとも会話をするには不自然な距離がある。
    「なになに? メルメル何か用? それとも燐音くんと話したくなっちゃった?」
    「用事の方です。副所長からこの前受けたインタビューが載った雑誌が事務所に届いているので内容を確認してほしいそうですよ」
    「確認って意味ならそんなの蛇ちゃんがオッケーなら俺っちいらなくねェ?」
    「一応の名分として必要なのではありませんか」
    「まァ、どの写真が使われてるかは気になるし後で事務所に行っとくわ」
     手を上げて会話を切り上げようとする天城に対してこちらから一歩を踏み出した。特に表情は変わらない。
    「ここからはHiMERUの個人的な用事ですが、人と話しているというのに天城にしては距離がありますね」
    「……俺っちだってどこでも誰にでも距離を詰めてるわけじゃねェけど?」
    「そのくらい知っています。けれどHiMERUに対しては無遠慮なほど近かったですよ。こちらが拒否しても肩に腕を回されたりしていますからね」
    「あ~、そうだっけ?」
     どうやらこの男はあくまでとぼけるつもりらしい。それならばともう一歩を踏み出す。これでようやく普段と変わらない距離だと言える。
    「やだ、メルメルったら積極的」
     茶化すようなその言葉には反応を返さず更に歩を進める。動いただけでどこかが触れ合うほど近くはないが、一般的に見ればただ会話をするには近い距離だと言えるだろう。天城の足が少しだけ下がる素振りを見せたが、実際には下がることなく終わった。ここでは下がれないと思ったのだろうか。その方が都合がいいと指摘の言葉は飲み込んだ。
    「先週の事故を意識しているのですか」
    「……そうだって言ったらどうすンの?」
    「どうもしませんよ。ただ、あなたがあれを所謂キスにカウントするかどうかは少し気になります」
    「はァ?」
     答えが想定外だったのか天城が口を開けてこちらを見てくる。先週の話題を振るにはおそらくこれが最後のチャンスだろう。……自分から距離を詰めたのだけれど、やはり近いなと少しばかり思ってしまう。
    「そ、そんなこと気になってたのォ?」
     はいと頷けば、どっちでもよくねェかなどと言いながら天城が考え始めた。もしかしたら天城の中でも答えが出ていなかった事柄なのかもしれない。それとも答えは出ていたが今の問いで悩みが生まれたのだろうか。熟考と言えるほどの時間ではないが、考えてから天城が視線を合わせてきた。
    「…………あーっと、メルメル」
    「なんでしょう」
    「やっぱりあれは事故なンだよ。つまりノーカンもノーカンっしょ。だからお互いに綺麗さっぱり忘れるのが最善ってわけ。メルメルだってあんな事故みたいなの忘れてェだろ」
    「別に忘れたくはありませんでしたが」
    「ほら、忘れるのが一番だって……メルメル?」
     俺としては忘れたいと思っていないからこそ天城がなかったことにしようとしている態度に苛立ちを覚えたのだ。けれど天城はカウントには含まないことにしながらもあの事故を意識している。それによって自分の中の溜飲が下がっていくのを感じた。
     近距離で天城の顔を見ながら目を細めて笑った。怪訝そうにこちらを見てくる天城になんだか楽しくなってくる。
    「今回がノーカンだと言うなら次はカウントできるようにしましょうか?」
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