寝顔 耳に届いたアラームの音で目を覚ます。見えた景色が星奏館とは違って少しばかり考えたが、何ということはない。ロケのために地方に来ておりホテルに宿泊しているだけなのだ。スマホを手に取りアラームを止めて起き上がれば隣のベッドで天城が寝ていた。薄らと寝息が聞こえることからまだ眠っているのだろう。天城はこちらを向く体勢で眠っているため自然と寝顔が視界に入る。その顔を見て小さくため息を吐いてしまう。昨晩の間に「メルメルが起きたら起こして」などと一方的に約束を取り付けられたことも関係しているに違いなかった。
ホテルはツインの部屋を二つ手配されていた。部屋割りは決められておらず、ホテル内にカメラは回さないことから撮れ高などを気にすることなく部屋を決めることができる。部屋割りを決める流れになったときに二人とも口には出さなかったが、椎名も桜河も天城と同じ部屋にはなりたくないと考えていただろう。理由なんて単純で中々寝させてくれないのに気付くと誰よりも最初に眠っているからだ。
結果として天城がクジ引きで決めると言い、その案が押し通されて天城の同室は俺になってしまった。引いた瞬間に椎名と桜河から同情するような視線を向けられていたような気もする。そして嫌な方向に想像は当たり、天城はこちらが翌日の準備をするために無視をしていても常に何かを話し続けていた。天城は四人での仕事をもらうといつもどこか嬉しそうにしていた。それは今回も例外でなかったらしい。
前に椎名が「遠足前の小学生みたいっすね~」と言って技をかけられていたことを覚えている。遠足を楽しみにするという感覚は俺には分からないが、的を射ていた発言だとは思った。その証拠に昨晩の天城は常に上機嫌でいたのだから。
そっと自分のベッドから足を下ろして、座ったまま天城の寝顔を眺めてみた。昨晩の騒々しい姿と比べると正反対で小さく寝息が漏れている。……こうして眠っていれば静かだというのに、起こせばその瞬間から喋り出すのだろう。アラームは余裕のある時間にセットしていたから今すぐ天城を起こす必要はない。だからだろうか。天城を起こすことを少しだけ躊躇ってしまう。こうして寝顔を眺める機会なんてなかったことも理由の一つかもしれない。
……自分の準備をある程度終わらせてから起こそう。そう思って立ち上がり歩き始めたら視界の端で布団が動いたのが見えた。意図せずに大きなため息が出てしまった。
「……狸寝入りですか」
「メルメルが起きたら起こしてって頼んだっしょ? だから待っててやったのにスルーされるとか俺っち寂しいなァ」
「HiMERUの方はそれを了承した覚えはありませんが」
そう。あれは天城が勝手に言っていただけの一方的な約束だ。
「でもメルメルのことだから仕事に遅刻はさせないだろ?」
「……天城が遅刻でもしたら同室のHiMERUも責任を負うことになりますからね」
チラと天城の方に視線を向ければ布団に包まったまま楽しそうに笑っていた。今度こそ本当に相手をする必要はないだろう。天城を視界から追い出すと朝の準備に取りかかることにした。