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    kiri_nori

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    kiri_nori

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    メル燐。友達になる話。

    ##メル燐

    「HiMERUと少しの間友達になってくれませんか」
     そう告げたときの天城の顔は珍しく呆けた表情だった。




     生まれてこの方、友達という存在が出来たことはなかった。幼かった頃は亡くなった母親に執着しており自分と同年代のやつらのことなんて見向きもしていない。そうこうしている間に父親と険悪になって家を飛び出してから神父の元に転がり込んでからは、もっと同年代の人間との関わりは薄くなっていった。
     そして顔を変えて生き抜く技術を習得してからは『俺』を見せる相手という者が存在しなくなったように思う。その場の状況において円滑に動く関係を築くために一時的に仲良くなる相手はいたが、心を許したことも好意的な感情を抱いたこともなかった。だって、状況に適した人間になっているだけなのだから。
     ひとりで大抵のことは乗り越えられると気付いてからは他人を見下してもいた。両手で収まらないほどの危ない橋は渡っている。その度に顔を変えては切り抜けてきた。普通に生きているやつからすれば有り得ない日々を過ごしていたから人間関係のリセットをすることに躊躇はなかった。
     そんな俺に友達が存在しないのは当然とも言えるだろう。これを寂しいと感じたことも、友達という関係性を羨ましいと思ったこともない。独りで生きられないやつは大変だなと思ったことがあるだけだ。

     ……友達と縁遠い生活を送ってきた今の自分の手元には出演が決まっている番組のアンケートがある。先日渡されたもので、提出期限は明後日となっていた。普段のHiMERUであればとうに書き上げて早々に事務所に提出している。HiMERUはアンケートをギリギリで提出するアイドルだと思われたくないためだ。桜河から書くのが速いと言われた身としても期限ギリギリになるのは好ましくない。
     ペンを片手に再びアンケートに視線を落とす。たった一つだけ残っている空欄。そこには最初に内容を確認したときと変わらない問いが印刷されていた。
    『仲の良い友人の名前や、よく遊びに行く場所などあれば教えてください』
     俺の答えをそのまま書けば、そんな相手いるわけないで終わってしまう。しかしHiMERUとして書くわけにいかない内容であることは考えるまでもなく明らかだ。
     番組のアンケートという物は一部なら空欄もしくは短い答えで出してもいいとなっている。特にこの番組は予めそう伝えられていた。でもHiMERUの心証を良くするためどんな番組だろうと明らか下世話だと思われる質問以外は全て埋めている。この番組は質問も真っ当な物しかなかったが。
     友人に関する質問だってアイドルの対人関係を知りたい以上のことはないだろう。誰と誰が仲が良かったり、一緒に出かけたという話を聞いて喜ぶファンは多いのだから。
     数日考えても書けないのだから空欄のまま提出してしまおうかと思ったこともある。けれど、その考えはすぐに消した。例え編集によってファンや視聴者がHiMERUに何の疑問も持たなくとも、番組側にHiMERUが友人の欄を埋められないとは思われたくなかった。
     ……でも、HiMERUに友達は不要である。あまり親しくなりすぎると相手にその気がなくともスキャンダルの火種になることはある。Crazy:Bは建前上は真っ当なアイドルになっているのだから狙っていないスキャンダルを避けたいのだ。とはいえ、そんなことを考えているからアンケートを埋められないのも事実だった。
     少し、過去を遡る。漣に初めて会ったときはHiMERUの友達かもしれないと思った。まあ、それはすぐ漣本人に否定されたのだが。漣が違うと言うのならば違うのだろう。仮にアンケートに勝手に名前を書いたところで怒りはしないだろうが、別に一緒に遊んだりはしない。つまり漣の名前は書けない。
     漣のことを考えていたせいだろうか。昨日、漣が共有ルームで風早巽に話しかけていた場面も連想して思い出してしまい、ペンを握っている手に力を込めてしまった。一瞬嫌な音が聞こえてすぐに力を緩める。小さい音だから大丈夫だとは思うが、部屋に今一人で良かった。変に気を遣われたくない。
     それに、出来る限り話を振られたくないから風早巽のことを自分からはアンケートに書いたり話題に出さないように努めているというのに。そうでなくとも、この質問にあの男の名前なんて書くわけがないだろう!

     落ち着くために大きく長く息を吐き出す。
     普段、休日に何をしているかを思い出せば質問の答えを書けるようになるかもしれない。直近の休日で病院に向かった以外だとスイーツ会で紹介する物を探しにカフェに入ったりしたが、これは一人だったので却下。カフェに行った後は自然と足が向いたシナモンで珈琲を飲んでいた。そこから約束もしていないのに何故か天城がやってきて鬱陶しく絡まれ、適当にあしらっていると桜河もやってきて、休憩に入った椎名を天城が引きずり込んで麻雀が始まった。
     ……その前の休日を思い出そう。確か午前中は買っておいた推理小説を一気に読んだはずである。それから病院に向かって、帰りにまたしても自然と足が向いてシナモンに行けば今度は天城が桜河と椎名とトランプをやっていた。大富豪をやっていたのだろう。天城が楽しそうに革命を宣言して、桜河と椎名が自分の手札を見て急に悩み始めた顔に変わったのを覚えている。
     そのまま天城が大富豪になった勝負を最後に桜河が約束の時間が近くなったと負けたことを悔しそうにしながら、HiMERUとほぼ入れ替わりのような形でシナモンを出て行った。去っていく桜河の後ろ姿を思い出して気付く。ああ、桜河はきっとこの質問に白鳥の名前を書くのだろうと。
     もう一つ前の休日は……椎名が共演者から近くの飲食店のクーポンを四人分もらったからとその店に夕食の時間帯に向かったはずだ。天城が酒を飲んで桜河に絡んでかなり嫌がられていた。多分あれは酒の匂いのせいもあったのだろう。椎名は隣でずっと手と口が止まることはなかった。
     ここで一旦思い出すことを止めて自らのこめかみを押さえた。メンバーと過ごした時間を少ないとは思っていなかったが、こんなに日々に食い込んでるとは思わなかったのだ。仕事やレッスンがあった日だって一緒に何かを食べる日は多い。……これはもう、アンケートにメンバーのことを書いた方が早い気さえしてくる。メンバーと過ごしたときの話をすることもファンが喜んでくれるからだ。
     でも、質問の友人という趣旨からは外れるだろう。
     ……アンケートの提出期限は明後日。偶然にも明日は休み。どういう方向性で書くかを決めるためにも、今回ばかりは提出が期限ギリギリになってしまうが仕方ないことにしよう。




    「メルメル~」
     シナモンでほぼCrazy:Bの定位置となってしまった席で待っていると天城が片手を上げながらやってきた。椎名がいないため、途中で普通に店員に何かを注文している。
    「メルメルの方から休日に俺っちをご指名なんて珍しいこともあンのな」
    「天城を、ではなく天城しか捕まらなかったのですよ」
     首を傾げながら天城は席に着いた。何かに思い当たった顔をしながら口を開く。
    「……あ~、もしかしてニキとこはくちゃんも呼ぶつもりだった?」
    「二人の予定が空いていれば呼びましたね」
     今日はCrazy:Bとしては休日である。けれど桜河はDouble Faceの予定があり、椎名はサークルで昨日から山にキャンプに行っていた。
     つまり三人の中で空いていたのは天城だけだったのだ。本当に天城がフリーだったかは知らないが、こうしてやってきている以上空いていたのだろう。
    「珍しくメルメルから誘われて俺っちも楽しみにしてたのに、他にも誘うつもりだったとかあんまりっしょ!」
     天城が手で目を覆って泣く振りをする。動作も声もわざとらしさの塊だ。嘘でも泣く真似をするなら涙の一つでも流してみたらどうだ。例え天城に泣かれたところで動揺なんてしないだろうが。
     視界の端から店員が近付いてくる。天城も指の隙間からそれが分かったのか覆っている手を外した。目も口も笑っていて、指摘するまでもなく嘘泣きだと自分で証明している。相手から顔を隠して体を震わせればある程度は泣いているように見えるが、天城のそれはわざとらしすぎて話にならない。……まあ、必要なときとなればもう少しそれらしく見せるのだろう。
     天城の元に置かれたドリンクは普段シナモンで提供されている物とは違うカップに入っていた。繊細な装飾をしていながらも持ったところで壊れる様子はない。ああ、そういうことか。
    「メルメル撮って~」
     こちらにカメラを起動した状態でスマホを渡してくると、天城がヘアバンドを外すとカップを口元に持っていってポーズを決めてきた。シナモンでいるときに感じたことは今までなかったけれど、この男もアイドルなのだ。伏し目がちにした表情がそのカップとよく似合っている。それを口にすることはなく角度を変えながら何回かシャッターを切った。普段の騒々しさを潜めたその空気は雪の中の撮影も映えるだろうなとも感じた。
    「撮ったので確認をどうぞ」
    「ン、サンキュ」
     最初の一枚を確認した時点で天城がカップに口をつけた。合格と言うことだろう。HiMERUならこの程度余裕でこなしてみせる。
    「それで、その写真は誰に送るのですか?」
    「SNSに上げる用かもしれねェだろ?」
    「仕事の撮影やドラマでの役として撮るならともかく、天城が自分のスマホで撮らせる写真にあんな表情はしないでしょう。誰かに見せつけるためとHiMERUは推測するのです」
    「せいか~い。さっすが名探偵だなァ」
     天城が笑う。軽くスマホを操作した後、テーブルに置きヘアバンドを元の位置に戻した。用事は終わったということか。しかしまだ誰宛か聞いていない。撮ってやったのだからその権利くらいあると思うが。睨みつけるように視線で促せば天城が手をひらひらと振った。
    「宗くんだよ」
     想定していた中の一人の名前が出てきて納得をする。店内に入ったときに目立つ場所にクラフトモンスターの斎宮宗が監修したマグカップとコラボをしたというポスターが貼られていたからだ。サークルとシナモンのコラボには前例もあり、当時天城と椎名が話していたことを覚えている。けれど、天城がわざわざ注文する理由にはならないだろう。
    「天城はこの写真を送ってどうしようと言うのですか」
    「宗くんってばひでェんだって。今回は前より時間があったせいか宗くんのマグカップが選ばれたんだけど俺っちに向かって『このマグカップが似合うことはないだろうね』とか言ってくンの」
    「そう言われたということは最初に天城が何か言ったのでしょう」
    「え~俺っち何も言ってねェって」
     嘘だな。天城は普通にしているだけで何も言わないことは有り得ない。
    「だから『それなら宗くんに似合う写真を送ってやるっしょ!』って言っただけ。俺っち、似合ってたっしょ?」
    「……まあ、あなたもアイドルですからね。悪くはないと思いますよ」
    「メルメルの太鼓判が押されたなら完璧だなァ」
     天城が再びマグカップに口をつける。こちらも天城が来る前に注文しておいた珈琲を飲んだ。そろそろ本題に入ってもいいだろう。
    「天城の用事も終わったことですし、今度はHiMERUの用に付き合ってもらいますよ」
    「ホールハンズではシナモンに集合としか書いてなかったけどメルメルの用って? 一人じゃ入りにくい店があるから俺っちに一緒に来てもらいたいって話?」
    「全く違います。……明日が期限の番組のアンケートがありますよね」
    「あ~、アレ? まさかメルメルが書けないから俺っちに助けてほしいとか?」
    「誠に遺憾ですが、その通りなのですよ」
     からかうように言った天城に間髪を入れず言葉を返した。笑っていた天城の目が少し丸くなる。本当にそう返されるとは思っていなかったのだろう。とはいえ、こればかりは椎名でも桜河でも似た反応をしたと思われる。アンケートを書き上げる速さならばHiMERUが一番なのだから。
    「そんなメルメルが悩むようなやつあったか?」
     天城が口元に手を当てて考え始める。この雰囲気からして天城はもうアンケートを提出済に違いない。HiMERUだってあの欄さえなければとっくに提出している。
    「ええと、結論から伝えますと」
    「おう」
    「HiMERUと少しの間友達になってくれませんか」
     そう告げたときの天城の顔は珍しく呆けた表情だった。言葉の真意を上手く掴めないのだろうか。けれどこの言葉には真意も裏も何もない。言葉通りの意味しか乗せてないのだ。
    「仲の良い友人の名前や、よく遊びに行く場所などあれば教えてください」
     息を軽く吸ってアンケートにあった質問をそらんじる。何回も読んで考えていたせいで一言一句違わずに言うことができた。
    「……あーっと、もしかしてその質問に何を書くか悩んでる?」
    「はい。HiMERUに友達はいませんので」
    「そんなのサークルで起こったことをそれっぽく書くとかさァ」
    「天城はそうしたのですか」
     一瞬だけ天城が言葉に詰まる。図星だったか。人懐っこい部分はあるが、友達と呼べるような相手がいるかは天城だって怪しいのだから。
    「宗くんとのことを書いたの! 写真を送る話をしたことは本当だけど、相手が宗くんなら少しでも俺っち達のことを知ってればCrazy:Bの天城燐音が勝手に言ってるなで流してくれるっしょ!?」
    「実際サークル以外での接点はほとんどありませんからね。偶然斎宮先輩が番組を見てしまったときに怒られることを除けば、誰のイメージも崩さない人選と言えるのです」
    「だろ? だからそれっぽいこと書けばいいンだって。……蛇ちゃんとか」
    「副所長ですか……」
     確かに予めアンケートに書くことを伝えておけば了承してくれる相手と言えるだろう。本を貸してもらったこともあり、この話を持ちかければ適度に仲の良い出来事を捏造だってしてくれそうだ。天城の人選は間違っていない。間違っていないとは思うのだが。
    「……天城は」
    「ん?」
    「天城は、少しの間ですらHiMERUの友達になりたくないということですか」
    「そうとは言ってねェよ」
    「では、HiMERUの頼みを聞き入れてくれるということでよろしいですね?」
    「え~そうなっちまう?」
    「はい」
     声になっていない唸り声を上げながら天城が頭を抱えてしまった。そんなに悩ませるようなことを言ってつもりはない。ただ、なんとなく、本当になんとなくだが天城から副所長の名前を出されたときに突き放されたような気持ちになってしまったのだ。天城なら話を聞いた時点で面白そうだからなどと言って了承してくれると思っていたせいだろうか。
     こちらは折れる気がないという気持ちを込めて天城の目を見ていると、諦めたみたいに大きく息を吐いた。あ、折れた。
    「分かったって! いつからいつまで俺っちはHiMERUと友達やってればいいわけ!?」
     普段と呼び名が違うことに引っかかりを覚える。今は天城にそう呼ばれてしまう会話をしていただろうか。そこまで考えて、あんなに出会った頃は『HiMERU』と呼んでほしいと思っていたはずなのに呼ばれて違和感を覚えた自分にため息を吐きたくなった。
     呼び名が違うだけで声色などは普段の天城と変わらないのだ。……意図が分からない。けれど、今頼み事をしているのはこちらである。下手に触れてアンケートが書けなくなる事態になって困るぐらいなら、普通に会話を続けた方がいいのかもしれない。あらかじめ考えていたことを言葉にした。
    「そうですね。……それでは今この瞬間から番組が放送されるまででしょうか。放送後については適宜話を合わせるということで。おそらくユニットメンバーの名前を出すことで友達というよりはオフでも仲が良いと思われる程度で終わるでしょうけれど」
    「放送ってなると来月くらいまでか」
    「そうなると思うのです」
     HiMERUの答えを聞くと天城はカップを手に取って残った中身を一気に飲み干した。こちらも少しばかり残っていたカップに口をつける。呼び名に触れなかったのは正解だったのかどうか分からないまま。
    「二人しかいねェしどっか行くぞ」
    「おや、もうどこかへ連れて行ってくれるのですか」
    「期限が明日までだろ」
     天城は「行き先はそっちで決めろよ」とだけ付け加えて立ち上がる。その姿を見て一旦気持ちを切り替えることを決めた。




    『そうですね。同じユニットのメンバーとの話になってしまいますが、先日は天城と一緒に映画を観に行きました。はい。天城が出演しているあの映画です。ああ、いえ、宣伝のつもりなどではなく本当にオフの日に映画に行っただけなのです。二人のオフとHiMERUもそのうち観ようと思っていた映画の公開期間が重なりましたので。ええ。天城は突然提案されて面食らっていたようでしたが、最終的には一緒に行ってくれましたよ』
     HiMERUのトークが終わったタイミングで一旦視聴を停止した。
     約束していた番組が放送されたのだ。放送時間には仕事の予定が入っていたため、後日事務所に頼んでいた映像を借りての確認となったがこれで天城との約束も終わりだろう。
     約束、と言ってもただあの日一緒に映画に行っただけだ。それが終わってから今日まで映像を見る予定を入れる以外にあの話題を出したことはなく、友達になったところでそれらしい行動もしていない。天城のことだから多少は何か絡んでくると予想していたが、予想が外れたということだろうか。
     そもそもこちらから頼んだことだ。天城が望んだことではない。天城も押し切られただけで友達になることは乗り気でなかったように記憶している。……映画を観たこと自体は終わった後の会話からしても楽しんでいたと思うが。だから約束が終わる日となるまで何のアクションも無くたって別に不思議じゃない。
     隣の天城の様子を窺おうと横を見れば、向こうも丁度こちらに首を動かしたのか目が合った。
    「……これで俺っちはHiMERUとのお友達期間は終わり?」
     またしてもHiMERUと呼ばれたことに引っかかりを覚える。昨日会ったときはメルメルと呼んでいたのに。この話のときだけ呼び方を変えているのはどうしてだ? 答えを見つけることが出来なくてどうしても考えてしまう。
     天城が解かれることを望んでいるかは不明だが、このまま何も答えを見つけることが出来ずに終わることだけは避けたい。どうにかして答えを見つけるまで会話を伸ばしたかった。HiMERUは名探偵らしいのだから。
    「そう、ですね。また似たようなアンケートがあれば頼むかもしれませんが、一旦は終わりと言っていいでしょう。助かりました」
    「次があるならこはくちゃんかニキに頼んだ方がいいんじゃねェの? いつも俺っちとばっかりよりその方が受けもいいだろ」
     それは、その通りだなと思ってしまった。今回は天城しか予定が空いていなかったため二人で出かけることになったが、元々桜河と椎名にも声をかけるつもりはあった。今思い返せば天城相手はともかく二人にもHiMERUに友達がいないと思われてしまう危険性があったのだけれど。これに関しては結果的にだが天城だけが空いてて良かったと言えるだろう。天城なら良くても桜河と椎名にはあまりそうは思われたくなかった。
     それに友達の有無を話題に出さなくとも、二人なら予定さえ空いていれば二つ返事で引き受けてくれるはずだ。なのに次も最初に声をかけるならば天城だと何故か思い込んでしまっていた。
     考え込んでしまったため途端に黙り込んだHiMERUを天城が不思議そうに見つめてくる。天城からしたら裏もなく提案しただけなのだからそうなるだろう。
    「HiMERUは、次も天城に頼みたいと思っているのです」
    「……正気か?」
    「失礼なのですよ」
     仮にも自分を選んでくれた相手に言う台詞じゃないだろう。
    「いや、だって、俺っちだけじゃなくても二人も誘う予定だったってメルメルが言ってたっしょ?」
    「言いましたね」
    「じゃあ、なンで?」
     本気で分からないといった表情で天城が問いかけてくる。天城がこうなるのも無理はない。仕事に関係することや何かを注意したいときならともかく、それ以外でHiMERUから天城にだけ声をかけることはまずないと言って良かった。今回のこれも仕事といえばそうだが、期限が迫っていたため天城の中では「仕方なく」の枠に入れられていたに違いない。
     実際、先月の時点で天城だけを選んだのは仕方なくという理由が大きかった。あの日桜河か椎名のどちらかだけでも予定が空いていれば次も天城に頼みたいなどとは言わなかっただろう。それでも、こう告げてしまったのは。
    「あなたと二人で過ごすのが存外楽しかったという理由ではいけませんか」
    「…………へ?」
     天城がポカンと口を開けている。
     そうだ。俺は楽しかったんだ。アンケートのためとはいえ天城と二人でただ出かけるという行為をしたことが楽しかった。映画を観て、天城が仲の良いスタッフから教えてもらったという店で映画の感想を言いながら食事をしたあの日が。後から思い返して実感するとは自分のことながら気付くのが遅いと指摘したくなってしまうけれど。
    「……それは『おまえ』が?」
     そう天城に訊かれて『HiMERU』と呼ばれた理由に一つの予想が立った。ああ、そうか。
    「はい。『俺』がです」
    「きゃははっ!」
     会話を聞いている相手など他に誰もいないのだからいいだろうとそう答えれば天城が楽しそうに笑った。
    「俺っちはとっくにメルメルとお友達のつもりだったっつうのに、あんなこと言われて寂しかったんですけどォ~」
     今度はどこか拗ねたように笑ったが、演技だとすぐに分かってしまうそれにこちらまでつられそうになる。だって、拗ねているにしては目が笑っている。
    「ふふ。HiMERUと呼んでいたのはそれが理由ですか?」
    「せいかーい。だってメルメルとはもう友達なのに二回目なんてなれるわけねェだろ? メルメルの頼みもHiMERUと友達になってくれ、だったからその通りにしただけっしょ。……まァ、結局普通に俺っちも楽しんじまったけど」
     なるほど。だからシナモンを出たときと映画が終わった後では態度が違ったように見えたのか。天城自身がなんだかんだ映画を楽しんでいただけだと考えていたが、どうやらそれだけじゃなかったらしい。
    「あ~、でも」
     途中で詰まらせた天城の言葉に首を傾げると、少しだけ悩んだ素振りをしてから続きを口にした。
    「今回ばかりはメルメルの推理も当たらないと思ってたンだけどなァ。別に当ててほしいとも思ってなかったし。……俺っち、何かヒント出してた?」
    「HiMERUは名探偵ですから」
    「答えになってねェ~!」
     この答えでも満足したのか天城は口を開けて笑っている。先程の会話からずっと楽しそうだ。
     実際名前の呼び方に違和感を覚えただけで、友達になってほしいと言った当日はそれ以外にヒントも問題も存在していなかったように思う。天城に当ててほしいという気持ちがなかったのなら当然と言えなくもないが。
     ……でも答えを見つけられたのは、楽しかったと言ったからだと考えている。俺として楽しかったと言ったから天城も口が滑ったのか直接俺に問いを投げかけてきたのだろう。天城自身に口を滑らせた自覚があるのか、それともあの言葉はヒントのつもりですら無かったのかまでは天城がこれ以上口を割らない限り推理できないけれど。
    「とはいえ、HiMERUに友達は必要ない存在ですから推理を完成させるのも時間がかかってしまいましたよ」
    「今もいねェの?」
    「友達の期間は終わったと言ったでしょう。だから『HiMERU』には友達はいないのです」
    「え~メルメルってば本当に? 友達だと思ってるのは俺っちの片思いってわけ?」
     普段のような軽い口調で告げてくる。でもその中に、望んだ答えが返ってくるであろう自信とそれを外されたときの不安のようなものが見えた気がした。
    「……天城の好きなように考えてもらって大丈夫です」
     言葉の意味を理解した天城がニヤニヤと笑いながら肩に腕を回そうとしてきたので、そちらは振り払った。
     友達なんて今まで出来たことなかった存在への距離感はよく分からない。けれど、なんだかんだ天城と過ごすのは楽しいのだ。少しばかり鬱陶しいが、目の前の天城も嬉しそうなのだから悪くはないのだろうと口元を緩めて笑ってしまった。
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