AM6:20意識が半ば覚醒したところですぐに瞼を開けてベッドから起き上がるという行動に移ることは寝起きの身体にはまだ億劫で、一瞬開きかけた瞼を閉じてなんとはなしに腕を伸ばした。と、伸ばしきる前に柔らかい壁のようなものに両手が触れたので、サモナーは不思議に思ってそれを探るように手を動かした。
掌から伝わってくる滑らかな手触りと、なまあたたかで柔らかく、ほどよい弾力のあるそれに、こんなクッションあったっけ、と寝ぼけた頭で考える。サロモンくんなら胸に抱けるほどよいサイズでふわふわした毛並みのはずだから、違う。なんというか、人肌のような――、そう考えを巡らせていると、ふ、と自分のものではない吐息が頭上から降ってきたので、彼女はそこで一気に目が覚めた。
瞼を開けると、褐色の肌とその上を走る白い刺青が目に飛び込んできた。見上げれば、細められた蜜色の瞳が柔らかく自分を見つめている。恐る恐る視線を元に戻して、そして自分の右手がしっかりとその身体の胸を包むように触れている――あまつさえついさっきまで指先を軽く何度も押し込んで弾力を確かめていた――のを見て、サモナーはなんとも言えない絶望を覚えた。たとえ目の前のその人――タンガロアが自分の及んだ行為に対して嫌がっている様子がなくとも。
「っ、ご、ごめん、タンガロア」
「……どうした?触れたいのであれば、お前の気の済むまで触れて俺は構わぬが」
慌てて両手を引っ込めようとしたところで、右手をタンガロアの大きな手がやんわりと掴んだ。え、と顔を上げてタンガロアを見やるサモナーに構わず、タンガロアは自分の胸元へと導いて宛がってくる。
「触れるのはもう十分か」
「……ええと……」
彼の島に伝わる聖油で整えられた肌は、這わせただけで自然と掌に吸い付いてくるように滑らかだった。人肌の体温と一緒に弾力のある、柔らかい感触がふたたび掌に伝わってくる。
まだ朝なのに、起きたばかりなのに胸がドキドキして、顔が火照ってくる。窓から射し込む日差しは部屋を淡く照らしていて、そんな健全な明るさの中で、サモナーは数秒、考えた。
どうしよう。
……でも、抗えない。
「……もう少しだけ。触っても、良い?」
「ああ。構わぬ」
是と答える声音は心なしか弾んで聞こえた。見上げたタンガロアの表情は甘く優しい。良いと言われてもまだ本当にいいのかと頭の片隅で思い悩みながら、サモナーはタンガロアの胸に手を自分から押し当てた。胸筋を掌で押し上げると、ふに、と柔らかい感触と共に掌にその重みが伝わってくる。それから、指先が肌に少しずつ沈んでいった。そうして、気付けば子猫が親猫の乳を求めて足先で踏みしめるように、ふにふにとその感触と弾力を指先で確かめていた。
そうこうするうちに、肌よりも濃い色の、質感の違う胸の突起とその周りにふと目が留って、そこでサモナーは一瞬、自分の頭を過った願望に固まった。
――頬ずりして、それから、舐めて、吸ってみたい、とか。
そんな、赤ちゃんみたいな、……いや、こんな、エッチな風に赤ちゃんは絶対考えない。考えてない。
そう、それに今はほら、朝だ。甘えるにしたって、そんなの、駄目だ。明るい室内、ちゅんちゅんと窓の外から聞こえてくる鳥の鳴き声にサモナーは不埒な思いを振り払おうと、顔を上げて、言葉を絞り出した。
「……、タンガロアの胸、柔らかい、ね」
なんとか出てきた言葉がそれなのは、自分でも本当に、どうかと思うけれど。
「そう、か?お前の身体の方が、どこも柔いと思うが……」
「……!」
何気ないタンガロアの返答に、ぼっ、と自分の顔に火が付く音をサモナーは確かに聞いた。頬に籠っていた熱が、耳まで上がっていって、指先が痺れて、感覚が無い。
タンガロアの手がサモナーの頬に伸びた。触れて、撫でて、包んで。サモナーが思わず瞼を閉じると、――やっぱり柔らかい感触が、額に落ちてきた。
瞑ってしまった目を開けてタンガロアを見れば、彼は細めた蜜色の目を輝かせて、それは楽しそうに、甘く微笑んでいる。
そのまま頬を包んでいた手が後頭部へと伸びてきて、サモナーは身体ごとタンガロアに抱き寄せられた。タンガロアの大きな手が、背中を辿って腰で留まる。
「――ああ、やはりお前はどこも柔い」
うっとりとした低い声音に改めて告げられたサモナーは、もうそれに対して何も言い返せずにタンガロアの胸に顔を埋めた。
それは、そうなのかもしれないけど。自分自身の身体が柔らかいかどうかなんて、自分自身じゃ分からなくて、触れ合っている相手にしか分からなくて、だからお互いにやわらかいと言って触れ合ってるのかもしれない。逞しい身体にあるやわらかさとぬくもりを感じながらサモナーはそんなことを思う。
起きてベッドから抜け出すにはまだ時間がかかりそうだった。