嘘をついてほしかった 夜もどっぷり更けた頃、その男はやってきた。
「やあ、旦那様! まだやってるよな?」
「──店仕舞いだ」
「いやいや、まだやってるだろう!?」
勝手にカウンターに座る男は、かつて義弟だった男。そして、父の死をきっかけに、本性を現し、家族ではなくなった男。
「騎士団の仕事が溜まっていて、すっかり遅くなっちまった」
「………」
「それもこれも盗賊団がモンドの街を脅かそうとしてるからなんだよなあ」
「………」
「はあ、猫の手も借りたいぜ」
「君は静かに飲めないのか?」
「なんだ、ここでは愚痴も許されないのか?」
他人を馬鹿にしたような目で笑う元義弟に、反応した方が負けだと心を鎮める。
この男が好む『午後の死』という酒の匂いが、二人しかいない店に充満する。酒は飲まない主義だが、この酒だけはもう慣れきってしまった。
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