ニューミリオンの夏は忙しい。あちこちでフェスやライブ、コンサートやイベントが開かれて人々も街も浮かれ調子だ。今夏のフェイスのライブの予定本数は4本。明日は2本目だ。
「明日の夜は俺ライブだから帰るの遅くなる。」
「どこでやるんだ?」
「イエローウエストに去年できたナイトプールだよ。」
「えっ、マジ?」
「え、うん。嘘言っても何もないでしょ。」
「オレそこにしか卸してないクラフトビール飲みたかったんだよな〜」
「できてから結構経ってるけど行ってないの?」
「だってプールだぞ、さすがにそこらの飲み屋とはちげぇよ。」
「アハ、そうだね。若者が多いし。……ねぇ、一緒に行く?」
「いいのか?1回中に入っちゃえばあとは飲むだけだし助かるわ。」
「はぁ?その代わり俺のカノジョ避けになってもらうから。」
「それ、オレ殺されんじゃん。」
「メジャーヒーローでしょ、頑張って。」
「まあいいや、明日の何時。」
「俺の番が19時だから18時くらいかな。」
「りょーかい。」
「キースさぁ、プールだよ?」
「オレは飲みに行くだけだし。」
キースは女性の割に高い身長、その身長に比例した長い脚、ヒーローゆえの引き締まった体で酒ばっかりであるにも関わらずモデル体型だ。それを活かすような服を着ればいいのに、いつもジーンズとシャツかTシャツだ。今日も足首より少し上の丈のストレートジーンズと白い薄手のシャツ。……いつも下の方でまとめられている髪の毛が高めのポニーテールになっているところだけが少し嬉しい。
「…まあいいや。行こ。」
「じゃあ、俺はこれから準備だから。」
「おう。オレは多分ずっとここいるから。」
「おひとりですか?」
「あー…連れいるからさ。」
「先程からずっとひとりでお飲みになっていたのでてっきり1人かと。僕もこのビールが飲みたくて恥を忍んで来たタチなので、ご一緒できたらと思っていたのですが失礼。」
「…30分くらいなら。連れが来るまでなら大丈夫です。オレもこれが飲みたくて。」
「彼氏ではないのですか?」
「後輩だから大丈夫。」
「ではお言葉に甘えて。」
フェイスは遠目にキースと知らない男がカウンターに並んでいるのを見た。魅力的で人を惹きつけるのに、びっくりするほどちょろいし若干軽そうにも見えるから、キースは本当に男ホイホイなのだ。
「危ないっ」
声がかかると同時に、体に水がかかった。意外に冷たくないんだな。大型の浮き輪ボートがひっくり返って飛沫が飛んだらしい。若い子たちが駆け寄ってくる。
「うわっ、すいません!大丈夫ですか?!」
「あ〜大丈夫大丈夫、すぐ乾くって。気にすんな。」
別に水がかかったくらいで動揺もしないし、そのうち乾くだろうと無事だったグラスに口をつける。
「あの……シャツ透けてますよ。これでも良ければ、羽織っていてください。」
男が来ていたカーディガンを渡そうとした時、
「キース、待たせてごめん。行くよ。」
「えっ、まって、まだ金払ってない。」
「大丈夫だよ。そこの男、キースのこと持ち帰る気満々だったから。もう払ってるんじゃない?」
「どういう事だよ!」
「キースが席だった時に小細工してたでしょ。」
「なっ、君はなんだ!」
「キースの彼氏。じゃあね、人の女にセコい真似して手出すのは良くないよ、おじさん。」
キースに俺の羽織ってたパーカーを頭からかぶせて、更衣室の方へ連れていく。
「…っおい!」
更衣室の隣の売店で、水浸しになった服の代わりと水着を見繕う。
カーキーのシンプルなビキニとゆったりとしたワンピースをカードでさっさと払ってキースに押付けた。
「着替えてきて。」
「?…まあいいや、それで機嫌直るんだろ。」
ムカつく、ムカつく、ムカつく。俺が来なかったら自分がどうなっていたか分かっているのか。キースにどれだけの目線が集まっていたか分かっているのか。俺が何に怒っているのか分かっているのか。答えは全て否である。
現役メジャーヒーローで女性はキースだけ、実力も強さもそれだけ優れているのに、何故そこまでポンコツなんだ。
「フェイス」
スマホに落としていた目線をあげるとワンピースを手に持ったビキニ姿のキースが出てきた。
「ワンピース、今すぐ来て。この後の時間、出演者とかだけの貸切になるからそれまで来てて。」
「それを早く言えよ。」