melt melt meltキースを祭りに誘ったのは、言うなれば思いつきってやつ。別にジュニアとディノを一緒に誘っても良かったし、ビリーやグレイを誘ってもよかった。
だけど、あとから考えれば、なんとなく、夏の暑さに浮かされて、この関係を一歩進めたくなったんだと思う。
「ねぇ、アレ食べたい。」
色とりどりの屋台の中から一際カラフルで目を引くかき氷の店を指さす。
「買ってくれば?」
そういうキースはここに来てすぐちゃっかり缶ビールを手に入れて、ずっと上機嫌だ。昔ディノとブラッドと来たことがあると言っていたから、それを思い出しているのかもしれない。
「キースも食べようよ、俺メロンにするからキースはイチゴね。」
「いやオレビール飲んでんだけど。」
「うるさいなぁ、奢ってあげるから食べて。」
たかが氷を削っただけ、それに色と味のシロップをかけただけ。それなのに結構な値段がする。お祭り騒ぎの中で食べることによる付加価値なのか、それともただの場所代か。たかが仕事上の関係だけ、それにたまにセックスするだけ。こんな俺たちの関係はどれほどの価値がつくだろうか。普段は何も考えずにただただこの爛れた関係を過ごしているが、例えば何かの弾みで結婚の話が出た時、例えば目の前のカップルの指に光る指輪を見た時ふと思う。この関係の行き着く先はどこなんだろうか。
ビールがまだ残ってるからと躊躇うキースから、汗をかく缶を奪い取って一気にあおる。成人して少し経ったけどまだビールは美味しいと思えない。苦くて、刺激的で、よく分からない味だ。
「ああっ!お前!何してんだよ!」
素直にショックを受けるキースがいじらしい。大人しくかき氷を食べてもーらお。
「すいません、メロンとイチゴ一つずつ。」
大きくて透明な氷の塊は、白くてふわふわの雪となって味気ない紙のカップに降り積もる。直ぐに雪山のようになったなと思えば、上からぎゅうと押さえ付けられて、一度シロップがかけられる。人工的で鮮やかすぎるほどのピンクとグリーン。そしてそれが見えなくなるまでまた氷を積もらせる。店員がカップをクルクルと回せばまあるくなって、童話なんかに出てくる山のようだ。もう一度シロップをかけて、店員がこちらに顔を向ける。
「お兄さん、練乳かける?」
「じゃあメロンだけお願いします。」
きっとキースはそんな甘いもん食えねぇ、って言うかなと思って俺の分だけ頼む。出来上がったものに先がスプーンのようになったストローをさして、俺の手に渡される。
「キース、はいこれ。」
キースは目線を一度かき氷に向けて、俺を見て、もう一度かき氷を見てからそっぽを向いた。どうしてそんな態度なのか思い当たることはひとつしか無かったし、どうせ一緒にいるなら怒らせといていいことは無いのでとりあえず謝ってみた。
「ねぇ、機嫌直してよ、ビール飲んだの悪かったって。」
「……いや、それはもういい。ンな事よりさ、お前、無意識?」
「無意識……?」
「それ、オレの色とお前の色。」
俺が人工的と評した鮮やかなピンクはキースには俺のトレードカラーにみえたようだ。メロンはキースのトレードカラーより多少濃いけれど、練乳をかけたところは乳白色とグリーンが混ざって確かにパステルグリーンと言える。
「ほんとだ、気づかなかった。」
「ふぅん、まあせっかくだし貰うわ。」
キースは俺が突きだしていた方のカップを受け取って、シャクシャクと食べ始めた。キースのあの態度は照れていたのか、そう思うと愛しさが止まらなくなって、同時にすごく恥ずかしくなった。もうこれは、愛のない関係なんて無理ではないか。いや、以前から愛は確かにあった。ジュニアやディノに対する感情も愛だし。でも、それ以上の、愛しくて、手元に留めておきたくて、時に閉じ込めたくなるような、うらはらで、どうしようもなくたまらない愛。世間一般的にこれを恋と言うならば、俺は否定できない。
カッと熱くなる頬を冷やすようにかき氷をかきこめば、キーンとアイスクリーム頭痛が襲ってくる。
「っ…痛っ」
「がっつきすぎ、そんなに急がなくたってまだ溶けねぇよ。」
「わかってる。」
そういうキースだって親指の爪ほどしかないスプーンにこんもりと氷を積んでぱくりと食べれば、うっと顔を顰めている。
「アハ、キースもじゃん。」
「別に俺は急いで食ってるわけじゃないからな、一口が大きいだけ」
んべっと子供のように舌を出すキースに、この人はコレだから……と呆れてしまう。28歳、成人男性、俺の目から見なくとも色気というかエロいところがあるこの男は、時々、いや、再三かもしれないな、とにかく子供のような態度をとる時がある。これはキースにとって甘えの態度だということに気づいてしまった人間は底なし沼から這い出でることはできない。特にキースの幼い頃のことを知っている人間は、尚更自分は許されている、甘えられていると思い込んでしまうのだ。
加えて、イチゴ味のシロップの色が移った舌は鮮烈な紅色で目に毒だ。俺の色に染まった舌は食べてしまいたいほど扇情的で、みだらで、世界で一番に愛しい。
「キース、もう1回舌出してよ」
「なんでだよ、ん。」
「アハ、キースのべろ、俺の色。」
いや何でかわかんないのに出すなよ、と思いつつ、出された舌をはむと唇で噛む。そのまま柔く口付けて、自分の舌をキースのに絡ませる。ひんやりしている舌先から辿って、体温がそのままの舌の付け根の方まで。おそらくキースの色をしている俺の舌ととけて混ざって二人の色になるように。互いの間に漏れる吐息の間に、ふと腹に響くような轟音が明るい光を伴って鳴る。息継ぎの仕方を忘れたのか、それらにもまるで気づかず眉間に皺を寄せて少し苦しげなキースの頭をぐっと引き寄せれば、思ったより強い力で肩を押された。
「……っ、こんなところで、誰かに見られてたらどうすんだよ。それこそ……恋人でもあるまいし。」
「花火に夢中で誰も見てないよ。ほら。」
その瞬間打ち上がった花火は、ピンクと緑の光を放って広がり、パチパチと音を立てて満天の星空のように散っていった。呆気に取られているキースに耳元で囁く。
「恋人ならいいの?」
たちまちこちらに気を戻したキースは慌てふためいて弁解する。
「それは言葉の綾というか、そうじゃなくて」
「俺は、キースの、恋人になりたいよ。」
「へ?」
「今までセフレなんて名前つけてたけどさ、俺、もうキースのこと、愛しちゃってるんだよね。」
「お前、」
「キースは?俺に、なんの愛もなく抱かれてる?」
キースが俺たちルーキーに家族愛みたいなものを抱いてるのは知っている。だから、少しいじわるだったかな、と思ったが、今押しておかないとキースが逃げるのが目に見えている。ここが、互いの気持ちを氷解させる最後のチャンスかもしれない。
「俺は、キースの器用で不器用で、子供っぽいけど大人びてて、強いのに弱いところ、あと残り全部。愛してるけど。」
「………オレは、いや、オレもお前のこと大事に思ってる。お前のこと愛してるよ。」
「じゃあ俺の好きなとこ教えてよ。」
「っお前、グイグイ来るな……。お前の、スカしてんのに負けず嫌いなとことか、あっさりしてるように見えて意外と情に厚いとことか……いじらしくて可愛いところとかあと全部、好きだ。」
最後の一音と同時にパッと空が明るくなる。花火もいよいよフィナーレといったところだろう。次々と上がる花火の明かりで互いの顔が良く見える。照らされた赤い顔を二人見合わせて吹き出す余裕があったのはつかの間だったと思う。どちらともなく口を合わせれば、残ったのは鮮やかな色水だけだ。