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    kanade_p

    主にすIけIべなお話をするために。
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    書き終わったのを見直しせずにアップするよ。
    最近はお絵描きも楽しいよ。
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    kanade_p

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    ついったで書いているうさみさんとたぬ倉さんのハートフルストーリー(?)をそのままコピペしたものです。
    ついったで書き続けたいのですが閲覧制限とかあるしどうしようかなぁと迷い、一旦収納しています。最終的には御本にしてまとめる予定です。

    うさみさんとたぬ倉さん家の前に小汚い塊が落ちていた。いつもなら無視するけれど何故だか気になってそれを拾って風呂場に連れていく。暴れるそれを押さえ込んで汚れを落とすと、出てきたのは多分……たぬき。涙目になっているそれを見下ろして、あの人に似ているのだと気がついた。
    それがたぬ倉さんと僕の出会い。

    たぬ倉さんはテーブルの上で周りを見渡していた。何か食べるだろうかと【たぬき 食べ物】で検索してみる。生ゴミ、と出てきて思わず吹き出す。たぬ倉さんは不思議そうに首を傾げていた。「生ゴミ食べるんですか?」分かるわけないだろうに話しかけると、たぬ倉さんは焦ったように首を横に振った。

    そのリアクションに思わず「言葉、分かるんですか?」と聞いてしまう。たぬ倉さんは困ったような不思議そうな表情で首を傾げた。馬鹿なことを聞いてしまって一人で恥ずかしくなった。
    それにしてもよく似ている。いつもとぼけた顔をしている、あのくたびれ狸上司に。

    とりあえず何か食べ物でも、と腰を浮かす。するとたぬ倉さんは焦った顔で追いかけて来た。テーブルの上から転げ落ちそうになるのを慌てて手のひらですくい上げる。「ちょ、何やってるんですか?!」言葉が分からなくても怒られているのは分かったのか、たぬ倉さんの目に涙が浮かんでいく。

    その涙目にも何だか見覚えがあった。その人の動揺した顔や困り顔、泣きそうな顔。それをもっと見たいと思っていた。やっぱり似ている。
    涙目のたぬ倉さんを掴み、そのままキッチンへと移動する。食べ物を探していると、調理台に置いたはずのたぬ倉さんはコンロに向かってコロコロと転がっていた。

    自殺願望でもあるのか? と思いながら、またたぬ倉さんを掴み、コンロから遠ざける。十分距離があるのを確認して、スイッチを押して火を付けてみせた。ぼっ、と音をたてて立った丸い火の柱に、仰天した様子で目をまん丸にしたたぬ倉さんのしっぽが、ぼわっ、と膨らむ。

    その様子が何だか可愛らしくて思わず表情が緩む。たぬ倉さんはそれに気がつくと、抗議するように視線を向けて来た。けれど、こちらを見ながらも、チラチラと横目で火を確認している。手足が若干震えているようにも見えた。やっぱり恐ろしいのだろう。「驚かせてすみません」

    火を消すとたぬ倉さんは首を傾げた。そしてそのまままたコンロの方に近づいていく。「ちょっと、火傷しますよ」手のひらで阻むとたぬ倉さんは不思議そうな顔をして視線を向けてきた。
    今までこの間抜けな狸がどうやって生きてきたのか、無関係ながら心配になってくる。行き倒れていたんだよな……。

    なにか食べ物、……生ゴミ? 三角コーナーに目を走らせたが、流石に可哀想なので止めておく。さっき調べた中に『果実』があったのを思い出して棚から桃の缶詰を取り出した。
    「はい、どうぞ」小さく切った桃を小皿に載せてたぬ倉さんの前に置く。たぬ倉さんは何処か警戒した様子で匂いを嗅いでいる。

    手をつけない様子に「これ高価なやつですからね」と言いながら、余った分をフォークで突き刺して口に運ぶ。その甘さに表情を緩めた。桃なんて久しぶりに食べた。貰い物の缶詰なんて手を付ける機会がなかったけれど、残していて良かったと思う。それを見ていたたぬ倉さんはおずおずと桃を口に運ぶ。

    桃を口に入れたその瞬間、たぬ倉さんの目が瞬いた。興奮した様子で頬を上気させ、ぷるぷると震えながら夢中で桃にがっついている。
    あぁ良かった。美味しいんだ、と安心していると、たぬ倉さんの目がじっとこちらを見つめてくる。小皿の上の桃はあっという間になくなっていた。

    キラキラと瞬く瞳がフォークに突き刺さっている桃を見つめていた。
    一瞬迷い、それをたぬ倉さんの口元に持っていく。ぱぁあ、とたぬ倉さんの表情が明るくなる。それを見つめながら口元まで持っていった桃を寸前のところで遠ざける。あーんと口を開けていたたぬ倉さんは、呆然と目を丸くした。
    ·
    桃をゆっくりと左右に振る。たぬ倉さんの視線は桃に合わせて左右に揺れた。それを見ながらおもむろに桃を齧る。驚いた様子で目を見開いたたぬ倉さんは、またじわじわと涙を浮かべていく。
    そういうリアクションをするといじめっ子に目をつけられますよ、とそんなことを思う。

    また桃を小さく切り分けて小皿に載せていく。涙目で俯いていたたぬ倉さんは弾かれたように顔をあげた。すぐにがっつくと思っていたのに、たぬ倉さんは小皿の上の桃とこちらを交互に見る。どうしたのだろうと観察していると、おずおずといった様子で小皿をこちらに寄せてきた。

    「違います」そう言いながら若干の罪悪感が生まれる。言葉の通じない相手に何を、とも思ったけれど言わずにはいられなかった。「からかってごめんなさい。貴方が食べていい分ですよ」
    たぬ倉さんは不思議そうに首を傾げた。けれどもちらちらとこちらの様子を伺いながら桃に手を伸ばす。

    どうぞ、と視線で促すと、その表情がまたぱっと明るくなった。先程よりがっついてはいないけれど、どうにも不器用なのか、果汁で胸元までびちょびちょになっている。ティッシュを取り、軽く拭ってやる。たぬ倉さんはキョトンとした顔でこちらを見て、まるで人間がするようにぺこりと頭を下げた。

    その動きに何か思う間もなく、たぬ倉さんは小皿の縁に足を引っ掛けて体勢を崩す。果汁の残る小皿に体ごと突っ込んだたぬ倉さんは呆然としていた。胸元だけではなく全身びしょびしょだ。たぬ倉さんは状況が分かっていない様子で首を傾げると、毛繕いを始めた。

    人間みたいだったり、動物らしい仕草をしたり、不思議な生き物だった。たぬ倉さんは自分の顔を手で撫でようとしているようだが、明らかに届いていない。バランスを崩して今度は後ろに倒れそうになっているのを、手のひらで支える。びしょびしょのたぬ倉さんを見てため息を吐く。「またお風呂ですね」

    暴れるたぬ倉さんを風呂に入れて、寝室まで連れていく。「ノミとか居ませんよね?」胡乱げに尋ねるとたぬ倉さんは慌てた様子で首を横に振る。また、意思の疎通が出来ているように見えた。もしかしたらこちらの表情を見て、何か不当なことを言われているのだけは理解しているのかもしれない。

    ベッドに置くと、たぬ倉さんはころころと転がっていった。手足をジタバタをさせているのは何をしているのだろうか。起き上がれないのかと、頭を掴んで立たせてやると、また後ろにころんと倒れ、興奮した様子で手足をばたつかせている。何やら楽しそうなのでそのままにしておく。

    大きめのタオルを何枚か準備し、床の上に鳥の巣のように円形に重ねていく。ベッドの上、あるいはテーブルの上か迷ったが、様子を見る限り、寝ぼけて墜落されたら敵わない。
    「ベッドが出来ましたよ」声をかけるとたぬ倉さんははしゃぎつかれたのか眠たそうに重たく瞬きをしていた。

    タオルの上に連れていこうとその体を掴む。するとたぬ倉さんは驚いた様子でシーツを掴んだ。その小さな手からは爪が伸びておりシーツをガッチリと掴んでいる。「え。爪とかあったんですか? ていうか離して……ちょ、……何て力だ」押しても引いてもたぬ倉さんはシーツから離れようとしない。

    たぬ倉さんは眠たそうに船を漕いでいるのに、その場から動こうとしなかった。
    ベッドの上が気に入ったのかもしれない。けれど、寝ている間に潰してしまう自信しかないし、すぐに転げ落ちてしまうだろう。何か代わりになるものでもあれば気を引けるだろうか。

    出来るだけ手触りが良さそうなものを選び、棚からハンカチを取り出す。それをたぬ倉さんの上に被せると、うつらうつらしていたたぬ倉さんは慌てた様子で飛び上がった。何とか頭上にあるハンカチをどかそうともがいている様をひとしきり観察する。

    何とかハンカチから顔を覗かせたたぬ倉さんはほっとした様子でため息をついた。そしてすぐに目の前にあるハンカチの匂いを注意深く嗅ぐ。
    フレーメン反応のような顔をするかと思ったけれど、たぬ倉さんは何処か安心した表情でそのハンカチを抱きしめた。そのまままた、うとうとしている。

    再びその体を掴むと、今度は大人しくベッドから離れてくれた。不安そうな顔をしているたぬ倉さんを、タオルの上におろす。
    たぬ倉さんは周りを見渡し、不思議そうに首を傾げた。けれどもすぐに、円形に置かれているタオルの中心に寝転がると、渡したハンカチを布団のように自分の上にかけた。

    たぬ倉さんは、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。ぴぃ、ぴゅぅ、と鼻が鳴っている。そういえば小さい弟たちを寝かしつけていた時も鼻が詰まってそんな音がしていたとふと思い出す。大丈夫だろうかと観察していると、たぬ倉さんは大きなクシャミをした。その音に自分で驚いて跳ね起きる。

    慌てた様子で周りを見渡したたぬ倉さんは、視線に気がついたのかじっとりと非難がましくこちらを見つめてきた。「え。違いますよ?」今のは貴方のクシャミです、と言う間もなくたぬ倉さんは寝床を整えるとまたすぐにすやすやと寝息を立てる。……自由だな。

    ベッドに入り明かりを消すと、暗闇の中でたぬ倉さんの寝息だけが小さく聞こえた。
    これからどうしようか。もしかしたらこれは全部夢で、目が覚めたらたぬ倉さんはいなくなっているかも……。そんな事を考えていると、次第に眠気が襲ってきた。
    「おやすみなさい、たぬ倉さん」

    朝。目が覚めても勿論たぬ倉さんはそこにいた。タオルのベッドの縁で転がり落ちそうになっているのを、中央に戻してやる。やはり床にタオルを敷いたのは正解だった。
    起きるかと思ったが、たぬ倉さんはすぴすぴ寝息を立てたまま、一向に目を開く気配がない。「もしもしたぬ倉さん?」

    もう出勤の時間で、家を出ないといけなかった。どれだけ揺すってもたぬ倉さんは全く目覚めない。一瞬、会社に連れて行こうかと考えたが、絶対にろくなことにならないだろう。猫は一日の大半を寝ているそうだが、たぬきはどうなのだろうか。考えたところで答えは出ない。

    まさかこのまま外に放り出すわけにもいかない。しょうがないので、とりあえずダンボール箱の中に、タオルごとたぬ倉さんを移す。食パンを皿にのせてそのそばへ。ハンカチも二枚追加する。マグカップに水を入れるが、そのまま溺れそうな気がして底の浅い器に入れ替え、ティッシュ箱も近くに。

    必要だと思われるものをダンボール箱の中に入れて行くけれど、たぬ倉さんは全く起きない。不安は残るが、流石にこのまま休むわけにもいかない。「行ってきますねー」出来るだけ大きく声をかけたけれど、たぬ倉さんはハンカチの中に潜り込んでまたすよすよと寝息を立てた。

    会社に着くと門倉部長が「遅刻ギリギリなんて珍しいな」と声をかけてきた。その顔をまじまじと見つめる。やっぱり似ていると思った。一つ一つのパーツは全然違うはずなのに。雰囲気だろうか。
    それはそうと……。「門倉部長、何か疲れてません?」

    くたびれた様子はデフォルトだったが、いつもの疲労感に拍車がかかっている。門倉部長はげんなりとした目をこちらに向け「お前に、」と何か言いかけた。「僕が何ですか?」身に覚えがなくすぐに聞き返したが、部長は大きくため息をついて首を振り何でもないと言った。……何なのだろう。

    「門倉部長って食べ物何が好きですか?」「え。なに急に……イカとか?」返ってきた答えに目を細める。何その顔〜、と言う部長を無視して、家に置いてきたたぬ倉さんについて考える。顔が似ているからと言って好みが同じわけではないと思うが、試しに買って帰るのも良いかもしれない。

    「お前は? 好きな食べ物」パソコンを立ち上げたタイミングでアップデートがかかり、更にげんなりとした門倉部長が尋ねる。「……馬?」そう言うと部長は「と」と言ってそのまま固まった。挙動不審はいつものことだったが、今日は拍車がかかっている。

    たぬ倉さんはいい加減起きただろうか。考えながら窓の外を見る。門倉部長が何か書類を寄越して来ているのが視界に入ったが、とりあえず無視をする。すごすごと去っていくその背中を横目で見ながら、カメラでも設置しようかと考える。Webカメラ……ペットカメラ? それがあれば安心だろう。

    そこまで考えて我に返る。自分はこのままたぬ倉さんと一緒に暮らすつもりなのだろうか。家の前で拾った、あのボンクラ上司に似ている、タヌキのような不思議な生き物と……。

    流石に今日くらいは残業せずにさっさと仕事を切り上げる。いつも要領悪く残っているイメージのある門倉部長も今日は早く上がるようだった。
    帰り道にスーパーに寄り、まずはイカを購入する。顔が似ているからと言って好みも似ているわけではないだろうけれど、……何となく。

    後はやはり果物だろうか。とりあえずバナナをカゴに入れ、桃の缶詰も購入する。もしたぬ倉さんが食べなくても自分で食べれば良い、などと言い訳のように考える。
    家に置いている以上、ある程度は世話をしてやる必要はあるだろう。たぬ倉さんはひとりで大丈夫だっただろうか。次第に早足になる。

    最後はほとんど駆け足になりながら、家に帰り着く。当たり前の話だが、窓に明かりは無かった。確かに朝、消して出た。たぬ倉さんがいるのだから明かりを付けたまま出れば良かった。眠っていたから考えが回らなかった。
    周りは既に暗くなり始めていた。慌てて家の中に入る。「たぬ倉さん?」

    声をかけながら明かりを付けて、思わず「え」と声が漏れる。地震でもあったか、それとも台風でも直撃したか。掃除され整頓されていたはずの部屋はぐちゃぐちゃだった。絶句していると、茶色の塊が足にぶつかってくる。何か固いものが食い込んでいるが爪だろうか。あと、何だかじんわりと冷たい。

    「ちょっと、たぬ倉さん?」何とか引き剥がそうとしても爪が食い込んで外れない。スーツに穴が空いたのではないだろうか。じわじわと濡れた感触があるのは、多分泣いているのだと思う。「ごめんなさい、寂しかったですか?」足に張り付いたままのたぬ倉さんの後頭部をそっと撫でる。

    朝、中に入れたはずの段ボールはひっくり返り、棚から本が落ちている。ティッシュも散乱しているし、カーテンの端も若干破れていた。
    たぬ倉さんの頭を根気よく撫でる。すると漸く顔を上げ、その表情が見えた。涙でベショベショになっているたぬ倉さんの額には、大きなタンコブが出来ていた。

    ふっ、と思わず笑みをこぼすと、たぬ倉さんはショックを受けた様子で目をまん丸にした。その目にまたじわりじわりと涙が溜まっていく。
    救急セットを取ろうとするけれど、たぬ倉さんは相変わらず足にへばりついたまま離れない。絶対に離れないとでも言いたげな強い意志を感じた。

    「どこへも行きませんよ」声をかけてもたぬ倉さんは頑なに離れようとしなかった。食い込んだ爪が地味に痛い。
    それならば、とまたハンカチを取り出して、たぬ倉さんに見せる。「このハンカチあげますから、離してください」たぬ倉さんはまたハンカチの匂いを嗅ぎ、躊躇うように視線をさ迷わせた。

    顔を上げてこちらを見つめてくるたぬ倉さんに頷いてみせる。たぬ倉さんはハンカチをぎゅっと抱きしめると、足早に何処かに向かった。それを横目で観察しながら、救急セットを取り出す。タンコブは冷せば良いだろうか。冷えピタとか?たぬ倉さんのサイズは無いから切って……いや、誤飲しそうだな。

    たぬ倉さんはラックの一番下段に入っていく。元々そこにしまわれていたものは周りに散らばっていた。中を覗き込むと、ベッド用に置いていたタオルや渡したハンカチが敷き詰められている。「そこがたぬ倉さんのおうちですか?」たぬ倉さんは渡したハンカチを抱きしめてコロコロと転がっていた。

    タンコブを冷やすのは保冷剤の方が良いだろうかとキッチンに向かうと、たぬ倉さんは慌てて追いかけて来る。大丈夫ですよ、と声をかけよう振り返ると、たぬ倉さんは目をまん丸にして固まっていた。その目は、先ほどまで爪を立てて張り付いていたスラックスを凝視している。

    その視線につられるようにスラックスを見る。やはり、と言うか。そこには穴が空いていた。あんな風に爪を立てられていたらこうなるのは必然だろう。手を伸ばし、その穴を確認するように指先で触れる。素材的にも 繕えるようなものでもないから、このスラックスは捨てるしかない。

    「穴、空いちゃいましたね」そう言うとたぬ倉さんはその場でビクリと飛び跳ねた。そしてそのまま右へ左へ、おろおろと歩き回る。右往左往というのはこういうことを言うのかと、その様子を観察する。たぬ倉さんは不安げな表情のまま近づいて来ると、穴の空いたスラックスにその小さな手を伸ばした。

    どうするのかと観察を続けていると、たぬ倉さんは、スラックスに空いた穴を何度か撫で、その小さな手をぎゅっと押し付けた。そして恐る恐るその手を外し、やはり穴が空いたままだという事が分かると、ぼわりと尻尾を膨らませて視線をさ迷わせた。

    弱った様子のたぬ倉さんは、小さな舌を伸ばし穴の空いたところを懸命に舐めている。どうやら、何とかしてスラックスに空いた穴を塞ごうとしているらしい。笑ってしまいそうで口元を手のひらで覆い隠す。ここで笑ったら悪い。こんなにも必死なのだから。でも。こんなのは。

    何とか笑うのを堪えて数度咳払いすると、驚いた表情でたぬ倉さんが見上げてくる。また涙目になっていた。言葉は通じないけれど、自分がしたことを申し訳なく思っているのは伝わってくる。「別に大丈夫ですよ」と言うと、たぬ倉さんはぶんぶんと首を横に振った。

    たまにこんな風に意思の疎通が出来ているような動きをする。
    たぬ倉さんは踵を返すと、転がるように何処かに向かっていった。冷凍庫から保冷剤を取り出すと、すぐにその後を追う。たぬ倉さんは、またラックの一番下段に入ると、先程渡したハンカチを引きずってまたこちらに戻ってくる。

    たぬ倉さんは名残惜しそうにぎゅっとハンカチを抱きしめる。そして何処か真剣な面持ちで、スラックスの穴をそのハンカチで覆った。たぬ倉さんはハンカチ越しにまたスラックスの穴を押さえている。何と声をかけて良いのか迷う。「……これ、怪我じゃないですよ?」

    そう言いながらハンカチを取ると、何をするんだと言わんばかりにたぬ倉さんは目を丸くする。そしてまたスラックスの穴とこちらの表情を交互に見て、戸惑った表情を浮かべた。
    相変わらずの涙目で、その額には大きなタンコブ。こちらの事よりもまずはそっちだろうと保冷剤をその額に押し付ける。

    たぬ倉さんは一瞬動きを止め、時間差でぼわりと尻尾を膨らませると慌ててその場から逃げ出した。
    「あ。こら」その背中を掴んで引き止める。たぬ倉さんは手の中で短い手足をジタバタと動かして抵抗した。全く抵抗になっていないその動きを、黙ったままとりあえずじっと見つめる。

    涙目で暴れる様を眺めながら、そういうリアクションはいじめっ子に目をつけられますよ、とそんな事を思う。昨日も同じことを思ったような……。
    「額、痛いでしょ。冷やさないと駄目ですよ」そう言いながら軽くそのタンコブに触れるとビクリと体を震わせたたぬ倉さんがはらはらと涙を零した。

    少しだけ考えて保冷剤を握り、指先を冷やすと、できるだけそっとたぬ倉さんの額に触れる。たぬ倉さんはまたびくりと体を震わせたけれど、今度は泣かずに不思議そうな表情を浮かべた。「こういう時は、冷やすんです」言い聞かせるようにそう言いながら、また保冷剤を握って指先を冷やす。

    「いたいのいたいのとんでいけ」子供の頃、小さな弟たちにしてあげたように額に触れた指先を何かを飛ばすように空中に向かって動かす。きょとんとしたたぬ倉さんの大きな目が、その指先を素直に追った。「痛いの何処かに飛んでいきましたか?」たぬ倉さんは不思議そうに首を傾げた。

    冷やすべきだと理解したのか、たぬ倉さんは保冷剤に手を伸ばす。手のひらを冷やして自分の額に持っていこうとしている。けれど明らかに腕の長さが足りていない。昨日も思ったけれど生物の形状としておかしくないだろうか。自分で額に触れないことが理解出来ないのか、たぬ倉さんは怪訝そうな顔をした。

    たぬ倉さんは何かを考え込むように目を細めると、閃いたとばかりに表情を明るくする。何事かと観察していると、おろしてくれとばかりにじたばたと暴れ出す。何となく意図は理解したけれど、とりあえず離すことなくたぬ倉さんを鷲掴みにしたままその様子を観察する。

    たぬ倉さんは困惑した様子で掴んでる手をぺしりと叩いた。訴えるように、ぺしぺしぺし、と。肉球、と呼んでいいのか分からないけれど、柔らかな感触に痛みはない。抵抗するなら爪を立てればいいのにと思いながら、そっと床におろす。たぬ倉さんは保冷剤を見つめている。「これもですか?」

    保冷剤をたぬ倉さんに渡す。何処か使命感に溢れたようなキリッとした顔でたぬ倉さんは保冷剤に両手を押し付けた。額には届かないと思うけれど、と観察していると、たぬ倉さんは冷えた手を穴の空いたスラックスに押し付けた。「……まだ気にしてたんですか」

    恐らく怪我だと勘違いしているし、怪我は冷やした方がいいのだと学習した様子だった。たぬ倉さんは、また何かを考え込むようにスラックスの穴を見つめると、手を押し当てて、それを何処かに放るように空中に向かって動かした。

    何をしているのかと思ったけれど、それはさっきたぬ倉さんにしてあげた「いたいのいたいのとんでいけ」を真似しているのだと気がついて、口元を手で覆う。「あなた…それでよく野生で生きていけましたね」その言葉にたぬ倉さんは不思議そうに首を傾げて、何故か誇らしげに胸を張ってみせた。

    つづく。
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    💖💖💖💖💘💘😭💖😭💖🙏💗💖💞🙏☺💞💖
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    Replies from the creator

    kanade_p

    REHABILI記憶喪失のうさかどを書きたいと言ったな!
    書いた!
    そのうちもうちょっと丁寧に書くね。
    りはびりりはびり。
    記憶喪失になった門倉さんのうさかど(?) 目の前の男のことは何も思い出せなかった。
    その男のことだけではない。門倉は事故にあい、記憶の大部分を失っていた。漫画のような話だが、俗にいう記憶喪失という状態のようだった。医者によるとこれは一過性のものらしい。日常生活を送っていくうちに何とかなるかもしれないし、ならないかもしれないもののようだった。どこか他人事のようで、現実感がない。けれど、ありがたいことに自分の名前も分かったし、家の場所も分かった。日常生活に困らない程度には記憶というものがあり、その代わりに特に人に関する記憶がごっそりと抜け落ちていた。けれど記憶を失い病院に入院していた門倉にも、見舞いに来てくれる交友関係があった。友達だといったその男は、相変わらず不運だな門倉、と笑っていた。それでも気を使って心配してくれているのが分かってそれが嬉しかった。上司だと名乗るめちゃくちゃハンサムな妖怪みたいな爺さんも見舞いに来てくれた。その人を目の前にしたら自然と姿勢が伸びて緊張して、体が覚えているというのはこういうことかとそんなことを思った。
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