砂漠に雨は降っても 寝顔を幸せな気分で眺めていると、ふるりと可愛らしい睫毛が震えてじわりと瞼に涙が滲んでいくのが見えた。そして横向きに寝ているブラッドの鼻筋にじわりと小さな小さな湖を作った後に、耐え切れずに反対の瞳へと流れていく。
同じように涙を滲ませていた瞼にだどりついて、大きな粒となって目尻に流れてシーツへと砂漠に振る雨の様に吸い込まれていった。僕の指がそれを掬い取る前に。僕はブラッドの涙に驚いて、そしてその美しさに目を奪われてしまう。時がゆっくりと流れて永遠にも感じるその瞬間は空を飛んでいる時にも似て僕をはっとさせた。
「……ブラッドリー」
ささやく様に静かに泣いている一番大事にしている存在の名前を呼ぶ。まるで起きて欲しくないという様に空気に溶けた声はきちんと彼の耳に届いたようで、夢の縁にいたブラッドリーは瞼を震わせて星を散らすように涙を振るい落としながら目をゆっくりと開けた。
「まーゔ?」
掠れた声で僕の名前を呼ぶ声はとろりと溶けてしまいそうなほどに幼くて、それが愛しくてそして胸を突くような響きも滲ませていた。
「悲しい夢でも見てたのか?」
薄く道を残す涙を今度こそ拭いながら問いかけると
「多分、昔の夢」
顔も思い出せないダッドとマムが笑ってる夢。そこにマーヴもいたけど、みんな俺を置いていっちゃうんだ。それを追いかけるみたいにアイスおじさんもいなくなって、それで俺はひとりぼっちになる。
眠そうに瞼を蕩けさせながらゆっくりと話すブラッドリーは、やはり半分は夢の中の様で、このまま話駆けていいのかどうか躊躇してしまう。
「僕はここにいる。大丈夫」
それだけは伝えたくて口にすると、眉をぎゅと寄せたブラッドリーはピローに顔を埋めるようにすると、むずがるように唸る。
「でも、マーヴはまた俺を置いていくでしょう。俺を理由にして、俺を独りにする」
夢現に口にするその言葉はきっとブラッドリーの本心で、僕たちは恋人になったけれど僕が過去にした事はいまだに彼の心に影を落として、そして夢の中の僕は今だにブラッドリーを独りにし続けていた。自分で自分を殴りたくなる。僕は彼の信頼を裏切って心を傷つけてひとりにした。傍にいてくれていたアイスも今はもういない。アイスの訃報を聞いたブラッドリーの心を慰めてくれた人はその時にいただろうか。その寂しさがふと夢に現れたのか。もしかしたらその夢は初めてでは無いのかもしれない。
僕は彼の未だに痛む傷を酷くして、それでもブラッドリーは僕の傍にいてくれる。僕がいつか彼の元を去ると覚悟しながら。同時に諦めながら。いくら僕が傍にいると伝えても、心の奥底ではブラッドリーは信じてくれないだろう。だって僕はそれだけの事をしたから。願書の時も。そして、彼を庇って空で散った時も。
還ると言っておきながら、僕のしたことはその言葉を裏切る行為だ。ブラッドリーを守るためとはいえ、彼を理由にしてまた僕は彼を独りにするところだった。今度こそ僕はブラッドリーを哀しませないために、彼の心を傷つけないために傍にいることを実行し続けなくてはいけない。証明しつづけなくては。
「ブラッドリー、僕は……」
言葉が続かない事に苛立ちながらブラッドリーに視線を向けると、すでに彼は再び夢の中に旅立ってしまったようで、今度は眉間の皺も無く気持ちよさそうに眠っているようだった。僕はそれにほっとしながら、彼の体をぎゅっと抱きしめた。逃がしたくない。逃がさない。置いていきたくない。置いていくものか。彼の心に僕を刻み付けたい。傷ついてほしくない。
あぁ、ブラッドリー。僕はどうすれば君を幸せにしてあげられるだろう。いっそのことこの心臓を差し出せばいいだろうか。君にだったら、なんだって惜しくはない。それくらいブラッドリーを愛してる。愛してるんんだ。