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    水瀬しあ(Mizuse_X)

    @Mizuse_X

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    POIPOI 7

    序章はできた。多分どうせサンプルになるので尻叩きに丸ごと載せてみる。
    ……いや序章しか書いてないわけではないんですが、穴がないのは序章だけ……

    序 夏草 眩い光景を覚えている。
     じりじりと、聴覚から焼くような蝉の声。
     燦々と降る陽光の中、緑に生い茂る草を踏むごとに、湿った熱気が生々しい匂いを含んで立ち上る。
     政府の施策で急に六十二振りもの刀剣を迎えることとなった新米本丸に顕現して、初めての遠征。出陣はまず遠征に慣れてから、という審神者の方針で、それはその本丸の刀剣男士のほとんどにとって、そのまま初めての外出を意味してもいた。
     本丸の時間でも夏だったが、遠征先も夏の山だった。浮かんでくる汗を不快に思いながら命じられた採集任務を進めているうちに、気付けば部隊は散り散りになっていたのだった。
    「肥前くん」
     不甲斐ない状況に舌打ちをした肥前を、軽やかな響きが呼ぶ。顔を上げれば、斜面の先で朝尊がこちらを向いて微笑んでいた。
     無限に深そうな青空と迫ってくるような白い雲を背景に、濃紺の姿が浮かぶように見える。絵に描いたような景色を、肥前は思わず目を細めてしばし見つめた。
    「こちらへ来てごらん、いい眺めだよ」
     呼ばれるままに坂を上って隣へ並び、朝尊の手が示す先へ視線を向ける。開けた視界の先には、青々とした田が広がっていた。その中にはぽつぽつと、人影らしきものも小さく見える。人々の営みを表すそれを、肥前はどこか奇妙な気持ちで見渡した。
     人の身を持って改めて見る、歴史なるもの。
     目に映る範囲はのどかなそれに朝尊と同じ感想は抱けず、ただこうして引っ張り出されてしまった、という実感だけが湧いた。
     誰かを斬るために。命じられるままに、誰かの信じる正義のために。
     そこまで考えて、気付かれない程度にゆるく首を振る。
     もとより自分には斬ることしかなく、それはかつてと何ら変わりはしない。
    「それより先生、他の連中を探さねぇと」
     切り替えるように肥前が言うと、朝尊は暢気な響きでそうだねぇ、と答えた。
    「まぁ、闇雲に探しても仕方がない。はぐれた時はその場を動かないのがいいと聞いたよ」
     のんびりと言って身を翻し、近くの木陰に腰を下ろす。
     肥前を待つように向けられた笑顔を見ながら、それは子供が迷子になった時の話ではないだろうか、と肥前は思ったが、ある意味今の状況はその通りか、と小さく溜息をついた。
     戦闘のない遠征任務に気を取られすぎたのは朝尊だけではなく、誰が子供とも言い切れなくはあるが、部隊長という役職が存在している以上、隊長に任せるというのもひとつの判断ではあるだろう。
     諦めた肥前が朝尊の隣に並んで座ると、朝尊は何やら嬉しそうに笑みを深め、それから何を思ったかぱたりとその場に寝転がった。
     緑の葉を透かしてちらちらと輝く陽光が、朝尊の顔に降り注いでその白さを際立てる。
     あちこちで鳴く蝉の声と、身を包む夏草の匂い。
     瞬きを忘れた肥前が見下ろす先で、鋼色の瞳がついと動いて視線が絡んだ。わけもなくたじろいだ肥前に、朝尊は僅かに目を細めて口角を上げる。それから光を享受するように空を仰いで瞼を閉じ、小さく声を上げて笑った。
    「愉快だねぇ、肥前くん」
     何がそれほど愉快なのか肥前にはさっぱりわからなかったが、ただその響きと笑顔は、先程過ぎった詮無い思考をあっさりと拭い去るのに十分で。
     無性に満たされた気分になるような、どこか現実から遠いようなその光景を、他の男士たちを連れた隊長がやってくるまで、肥前は飽きることなく眺めていた。

    ――あの晴れやかな笑顔を、いつからか見ていないような気がする。
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