西の果てなき海と最果ての島について 精霊が旧い世界のかけらを掬い上げて今の世界を形作った後。精霊の血を引く王が生き残った人々を率いて龍王国を作り、今の公国に繋がる歴史が生まれました。
ですが、龍王国に拠らず生き延びた人々も数少ないながらいました。龍のいる土地を見つけ、龍と共に互いを尊重して生きる契約を結んだ人々。
鋼龍カウンキパゴウンを崇めていた山国や、影龍スウレシウと生きる草原大国カウマーン、他にも色々ありますが、最後に公国に加わった西の島国もそうでした。
正確には、西の島国は旧い世界が終わったときの生き残りが興した国ではありません。海上連盟ノストコールの話はしましたっけ? 雲龍バツィオエアーラの羽雲を航路に果てなき海を旅する人々。彼らの祖は、龍王国の公子でした。
その話は今は置いておいて、今の世界の海は複雑です。海流から逸れてしまえば、どこの海に繋がるかわかりません。
見知らぬ島にたどり着き、羽雲も途切れて帰れなくなり、途方に暮れていた人々は、雲と海が溶け合う水平線に、ぽつんと揺蕩う青い島を見つけました。
「とりあえず、あの島まで行ってみよう」
ノストコールの人々は冒険好きです。目標を決めたら一直線。幸いたどり着いた島は緑豊かで魚もよく採れました。時間をかけて準備して、果ての島を目指します。
けれどいつまで経ってもたどり着きません。島はずっと見えているのに、ちっとも近くならず大きくならず。そのくせ引き返したら元の島にすぐ着くのです。
海がループしてる。気づいた冒険家たちはまず海図を埋めることにしました。彼らだって今の世の曖昧な海をずっと旅してきたのです。こういう海は決まったルートをなぞれば脱出できると知っていました。
羅針盤は元の島。どの方向にいけばどの程度遠ざかるのか。果ての島を目指しながら、そのあわいの海を調べ尽くして。いつしか帰る道のことは忘れていました。だってまだ帰れません。冒険の途中なのですから!
迷路のような海流をなぞって、繰り返して、少しずつ。あるとき、彼らは海を漂う浮浪者と出会いました。
「ええと、こんにちは、皆さん。こんなところまで何をしに?」
「それはこっちのセリフだ。あんた、どこから来たんだ」
船に上げてみれば、浮浪者は意外と背が高く、ボサボサの髪で目元が隠れているものの所作は品が良く、ますます怪しい人でした。
困ったふうに頭を掻く浮浪者は、もじもじと答えました。
「僕は、その、あの島まで行ってみたくて」
浮浪者が果ての島を指差すのに、冒険家たちは顔を見合わせて笑いました。
「なんだ、俺たちのお仲間か!」
ノストコールの冒険家は細かい素性を詮索しません。果ての島は少しずつ大きくなっていました。なら、仲間と共に突き進むのみです。
浮浪者は相変わらず怪しかったけれど、よく働きましたし、人と話すのは苦手でも言うべきことはきちんと言いましたし、何より精霊の声を聞き正しい海流を見つけることができました。
船はぐんぐん進み、果ての島は少しずつ大きくなります。少しずつ、少しずつ、大きく、大きく、大きく……見上げるほどに、見上げても足りないくらいに、雲を突き抜けて空さえ超えるくらいに、高く、大きく、果てがなく……
「おや、人間だ。珍しいなぁ。初めてだ。初めまして、こんにちは。元気かい?」
そんな島に話しかけられて、冒険家たちは目を回しました。ただ浮浪者だけがお辞儀をして挨拶をします。
「初めまして、果てなく大いなる方。世界の果てで世を見守る方。
最果ての極星/海松ゆらめく巨亀/星龍ポリマクリアよ」
果ての島は龍でした。いえ、島が龍になったと言うべきでしょうか。
精霊に世界の果てと定められた島。丸くはなく果てができるようになった世界で、その終端を守護するため生まれた龍。
「そんなあなたが何故、人の前に姿を現したのですか? あなたのもとに人がたどり着けば、世界の果てまでの距離が定まってしまう。
ゆらぐ世界の礎であるあなたは、脆い世界を破く重石にもなりえるのに」
世界の終わり足りえる龍は、浮浪者の言葉に、おっとりと答えました。
「なんか近くに来たから。なんだろうって、気になって」
深い理由などありませんでした。雄大な自然を司る龍にはままあることですが、思考のスケールが遠大で広大すぎるため、人間から見ると軽はずみにとんでもないことをしでかすのです。
「申し訳ありませんが、世界の終わりは許容できません。精霊の編んだ法則は礎なしで各々の龍脈が独立できるほど、まだ成熟していないのです。お戻りください」
「わかった。悪かったよ。ごめんね」
「待った! それじゃ俺たちは、その島に行けないのか?」
冒険家たちの言葉に、龍は少し考えて答えました。
「肉体のないときなら大丈夫じゃないかなぁ」
「っし! 言質取ったからな! 約束だぞ、標(しるべ)は残しておいてくれ」
冒険家たちの頼みにうなずいて、ポリマクリアは去っていきました。島が見る見るうちに遠ざかり、けれど消えゆくことはなく、水平線にポツンとその姿を残します。
その背を見送って、浮浪者はおそるおそる仲間たちに尋ねました。
「ええと、僕なら君たちをノストコールまで帰せるけど、どうする?」
冒険家たちは笑って答えました。
「俺たちはまだこの海を旅する! 死んでからじゃないとあの島に行けないしな」
「冒険仲間のよしみで、手紙だけ届けてくれよ。王様!」
こうして歴史においては天佑王と呼ばれる龍王国の王は去り、冒険家たちは最果ての島を見ながら、出発点の島で暮らし、そのあわいの海を旅しました。
亡くなればその亡骸は小舟に乗せられ果ての島へと送り出されます。ゆっくりと進む小舟は水平線へと消えていき、いずれはポリマクリアの元にたどり着き、世界の果てから世を眺める冒険に出るのです。
これが後に公国西方となる島国の始まりです。この島が如何にして公国に加わったのかは、またの機会に。今はあわいの海で採れた海の幸に舌鼓を打ちましょう。
この店はエビフライが看板料理だそうですよ。アデラティア様のお供の方が好物だったそうで。では、いただきます。