エルフの語る永遠について エルフに寿命はありません。エルフに老いはありません。成人すればそのまま、永遠を生きます。
めったに死ぬことはありません。己の傷を癒やすなど肌を撫でるが如く。病もわたしたちを冒しません。だからわたしたちは、とても数が少ない。そういうことになっています。
「せんせぇ、おはよう~~」
「はい、おはようございます」
わたしは人間の里で教師をしています。子どもたちはとても可愛い。鼻水を垂らしながら、泥だらけで駆けていく。優雅さのかけらもないと、仲間のエルフは眉をしかめたけど。わたしはとても可愛いと、そう思ってしまったのです。
「先生、おはようございます」
「おはようございます。今日も精が出ますね」
今ご挨拶してくださったご老人もそう。しわくちゃの肌がとても可愛い。エルフにはないものだからでしょうか。それとも、あの子が子どもだった頃のことを思い出すから?
もう二百年、この里にいます。長居し過ぎでしょうか? でも、ずっとここにいたいのです。
永遠なんてないと、知っているのに。
* * *
戦火が里を焼いて、生き残ったのはわたしだけ。いつものことです。ありふれたことです。わかっていたことです。
エルフは強く賢いと人は讃えるけれど、世界を救えるわけではありません。いつも優しくあれるわけでも。世界を救うため人間を滅ぼすと息巻いた同族もいます。愚かなことです。
永遠なんてない。わたしたちは誰よりも、それを知っているのに。
「な、ぜ」
里を焼いた同族を手にかけて、わたしは憐れみに微笑みました。どうして笑えるのでしょうね。最初の頃はそんな余裕なんてなかったのに、いつのまに。
「わかっているだろう。人間は世界を滅ぼす。ここで、奴らを根絶せねば」
「わたくしたちに世界は滅ぼせないとでも言いたげですね。人間は俗悪でエルフは高潔で無謬? それは傲慢というものですよ」
世界を滅ぼそうとした同族だっていくらでもいます。やっと怒りを思い出せて、わたしは子どもたちの仇を討ちました。涙がこぼれて、それに安堵して、また泣きました。
わたしはいつまで泣けるでしょう。叶うならいつまでも。あの子達を想って泣ける自分でありたい。
叶わないのはわかっています。永遠なんて、ないのですから。
* * *
「おかーさん、いってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
愛しい我が子を見送って、わたしは微笑みました。さて、今日は上の子の花嫁衣装を仕上げないと。
「やぁ、精が出るね。昼食は僕が作ろうか?」
「お願いできますか? あなた。刺繍は久しぶりだから、思ったより手間取ってしまって」
「はは、君の久しぶりは本当に久しぶりなんだろうな」
ざっと五百年ぶりくらいでしょうか。その頃には熱中して職人にもなってたのですが。
夫のからかいに頬を膨らませて、わたしは想いを込めて幸福を願う刺繍を縫います。あの子の幸せが長く続くように。子々孫々に至るまで幸福が保たれるように祈って。
その祈りが叶わないのを、知っていながら。
「いたっ」
針で指を刺してしまいましたが、血が一滴流れただけで傷は塞がりました。生地に血の斑点が。しみになってしまいます。落とさないと。
でもこれは、何年前の話だったでしょうか。おかしいですね。滑稽ですね。あの人と子どもたちと過ごせたのは、ほんの数十年。もう顔も思い出せないのに。
* * *
永遠を誓って伴侶を得ても、何百年もすれば飽きるなり仲違いするなりで別れてしまう。それがエルフです。
愛して没頭したものがあっても、時の流れに飽きて忘れてしまう。それがエルフ。
そうでないエルフもいる? 永遠に褪せない輝きを手にした者も? 本当でしょうか。本当なのでしょうか。永遠なんてないのに。
人間たちは日没を知っています。老いを知り、終わりを知っています。エルフは知りません。いいえ、知っています。ひとつだけ。
エルフの知る黄昏はこの世の終わり。いつかわたしたちが対面する終わりの日。すべての命が果てる時の最果て。その終末が訪れるのを僅かなりと遅らせるため、わたしたちは戦っています。
だって、そうでしょう? 寿命がないとはそういうことです。先延ばしにできる未来への課題など、わたしたちにはないのです。積み重ねてきた罪も犯した過ちの道も、すべてわたしたちが自分で選んで歩んできた道の果て。
ええ、だから。狂ったエルフもいます。高潔で誰もに愛されたエルフの姫が、今は誰もに忌まれる魔女の名として伝わっているように。愛を忘れたエルフもいます。無数の人間と愛を交わしたエルフが、ある日ぷつんと海に渡って姿を消したように。
わたしもそう。元の名も、子どもたちに呼ばれた名も、子どもたちの名も、もうみんな忘れてしまいました。彼らを可愛いと想っていたことは覚えているのに。それがどんな感情だったか思い出せない。
悲しいですね。滑稽ですね。いつか迎えるこの日は、子どもたちの笑顔を思い出しながら逝きたいと、そう願っていたはずなのに。
それではさようなら、わたしの次のあなた。世界のすべてが一つの卵に還り、また孵るそのときに、わたしがいた場所に収まるあなた。
ええ、言ったでしょう? エルフに寿命はありません。命を落とせば、世界が終わったときに、時を遡って生まれたあの場所で、また時を過ごすのです。
それでは皆様、またの終末で。今度はまた少し、あの終わりを先延ばしにできますように。