マレ監 姫初め 前置きお正月なマレ監
一月一日。茨の谷の王城は騒がしさに満ち溢れていた。
新しい一年の始まりという事で挨拶回りに訪れた者達の対応で文官や近侍、侍女達が慌ただしく動き回っていた。
そんな中、王城の奥にある王族達の移住区では侍女達が満足気な顔で頷いていた。
「ああっっ優雨様なんて麗しい……」
「故郷の晴れ着だと仰っていましたが、誠に素晴らしい……」
「刺繍も染色も魔法無しの手作業だって……」
「はぁ……」
侍女達の前には次期王マレウスの婚約者である優雨が晴れ着を纏って立っていた。
黒地の宝尽くし。帯は金の麻の葉模様。帯締めは深い緑で茨を模して華やかであった。
「ささ!あとは御髪を整えましょう!」
「ふふ、みんなありがとう。よろしくね」
「「「はい!」」」
優雨の艶やかな黒髪を首に近い位置で編み込み結い上げる。
髪飾りはマレウスが育てた赤薔薇と白薔薇を枯れないように魔法の掛けられたものを用いる。
仕上がった優雨の艶やかさに侍女達は年明け早々に失神しそうだった。
「写真撮ろう。永久保存しないと」
「この記憶を移してじっくり見直そう」
愛おしい主人の艶姿に昂る侍女達であったが、この素晴らしい振袖は今年で着納めだと言われて驚愕した。
「何故でございますか!?」
「これ、袖が大きいでしょう。振袖というのだけど、独身の女の子しか着てはいけないの」
「あ、今年婚礼ですものね……」
侍女達は合点がいったと頷くけれど、この美しい着物姿が見れないのは非常に惜しい。
だが、そんな不満は優雨の言葉で吹き飛んだ。
「もし、わたくし達に女の子が産まれたら、その時は着て貰えばいいわ。ね?」
「「「はい!!」」」
そうだ。今年の夏には婚礼の儀が行われ優雨が王妃となる。そうすれば可愛い姫君も産まれるかもしれない。
侍女達は未来の姫君に想いを馳せてニコニコと微笑んだ。
なお、今年中に姫君と若君が誕生し狂喜乱舞する事になるのとはカケラも想像した者はいなかった。
「女王陛下、マレウス様、優雨様のお支度が整いました」
「ああ」
隣の部屋で優雨を待ち侘びていた女王とマレウスはドアから女神が出てきたのだと思った。
控えていた近侍や騎士達も口をポカンと開けて見惚れた。
「おお〜!これは素晴らしいの!!」
いち早く立ち直ったのは流石の女王だった。
席から立ち上がり、孫嫁をじっくりと観察し手放しで褒め称えた。
「流石は我が嫁御だ!うんうん。これは元老院のジジィ達も驚きでポックリ逝くかもしれん」
「陛下、ポックリは不味いのでは」
「ふん!美しいものを見て死ねるならば幸福であろう!」
何かと優雨に突っ掛かる元老院をしょうがないと納得しつつも内心しつこいと思う女王からすれば優雨に魅了されて、悔しがれば良いと言い放った。
広々とした王の間には各部族の長達が揃い踏み一見和やかに語らっていた。
永く生きる妖精族は確執や因縁やらで百年前が昨日の事と同じように語られるのだ。
年に一度の新年会は城勤にとって弾薬庫にいつ火が点けられるか分からない恐怖の行事であった。
だが、今年は趣が違った。
王子と女王に挟まれた鮮やかな異国の祝いの衣を纏った乙女。
艶やかな黒髪は星煌めく夜の空。
潤んだ瞳は月を写して。
花の顔に可憐な微笑みを浮かべた彼女は心蕩かす美貌を誇っていた。
「……む、むう!」
「ケチの付けようがありませんな」
「……あの衣、触らせてくださらないかしら」
「ふん!す、少し美しく可憐なくらいで絆さんぞ!!」
「……動揺が酷い。笑えるな」
「なんだとう!?」
優雨は元老院達への対応を卒なく熟した。嫌味やひねくれた物言いにも、動揺することなく終始笑顔で対応し続けた。
それは優雨をお飾りの王妃になると静観していた者たちの意識へ変化を齎した。
「ふふふん!あやつらすっかり感心しておったわ!」
女王はお気に入りの一人掛けのソファにふんぞり返り、献上品のワインを片手に上機嫌である。
年明けの挨拶も終わり、元老院達も棲家に戻り城は静けさを取り戻していた。
女王の私室にはマレウスが先程から静かに佇んでいた。それを鬱陶しそうに見て女王はグラスをサイドテーブルに置きわざとらしくため息をついた。
「はぁぁぁぁぁ……全く!鬱陶しいのう!」
「……おばあさま」
先だって他国の王子から受けた傷が原因で暴走し愛おしい婚約者を手荒く扱ってしまって以来マレウスは優雨を気遣ってか以前のように激しく求めるのを控えている。
だが、今日の晴れ姿を見て惚れ直してしまい優雨が欲しくて堪らなくなってしまったらしい。
祝賀会が終わってから、女王の私室でうんざりするような憂鬱な表情でため息ばかりついている。
「嫁御は閨事を嫌がってはおらんのだろう?ならばさっさと行って口説いてこい!」
「……おばあさまには僕の気持ちが分からないのです」
ぶすりと膨れっ面になった孫に女王が一喝する。
「戯け!嫁御はお主が愚かな事をすればキッチリ叱り飛ばすわ。安心して叱られてこい!」
そのあともぐちぐちと悩む孫に呆れ果てた女王は強引に転移魔法を掛け可愛らしい孫嫁の部屋に孫を直送した。
「全く!あの子がその程度で怯える訳がないじゃろうが!」
見てくれはどこまでも可憐で嫋やかだが、中身はとんでもなく豪胆で強い。
この国の王配として相応しい資質を持った女傑である。
「男というのは女を見縊り過ぎだな」
少し搾られて、学習すると良いのだ。
女王は嘆息しグラスにワインを注いだ。