琥珀は目の前の現状に思わず舌打ちをした、没が出たということで先程からどれくらい没を斬ったのか覚えていない。けれど数が減らないのだ、何か大元を叩かないといけないのは分かっているのだが、それすらも見つからない。しかもだ、住人の避難も終わっていないという、琥珀は住人に危害が及ばないように動いて大元を探すという一人では到底出来ないことをしていた。サクリは先程から槍で薙ぎ払ってくれるが、ニジゲンでは没を倒すことが出来ない。
「大元が見つからない……」
「何度やっても無意味だな」
サクリはうんざりとした様子で見ていた、今は琥珀しか居ないため彼は出てきてくれるが、もし応援が来た時には彼を隠さないといけない。それにしてもまだ応援は来ないのか、苛立ちが隠しきれないように足を踏み込み剣を握り返した時、避難していた住人に没の攻撃が伸びていることに気づいた。
「危ない!」
琥珀は急いで走って住人の腕を掴み引っ張るとその力を利用して没から離した。だが、それのせいで琥珀の右肩に衝撃が来た、没の攻撃が当たったのだ。
「っ、い……たっ」
右肩の痛みのせいで右手で握っていた剣を落としそうになる、咄嗟に左手に変えて没を斬ったが、思わずその場で蹲ってしまう。右肩からは血が溢れるようにして琥珀の服を赤く染めた。相当深く斬られたのか、出血が多いのか、鉄臭い匂いが充満していた。
「おい!」
サクリがやって来て魔法で琥珀の怪我を治そうとするが、その前に没の攻撃が容赦なく襲いかかってきた。
「ちっ……しつけぇな」
「サクリ、大丈夫。動ける……」
自分の治療に当たってる暇がないと判断した琥珀はふらつきながらも立ち上がる。ポタ、ポタと血が地面に落ちていく、現状は悪化するだけだった。どうすればいいと琥珀は必死に考える、足は怪我もなく動くのを確認した。このまま強行突破で没の中を突っ走って大元を探すか、としたときにサクリから掴まれた。
「おい、やめろ」
「サクリ、大丈夫だ。離せ」
「何がだ? ふざけたことしようとするなよ」
「俺が囮になるからサクリが……」
「ふざけたこと言うなって言ってんだよ」
ギチ、と掴まれたところから音が鳴る。顔は琥珀を睨みつけるようにして見ていた、琥珀はその顔に一瞬だけ息が詰まった。その時、出血のせいかふらついてしまい座り込んでしまう。サクリはその様子を見て魔法で治療をし始めようとした、その時。
「繧ェ繝ャ縺後>繧九□繧──!」
「……! サクリ俺の影に隠れろ!」
いつの間に二人の背後に来ていたのか、見たことのない没がおもむろに攻撃をしてきたのだ。もしかしてあいつが大元ではないかとすぐに分かり、思わずサクリを突き飛ばした。その時、脇腹に痛みが走った、攻撃が当たったのだろう。その場で蹲ってしまった。一方、突き飛ばされたサクリは怒りのあまりか琥珀の体を掴む。
「お前なんで俺を庇った!」
「……相棒だから、守るの当たり前、だろ」
「……ほんとふざけんなよお前」
サクリは自分が庇わなくても魔法でどうにか出来たな、と琥珀は後になって思わず笑ってしまった。そんな琥珀を見たからか、ますます不機嫌そうに苛立ちを抑えきれてない様子のサクリ。現状はますます悪化していく、とりあえず琥珀を影を通して安全な場所に移動させようとしたサクリだったが、容赦なく没は襲いかかる。魔法で防いでいた時、ふと、サクリは誰か来る気配を感じた。
それと同時に没が何体か吹っ飛ぶのを目の当たりにする。なんだ、と見てみると二人にとって見覚えのある人物が来ていた。サクリは咄嗟に琥珀の影の中に隠れた、もちろん、影の中から琥珀の怪我の治療をしつつ。その人物は琥珀の側までやってくると口を開く。
「琥珀くん、よく頑張りましたね」
「……やえ、さん……?」
八重の声だ、と琥珀はふらつきつつも起き上がった。八重が来てくれたのかと思わずほっとする。琥珀は八重に現状を伝えようと脇腹を押さえつつ話した。
「多分、あいつが大元だと思います……あれを、叩かないとさっきから没がどんどん増えてて……。近隣の避難は済んでます、すみません、俺は右肩と脇腹が……」
「一人で避難誘導までしてたの? ちょっとなんで応援もっと早くよこさなかった訳……上の考えてること分からないなぁ……。琥珀くんは休みなよ、後は僕が」
「……すみません」
厳密に言うと一人ではないのだが、とチラリと影を見る。後でサクリに謝らないといけないなと思っていると途端に目眩がしてきた。出血のしすぎか、と遠く考えてそのまま琥珀は倒れそうになり八重が受け止めた。そしてそのまま抱き抱えると建物の脇に琥珀を下ろす、そして八重は琥珀の影に向かって話した。
「いるんですよね? 琥珀くんとバディ組んでるニジゲンくん。さっきから琥珀くんの怪我治ってきてるし、琥珀くんの事頼みましたよ」
八重はそういうと、インクのような汚れで染まった刀を握り返し、そのまま没討伐へと赴いた。
薬品の香りで琥珀は目を覚ました。目に映ったのは白い天井と繋がれた点滴。病院だとすぐに分かった、ここにいるという事は、没討伐が終わった後だと言うことだろう。すぐそばに居た八重が安心した表情で琥珀を見る。
「起きました? 気分はどう?」
「……大丈夫、です。あの……」
「あぁ、討伐出来ましたよ。大丈夫」
「……ありがとうございました」
琥珀はお礼を言って天井を見る、あのまま意識を失ったのか、と琥珀はぼんやりと考えながらサクリのことが頭に浮かんだ。相当怒ってたな、と最後に見たサクリの表情を思い出す。八重は医者を呼んでくると言って病室を出た。琥珀は窓から入ってきた夕焼けの光で伸びた自分の影に向かって話す。
「……サクリ、怒ってるんだろ。……ごめん」
返事はない、だが影が少しだけ揺らいだ気がした。サクリがいることが分かると琥珀は言葉を続ける。
「……無茶しようとした俺を止めてくれてありがとう、相棒」
「……二度とあんなことするな、わかったか」
するとサクリの声が影から聞こえてきた、声からしてまだ怒っていることがわかる。それに対して琥珀は目を伏せ返事をした。
「……わかった」
そういうとサクリが辺りを見回すように出てきた、八重が居ないことを確認したのか口を開く。
「お前、あいつにあの場所に俺がいたって言ってなかったはずだよな」
「言ってないけど……途中から気を失ってたし……何かあったのか?」
「いや別に、それじゃ」
そう言ってサクリは琥珀の影の中に入っていく。サクリは確かにあの時八重は琥珀の影に向かって言っていた。まるで最初から自分がいたのを知っているかのように、八重が来た時隠れたが、見られてなかったはずと考えると、例えそれが相手の勘だったとしても、そう考えてサクリは思わず眉を潜めた。
一方、病室の扉の近くにいた八重。先生を呼ぶと言ったのは嘘だった。自分がいると琥珀が組んでいるニジゲンが出てこないだろうと思ったからだ、琥珀からは一時的に組むようになったニジゲンがいると話は聞いていた。
けれど琥珀は最後まで名前を言わなかった。そして、琥珀の聞こえてきたニジゲンの名前に心当たりがあるな、と八重は考える。たしか創務の手配書にそのような名前のニジゲンがいた事を思い出していた、それにしても──。
「……へぇ、琥珀くん彼とバディ組んだんだ」
誰もいない病院の廊下でそう呟く、あのニジゲンの性格を考えるとよくバディを組むようになったな、と八重は疑問に思いつつ病室の扉をノックして入った。
「ごめん琥珀くん、いま先生忙しいんだって。また時間が経ったら呼ぶから、その間に報告書作成がてら話でもしましょう」
「あ、分かりました」
八重はもってきた荷物から報告書を取り出すと琥珀と共に話をする。八重は話をしながらも、悟られないように琥珀の影をチラリと見るのだった。